綺麗な名前
教室に行くと、珍しく皆席についていた。いつもだったら授業が始まっても、静まり返る事なんて殆どないに等しい。
なんかある…と直観的に感じ、沈黙の中で一言も話さず、待ち続けた。
普段、人と比べ、必要以上に会話をしない僕には、少しの間会話を我慢する事は、容易い事だ。
しかし心の乱れきっている僕は、その我慢も出来なくなっていた。
ソワソワしていて、落ち着かない。
僕の我慢が限界に到達しようと言う時に『待った』と言ってるように、それを食い止めるように『ガラリ』と戸が開いた。先生は苦笑いしながら『遅くなってすまん、すまん』と連発して、僕達の緊張を解かしてくれた。先生に続くようにドアが『ガラリ』と開いた。
そこには彼女がいた。
『はじめまして』
はっきりした口調で挨拶をした。
『神崎しおりと言います。
綺麗な名前だと思った。
耳奥から鼓膜を振動し、僕の一部となる。音量を最大にし、何かを吹き飛ばすように心に刺激が来る。
今まで色んな音楽を聴いたが、ここまで僕の心を安定させてくれる音楽は初めてだった。『悲しみ』や『苦しみ』の中に、微かな温かさが全てを包み込んでいる。どうしようもなく過ぎていく日常の中で、それだけが『本当の僕』を解き放ち、青く澄んでいる大空へと道を作ってくれる。
…その時にだけ、僕の背に純白の羽が舞い降りる。
『何聴いてんの?』
僕の耳から、その心地よさを奪い取るようにして、ヘッドフォンを耳からスルリと奪い取った。
「何すんだよ!」
その居心地いい空間を奪われた僕は、敵を睨みつけながら目で、きみかを睨んだ。
『ごめんごめん』と笑いながら、僕を茶化すように微笑みながら、謝る。
(この女に罪悪感なんて言う言葉があるのだろうか…)
僕は、彼女の手からヘッドフォンをもぎり取り、再び耳につけた。そんな僕を見て、怪しく微笑み満員電車の中へと入り込んでいった。
まるで自分から汚れを求めるかのように…。