女の誘惑
焦げ臭いにおいが、鼻にツンとつく。頭を抑えながら体を起こすと、瞬く間に吐き気が襲ってくる。まだクスリが残っている。副作用から逃れる為に。、ベッドに体を沈め、安定を伴う。
天井を見据えながら思うんだ。
――僕は、何故ここにいるのかって……。
その理由を問いただしても、何も返ってくる事はないというのに……。
『大丈夫?』
横を振り向くと、体を寄せ、僕を見上げている。何も答えず、うろたえる僕を凝視したように、意味ありげな笑顔を振りまく。
『そんな緊張しなくていいのよ?』
口元がグラスでテカテカしている。まるで魔女のような、不思議な女。誰かに声のトーンや、雰囲気が似ているような気がする。
「どっかで会いませんでした?」
網を張り、罠を仕掛けた。それに気付いた様子もなく、変わらぬ表情ですんなりと答える。
『そんな訳ないじゃない。初対面よ』
冷たく凍りついていく。息も、心臓も、体も全て破壊していく。ピシピシと破裂を誘う悲しい響きが透き通る。
『おかしな子ね』
クスクスと小馬鹿にしたような笑いを発し、壁のように厚いプライドの壁を粉々にする。僕の中の悪魔が赤信号を出し、警戒しろと忠告する。
『あなたニューフェイスでしょう?』
――ニューフェイス?誰が?
僕は仲間に加わると言った覚えはない。ただ、こいつらとつるんでいれば、普通では入手困難な情報を簡単に聞き出せる、そう思ったから、ここにいるだけだ。ジロジロと観察に似た視線が突き刺さる。人間視されていないような屈辱的な気分が、心を染めていく。僕に聞こえないような音量で、ポツリと呟いた。
『あいつが、気に入ったの分かるような気がするわ』
「え?」
何を言っていたのか聞こえなかったので、聞き直す。
『何でもないわ』
KTと似たような影が瞳に浮き出て、僕との交信を断ち切る。ここにいる人間は似たもの同士。全てを拒絶して、自分の心を覗かれそうになると、誰も入れたくない領域に入り、身を隠す。
『あんたさ、ここに住みなよ。ここには仲間がいる。皆、全てを捨てて、堂上についてきてる』
「他の奴の事など関係ない。僕は僕のやり方でやらせてもらう」
『頑固なのね。ま、いいわ。危ない行動さえしなきゃ』
「……ガキ扱いするんじゃねぇ」
怒鳴り声が貼り上がる。そこら辺の奴らと同じにするな。お前の仲間と、僕は全く違う。怒水が瞳孔に触れ、瞬く間に目が充血していく。この女の見下した言い草が気に食わない。
(堂上もこの女みたいな、いやこの女以上の奴なのか?)
背を向け荒々しくドアを開き、何もない光の世界へと足を伸ばす。
『気が向いたら来なさい』
何もかもお見通し。
貴方は必ず、ここに来る。
そして本当の意味の仲間へとなる。
いつか必ず……。
何もかも『お見通し』というような冷静な声が耳を過る。
そんな訳ない、と耳を塞ぎ、ドアに怒りをぶつけた。
悲しみと怒りの混じった『おぞましい』感情が僕を包む。
仲間になんか成り下がらない。
利用するだけだ。