曖昧な関係③
均等に千切り、小鳥のように突き、口の中へ放り込む。乾ききった唇に、パン屑がこびり付き、潤いを求める。ペロリと舌で舐めると、微かに反応し、みるみるうちに潤いを取り戻す。『ンンッ』と咳払いをし、ジュースを飲むと、すんなり食道を通り、養分として体内に宿る。
あの日を境に僕の生活はガラリと変わった。食事はコンビニで一番安いおにぎりやパンを調達し、それを雄介と二人で分けながら、どうにか生きている。おかげで体重が10キロ近く減ったが、あまり気にならない。携帯は近くの駅で充電し、どうにか情報源があるから助かる。主に一日の半分、雄介と夏子が共同で使っている事務所で過ごしている。風呂もあるし、トイレもあるので『重要な場所』と脳にインプットされている。『ズズズッ』と机を伝い、音を切った携帯が唸りをあげる。僕は虚ろな瞳で、取り上げ、液晶へと視線をおろす。
不安と苦しみの混ざった訳の分からない感情が、僕の中で生まれ、搔き乱す。
瞼を閉じ、ゆっくりと元の場所へ戻し、おさまるのを待ち続ける。
見覚えのある番号。
啓吾さんの番号。
着信拒否にすれば、こんな思いに縛られる事はないだろう。全てを離し、啓吾さんに協力してもらいたい気持ちもあったが、すぐ打ち消された。直観的に言ってはいけないような気がしたし、誰にも連絡を取らないって決めたから、それを覆す事など出来ない。
決めたんだ……。
しおりを見つけ出し、過去に肩を付けようと。雄介についていくと。僕の大切なものを奪った奴らを許すなど出来ないし、許そうとも思わない。
何分かすると、振動が止んだ。
平常心を保とうと、心に鎖を絡ませると、いつもの『僕』に戻る。
何も迷う事などない。
迷いはいつか自分自身を滅ぼし、惨い結果になるだけ。
だから迷わない……。
『早いな。まだ五時だぞ?』
忍者のように気配を隠し、僕の後方に回って眠たそうな声で呟いた。
「眠いなら寝てなよ。昨日帰ってくるの遅かったんだから。睡眠二時間じゃ持たないぞ?」
『ははっ。心配してくれるのか?お前らしいなぁ』
雄介は頬を緩ませ、いつものあの冷たい表情とは別に、愛らしい微笑みをまき散らす。『じゃ、お言葉に甘えさせてもらう』と嬉しそうに言い、再び布団の中へと潜り込んだ。心に灯が姿を現せ、弾ける。今までの事が『夢』のようだ。このまま幸せな日々が続けばいいのに……と願う自分がいた。
大きな『空虚』さが闇に包まれながら、ガラス玉のようにボロボロと崩れる。崩れたガラスは、黒と赤の入り混じった不思議な物体に変化し、遠くへと羽ばたいていく。綱を渡る『サーカス団』のように、軽々と綱を自由自在に操り、我ものへとする。右手にも左手にも綱が絡みつき、何かを知らせているように導く。
あの日から胸にぽっかりと大きな穴が開き、今までで一番大きな空虚を創り出した。僕は現在逆さまに縄の上を立っている。どんなに揺らされても、誰が現れても、動揺を感じず、ただ沈黙の中で立ち尽くしている。悲しいと言えばそうなのかもしれないが、そんな風に感じる事はない。ただ人形のように、動きもしない心に成り下がっているような感じがする。