変な感情
朝日に弾かれ目を覚ます。雌の香りが鼻をツンとつき、苛立ちを奮い立たせようとする。ドス黒いジュースが、胃の中で成長し続け、僕の目を欺く。感情が高ぶるにつれて、そのジュースが膨れ上がり、器官をよじ登っていく。
<おはよう>
電子機能から発音するパソコンに変えてから一か月経つ。この方がより素早く、正確に物事を伝える事が出来る。脳みそが空状態の僕は、宮戸とそれが異世界空間の物体に見えた。恐れる事などないのに、恐れてしまう自分。いつか僕の大切な何かを取り上げ、異世界へと導く道しるべになってしまう。
あの女と出会ってからこんな調子。あの幻想的な夢が現実世界でも続いているような錯覚に囚われている。
宮戸の電子的な声で我に返り、ホッとする。
<野洲、顔色悪いよ?魘されていたし……>
心配そうな表情に不釣り合いな発音。感情がどんなに入っていたとしても、機械から聞こえる声は無表情のまま。
言葉で安心させようとしても実行する事が出来ない。いつもなら出来るのだが、今は無理だ。頭がそこまで回っていないから……。
<野洲……>
機械に動かされている声なのに、人間と同じような、生きているような口調で僕の名を呼ぶ。
――哀しそうな声。
僕の聴覚がおかしいのか、それとも宮戸の心が通じているのか、そんな事は分からない。
『無理しちゃダメだよ』
カチカチとキーボードを叩く音も、電子機器の声も聞こえないのに、電流のように内部に流れてくる言葉。
無理などしていない。
ただ、変な感情に襲われているだけ。
時期になおる。
暗闇の淵に立たされながら、必死にもがき始める。香水の香りが、僕のバランスを崩し、笑い呆ける。




