最終確認
『分かっているか?心など捨てろ。感情を持っちゃいけねぇ。冷酷になれ』
目を瞑り、仮面を取り付ける。僕は犯罪者世界で一番冷酷な人間。そう思い、瞳を開ける。陽から陰のスイッチに自動的に切り替わる。
(犯罪者か……)
ナイフで胸を抉られたように激痛が走り、瞼が熱くなる。搔き乱してはいけない。そう思う度、拳に力が入り、握り締めすぎてタラタラと血が流れ落ちた。
こんな時、しおりはどうしてくれるだろう。
優しく、震える僕を抱きしめてくれるのかもしれない。現在の僕を見て、悲しむのかもしれない。
深く考えれば考える程、溝に嵌っていく。その度に頭を抱え、自分自分を追い詰めていく。
(ダメだ……考えちゃダメだ)
左右に大きく振りかざすと共に、しおりの影が闇へと消え、僕の理性を正す。ユラユラ揺れるしおりの髪が名残惜しそうに、囁きかける。
(大丈夫、きっとしおりは無事だ)
風が教えてくれた情報が温かく包み込み、不安をかき消す。感情の波が治まりつつあると、笑みを浮かべ、あるべき場所へと戻っていく。
『遅かったな』
タバコと動物の腐臭が空気を濁す。鼻と口に手を添えたが、あまり変わらない。窓を開ければいいのだが、開けた途端、この腐臭が道端に漂うと、周りの人間がここを怪しく思う。
……別に、誰に気付かれようが、見つかったとしても何も支障はない。
――少なくとも僕にはね……。
『そんな顔すんなよ。俺もここに来た時はきつかったけど、今ではだいぶ慣れた。お前も慣れてくるさ』
まるで楽しそうな事を話すような感覚で楽しそうに笑う。
何故こんなふうに笑える?
こいつらにとって人一人殺そうが、どうなろうがいいのか?
ゴロゴロと転がっている無数の白骨。僕の座っているイスの下にも粉々に砕かれた骨の残骸があった。
ゾクッと背筋にその骨の持ち主が入り、纏わりつく。
<助けてくれ、助けてくれ、く……るし……い>
鼓動と共に声がリアルに聞こえてくる。この場所にいないはずなのに、光景が見える。
(やめろ)
耳に入ってくる叫び声から逃げようと、耳を塞ぐ。人の憎悪に塗れながら死んでいった。今まで行ってきた事への報いなのだろうか。
『怖気づいたのか?』
最終確認。今なら間に合う。
「まさか」
何かを吹き飛ばすように吐き捨てた。
最終確認を突破した僕は、自分から束縛されに行った。