僕は僕じゃなかった
沈黙が僕の脳を蒸し、ボーッとする時間が極端に増えていった。数分後、手に何かを握り締めて戻って来た。
何も言わず紙を差し出してくる。
『色んな人の依頼受けているから、他の客を差し置いて君に協力する事は出来ん』
目を見開き、喉が徐々に乾いていく。魂が抜けたように佇み、思考回路を停止していく。
『だから、俺の代わりに君専属の者をつける。大丈夫や。そいつは腕もいいし、俺と違って暇人やから』
……何も問題はない。僕の中から抜けていたものが、元の場所へと戻り、我に返す。
『君が、いいんならの話やが……』
何度も何度も頷き、光の宿っていない瞳で礼を言った。
『じゃ、ここに君の住所と、電話番号を記入してくれんか?』
言われた通り記入しながら、新住所の記憶を振り絞った。
『よし。今日の夜にでも聞いてみるきん。また連絡しますわ』
そう耳に入った瞬間一例し、静かにドアを閉めた。
電車にも乗らず、遠回りする度に、同じ年位の学生とすれ違う。楽しそうに笑いながら、馬鹿な話が耳を通る。
その光景が目に留まり、暖かいものが沸き上がってくる。目を細め、遠くを見つめる。そうすると笑い声が翳め声に移り変わり、神経に害を及ぼされていく。
――あの時の僕は僕じゃなかったんだな。
今まで見えなかった事が何となく分かってきた。
言葉で表すのは難しいけど……。