曖昧な関係⑤
透明な蛍光灯は青い光でより強い存在感を漂わせる。もう約束の時間を20分もオーバーしている。ドンドンと苛立ちを逆なでるように『トランス』が鳴り響き、それを合図に一斉に踊り出す。脳細胞を刺激し、ラリっているような感覚が全身に回っていく。
『MX?』
僕とは正反対の男がいる。
「遅かったじゃないかKT」
呆けながらKTの顔を凝視した。全てが整っているのに、わざと崩しているような印象的な顔。KTとはネットで繋がった『情報提供者』だ。提供者と言っても、本人は自覚していないみたいだが……。
チャットやメールで色々な奴と会話をしてみたが、全然話にならない奴らばっかりだった。その中でKTのコメントを見て、ピンときた。
≪悲しみなど感じない。喜びなど存在しない。ただ『正』の流れによって応じている≫
変な文章だと思うが、そうは思えなかった。
こいつしかいない。
こいつ以外考えられない。
僕はKT宛にメールを打ち、条件に当てはまる人物か探る。
メールを交わしていくうちに、奴の中にある黒い物体が僕の理性を搔き乱した。僕の直感は間違っていなかったのだ。
KTの視線が妙に痛く感じ、ついつい挙動不審な態度を取ってしまう。
KTはクスクスと笑い、洋ナシのカクテルを注文した。
「何?」
真剣なまなざしで問いただすと、再び笑いが鼓膜に響いた。
『いや、俺が想像していたMXとは明らかに正反対だから、おかしくて』
「どんな人物を想像してた?」
腕を組み、眉を潜め、考えている素振りをしながら僕を試すように時間を稼ぐ。
『そうだな。不良みたいな奴を想像してた』
口に含んでいる水が器官に入り、むせる。そんな僕を見て、笑いながら僕の背中を摩った。
『大丈夫かぁ?』
「お前が変な事言うからむせたじゃないか!」
笑いを堪えながら、キツイ台詞を吐いた。
『だってよぉ、文章からこいつ危ういって思っちまって、ついつい『ヤバイ奴』想像しちまった』
こいつから見れば不良イコールヤバイ奴なのか。不良でなくともヤバイ奴は、そこら中に溢れているのだが…。僕もヤバイ奴の部類に入るのだろうか。
『なのにさぁ、お前明らかに優等生の『器』してんもんなぁ。俺の期待あっさりと裏切りやがって』
ウエイターが運んできたカクテルを荒々しく口の中へと注ぎ込んだ。
そんなKTの様子を見ていると
『お前も何か頼めよ。ここのカクテルうまいよ』
オススメをピックアップして、僕の思考にズサズサと上がり込んできた。僕はレモンのカクテルをウエイターに頼み、期待に胸を膨らませながら待ち続けた。
ウエイターの視線を気にしながら、仕事の表情を取り繕う。それに気付いたように、レモンのカクテルを差し出し、落胆させる。溜息を吐き、泥を投げつけ怒りを表すと、怯えた表情で僕の前から逃げるようにして去って行った。それを確認し、鞄の中の封筒を差し出す。不思議そうに見つめるKTの横顔。
「見て」
愛想のない単調な言葉に誘導されながらも、指示通りに中身を取り出し、確認する。KTの表情が変わり、重たい空気が全神経を狂わす。残り少ないカクテルを喉に流し込む。さっきの余裕は消え、みるみる内に仕事の表情へと変化していくのがはっきりと分かった。
「こいつらの事、何か知ってる?」
何かを諦めるような悲しそうな顔。聞いてはいけない。タブーな質問だったかもしれない。しかしいくらタブーであろうと、それを知っておく権利はある。