出会い
机に肘をつき、黒板の一点を見つめていた。
『何してんの?』
黒髪が光に当たり、キラキラと輝き続ける。
「別に…」
そう言葉を濁すと、何もかもお見通しと言っているような表情で、クスッと笑った。
『慶介も男なんだね。興味のないような振りをしているけど、大有りの癖に』
嫌味気にも聞こえるきみかの声が僕の心の奥に入り込み、出るのを拒み続けている。
『きみかぁ~』
声のする方に視線を向けると、きみかを手招きし、呼んでいる姿が目に映る。
きみかは僕の方に振り返り、『またね』と僕に手を振り、そのグループの中へと姿を晦ました。
僕にとってきみかは『魔性の女』と言うイメージが強い。何を考えているのか分からない。
心の深い闇に埋もれながら、人を欺いていく。
決して他人に弱音を、本当の自分を見せようとしない。
きみかはどんな奴の前でも演じている。皆がきみかに対して抱いている『優等生』を演じているのだ。
闇に包まれた女。
敵にしてはいけない女。
僕は唯一気を付けている女。
魔女のような女。
チャイムの音が静かに鳴り響く。いつの間にか、ざわめきは消え、緊張感に包まれている。
ガラリと戸を開け、担任の福島が入ってきた。福島が入ってきた瞬間、皆の表情が曇り、憎悪の渦が彼に注がれていく。それらから逃げるように『ゴホン』と咳を吐き、僕らの様子を伺っている。
ブツブツと念仏を唱えるように、クラスメイトのぼやきが僕の耳をすり抜ける。女子もグループ同士で耳打ちしたり、相談しているように見えた。
ホームルームが始まって、約十分が経過した時、痺れを切らしたようにガタンと音がした。
『先生。もうホームルーム終わっちゃいますよ!』
強気な口調でしゃべり続ける彼女を見て、男子生徒が呟いた。
『女の癖に出しゃばんじゃねぇよ』
その言葉を聞いた瞬間、僕は冷たいモノに制され、冷たい表情で観察していた。
きみかは一瞬、目の輝きを失い、暗闇に制された。死んでいるようなきみかの瞳を見て、重苦しい雰囲気が教室に漂った。
きみかは、視線を下に向け、溜息を一つ吐き、席に座った。
重苦しい空気の中でアタフタしている福島を見て、哀れに思えた。
(何も出来ない癖に…)
『はぁ…』
一人寂しそうに、壁に凭れ掛かっている。いつもなら、誰かしら彼女の周りには友人がいる。
「珍しく一人か」
背後から低い声で呟いた。
『慶介か…』
一瞬寂しそうな顔をし、再び手摺りに顔を埋めた。
本来ならこういう時、一人にさせるのが当たり前なのだろうが、僕はそうしなかった。
きみかに孤独は似合わない。
そう思った。
水を掬い、口に含む。上手く口に入りきらなかった水滴が僕の唇を濡らす。僕は制服の袖で水滴を拭き取った。
職員室を中心に、全てを囲むものが初めから無いように思えた。瞳が何も受け付けないように、暗闇を好み、陰の世界へと深く足を踏み込ませた。
何かに惹かれるように、僕の足が動き出した。ドクンドクンと脈を打ち、鼓動が早くなっていく。
右手で心臓の早さを確かめ、抑える。
窓から風と共に雨が降りつけ、床を濡らす。蛍光灯の光に当たった雫は、反射し、ピカピカと輝き続ける。
『しつれいしました』
職員室から、微かな声が響いた。綺麗で落ち着いた声。僕は床から目線を上げ、声の主の顔を凝視する。学年バッチを確認すると、僕と同じ緑色だった。
(二年で、こんな子いたっけ?)
そう疑問に思い、見つめていると、僕に気づき、ニコリと愛らしい笑顔で微笑み、ペコリと会釈をし、歩いて行った。
僕とすれ違う時、微かな香りが鼻を刺激し、僕を不思議な気持ちにさせた。
ただ立ちすくむ僕を不思議に思ったのか気味悪そうに、ジロジロと視線が突き刺さる。しかし今の僕には何も考える力などなく、ただ彼女の不思議な何かに圧倒されていた。
『岬。早く教室入れ!授業始まるぞ!』
僕を急かすように、背中を押した。