狩り
暴虐な物腰を持ち合わせ、全ての人間を想うがままにしてしまう醜い生き物。電波を浴びせ、画像を映し出す。右腕に無数の刺し傷があり、タラタラと血が溢れている。
苦痛に顔を歪ませながら、怯える草食動物のように腰を抜かした一瞬一瞬の動作が、スローモーションのように見える。
「後は俺がやる。お前らの手は借りない」
体の中に食い込ませたナイフを引き抜き、僕の方、目掛けて蹴り飛ばしてきた。気に食わなくても、堂上に逆らったら命が危ないと察知して、なくなく僕の言葉を飲み込んだ。
『どうして?』
言葉を発しないように、口をゆっくり動かす。どこか安心しきった啓吾さんの姿を見て、黒い虫がドンと荒波を盾、姿を見せた。複数の虫が混ざり合って、一つの、しかし巨大な何かを作り出そうとしている。
崩れ崩れになっているそれの存在を僕は知っている。
手が、足が、輪郭が、人間へと近づいていく。時間が経つにつれ、完璧な姿で僕の目の前に立つ。トクトクとグラスに注がれながら、僕に投げつけ怒鳴る。
<迷いなんか捨てろ。そいつもあいつらの仲間だ>
彼に応えるように頷き、狙いを定める。最初啓吾さんに聞こうと思っていたが、もういい。
『慶介?』
俯いていた顔を起こし、啓吾さんへの餞別の言葉を振りまく。
「殺しはしないから」
最後の僕からの気持ち。今の僕にはこれくらいの事しか出来ない。堂上なら、確実に殺るだろうな。あいつは人の命を何とも思っていないから……。
ハァハァと絶滅寸前の息使いが時間を止める。この部屋には監視カメラが設置されている。今、この状態を見ているに違いない。心を閉ざし、全ての言葉を遮断する。そうしないと、奴らの目を欺く事など到底無理だ。
『けい……っ』
脇腹を抑え、痛みに耐える。奴の姿を影に合わせ、コントロールする。何故、この男が生きてる?何故こんな奴を助けなきゃならない?こいつこそ僕らを引き裂いた張本人なのに。
足を振りかざし、急所をわざと外す形で全身に体罰を与える。茶色いスニーカーに、模様のように、啓吾さんの血がこびり付く。
――ズズズズズ
<もうそれ位でいいだろう>
指令が下った瞬間に、緊張の糸が切れ、血だらけになった物体から距離を置く。動悸が空回りする。何かが宿り、僕を支配していく。この瞬間、億に閉まっていた何かを呼び覚ました。
『じゃまだ。どけ』
無気力な僕を突き飛ばし、三人がかりで運んでいった。床には血と汗の混じり合った雫が、地獄への階段を作り上げる。|鼻孔<びこう>から口へと注がれるそれは、神経細胞を刺激し、味覚を麻痺させる。
舐めてないのに、血の味が……。
鉄の錆びたような味が口に広がっていく……。
 




