顔色
普段立てている髪の毛を今日は下ろしているので、無線機に気付かれる事はないだろう。長い廊下が永遠に続く中で、僕はまどろっこしい気持ちを抱きながら、足の速度を速めていく。
しつこい程に長いトンネルのような廊下が足に絡みつき、速度を落とそうとする。何かを庇っているように、守っているように僕から遠ざけていく。
「遠くて広い……遠くて広い……」
見覚えのある間取りが脳細胞を活性化させていく。廊下の片隅に美しく咲き乱れる『造花』が怪しく輝き、瞬く間に姿を変える。赤い花がユラユラ揺れて、全く別物の花に姿を変えていく。
よく見ると、透明な容器みたいに透けており、物体ではないと言う事を表している。
――もしかしてこれは『造花』ではなくて映像?
何故ここまで手の凝った事をするのだろうか。
『綺麗だろう?』
愛しい者を見るメルような瞳の輝きを発する。
「これよく出来ていますね。グラフィック」
『よく気がついたね。一瞬、見ただけでは分からないだろう?皆、騙されるんじゃよ。本物と……』
老人の低い声が廊下の元で木魂するように響き渡る。
「何故、こんな手の凝った事をするんですか?」
『……美しさを手に入れる為だよ。ユラユラ揺れながら、別物へと姿を変えていく美しさ。君には分からんだろうなぁ』
ああ、分からないね。
治まっていた黒い塊が宙に浮き上がり、大きく飛び跳ねる。
ああ、気に入らない。
異常なムカつき度が、全ての存在を破壊しようとする。それを食い止める為に、黒い塊を操縦し、奴に向けて投げつける。絶対外さないようにと、力を込め、腹部に当てようとする。
急カーブが出来上がり、的から姿を消し、無の世界を創り出していく。行き場を無くした『塊』は白く透明な壁にブチ当たり、再びの九の内部へと帰ってくる。
――そんな僕の怒りを遮るように言葉を投げつけてくる。
『どうしたんだい?顔色が悪い』
おでこにソッと手を当て、熱があるのかと確認する。シワで汚れている手が当たる度に『拒絶反応』が起こりだす。ピクピクと痙攣が起こる度に、気付かれないようにと警戒する自分。
「大丈夫です」
青い表情から普段の顔色へと戻す。顔色の変化で探ろうとする人物の心を遮らなきゃいけない。そう務める自分が歯痒い。ここで口を開いて『岬 慶介』としてガツンと言ってやりたい。
(でも、それは出来ない。今はまだ……)




