疼く鬼
何かが僕を煽り、何かが警告を招く。白くて、硬い布製の紐が絡みつき、死の世界へと手招きをする。哀れな姿でもがき苦しんだ形跡を残し、息途絶えた生き物。
『弱い奴は弱いまま……』
――ははは、そうだよな。
頭を木刀で殴られたような痛みが走る。全ての音がキーンと破裂音に豹変し、僕の安定さを蝕んでいった。片手に入れたての珈琲を持ち、もう一方の手で黒くて分厚い襟を掴む。怒りに満ちた視線を注がし、奴ら全員に矛先を向ける。男達は一瞬固まり、数秒して敵意をむき出しにした。
「何すんだよ」
手を払いのけようとした瞬間、周りは目を疑い、口を閉じようとせず、だらしなく開けている。悪意の満ちた物体に零れ落ちる汁。黒く、苦味の混じった味が、頭の上で踊り狂う。ポタポタと顔面に、指先に、皮膚に、全ての皮に染み込んでいく。一瞬、身震いをしたかと思うと、急に転がり、涙を流している。
『あついあついあついあつい!』
近くにある足に手を伸ばし、助けを求める。周りは汚いものを見ているような視線で観察し続け、果てるのを待っている。獣の瞳を見せつけ『仲間』という人物らに暴言を吐く。
『何見てんだよ、助けろよ!お前ら、俺がいなきゃ何も出来ない癖に!いきがってんじゃねぇよ』
心の奥に閉まっていた本音が漏れていく。冷たい空気、冷たい視線が飛び交う中で、その事実に気付いていない間抜けな動物が、彷徨い続ける。群れにいた動物は一人生きる道を選んだのだ。
誰も信用せず、ただ暴言で突き放すだけの愚かな野獣に。
床にこびりついた泥、埃を含み、汚物が浮き出ている。
「熱いのか。だったらお望み通り冷やしてやるよ」
真正面に泥水を被せ、抵抗を食い止める。
――これで満足だろう?
鬼が疼きながら、僕と一体になっていく。卑劣で猛烈な音が泣き叫び、床へと叩きつける。赤いカーペットにまかれた汚水を、瞬く間に吸い込んでいく。
お腹を空かせ、飢えた野良犬のようにガツガツと頬張り、僕の前から姿を消す。