一人の夜
カチカチと時間を刻む時計。
いつも同じ速度で、リズムで動いてる。
(どうしてそんなに頑張るんだ?)
眩しいものを避けるように、細目で時計を見つめた。
黒ぶちに包まれている中で針が動く。
僕は眉を潜め、呟いた。
「人間と同じだな…」
いつも動き続ける。例えどんな事があろうとも、生きる事を投げ出さない限り、動き続ける。
指で黒ぶちを撫でてみた。そこには白く被ってある埃の姿があった。
(人間の憎悪のようなもの)
そう思いながら、埃を掬った。手に吸い付いた埃が僕の中に入り込み、囁きかけてくる。
『助けて…』
それは辛く、悲しい心の終結。そこに喜びはなく、果てない苦しみが永遠に続く。
「今の僕と同じだ…」
下に俯き、呟いた。
ひそかに輝き続ける星。太陽のように決して人を当てようとはしない。
闇に包まれながら優しく輝く。見守っているように、何処でも付き纏い、僕と一体化になろうと企んでいる。何を思い、そう企んでいるのか分からない僕は、問いかける。
(何が言いたい?)
そう問いかけても、勿論何の返事も返ってこない。月夜の光が僕の心を剥きだそうと光を当てる。僕は息を吸い込み、呼吸を整えた。窓を閉め、部屋の中にいる僕に光が当たらないようにカーテンで身を隠し、光を遮ろうとした。僕は、タンスの中に眠り続けているコートを取り出し、身を纏った。
ジャラジャラと小銭の音色が響く。僕はズボンのポケットから手を突っ込み、小銭のざらついた面をなぞり、目線を上に向けた。
風がふわっと髪を乱れさせ、僕の頬に触れる。僕は目を開け、乱れた髪を整え歩きだした。
『ぐぅ~』とお腹の虫が勢いよく鳴り始めた。僕は少し驚き、当たり前か、と少し切ない表情をし、近くのコンビニに向かった。
『いらっしゃいませ~』
イキイキとしている声が響いた。曇らせていた表情を通常に戻す。目を閉じ、意識を目頭に集中させ、頭の奥に塞ぎ込んでいる『鎖』を絡ませる。フッと目を開け、誰にも怪しまれないように様子を伺う。辺りはシンとし、誰一人、僕の変化に気づくものはいない。
僕は店内をグルリと一周し、ターゲットのものを探し当てる。だけど『これだ』と思うものが見当たらず、少し落胆した。買わない方がいいのかもしれないけど、殆ど夕食に手をつけていなかったので、お腹の虫が鳴き続いている。
「何でもいいから腹に入れないと」
そう思い500mlペットボトルのお茶と卵とツナのサンドイッチを買い、店を出た。
ガヤガヤとざわめく教室で、僕一人無口で異様に目立った。
『何あいつ~』
「何か暗そうだよね…」
『ああいうタイプ苦手~』
「えー可愛いじゃん、初々しくて」
ざわめきの中で一層目立ったのが彼女達の会話だった。僕は彼女達の会話に耳を立てながら無関心な振りをした。たちまち会話は『噂の転校生』の話題へと切り替わった。
本当かどうかしらないのだが、僕達二年の間で『転校生』が来ると言う噂が流れている。先生に聞いてみようと思ったのだが、からかわれそうなのでやめた。ま、本当にしろ、嘘にしろ、どうでもいい事だ。少し興味があるだけで他の奴のように騒いだりはしない。
「そう言えば、噂じゃ明日来るって言ってたな」
ふと思い出した僕は、少しわくわくしていた。
どうしてなのか分からないけれど……。
少し興味があったのだろうか。
僕はベンチに腰を掛け、グイッとお茶を乾ききった喉に勢いよく流し込んだ。
そんな僕を煽るように、暗闇に包まれている空がニヤリと笑った気がした。