闇の契約
Complex interwoven thread(複雑に絡み合う糸)
The continuation of unsolvable truth to you(解けない真実の続きを貴方に)
そんなはずはない。奴らが調べ忘れただけだろう。そう言い聞かせながらも、不安は大きく加速していく。
何故?どうして?なんで?
色々な疑問が頭を過り、頭痛を引き起こす。不安と共に痛みが走り、僕の心に強烈なダメージを与える。
考えれば考える程、冷静さが失われ、呼吸が速くなる。
『もって来たか?』
「はい…」
雄介の声が聞こえる。
「これでいいんですよね?」
微かな隙間から気づかれないように、視線を注がす。
ガッチリとした大男と雄介の姿が見えた。大男は顔を隠すように、黒い帽子を被っている。
「これでどうか…」
かなりの厚さの封筒を渡し、縋るように頭を下げた。男は封筒を受け取り、口元を吊り上げながら言った。
『落ちたもんだなぁ。昔のお前とは比べものにならない』
無表情な顔の雄介を憐れむような表情で見る。
『ま、いい』
呆れたように呟き、封筒の中身を取り出し、数え始めた。バサバサと無数の音が入ってくる。片手ではグラつき、足元を崩す。男は慌てた様子で、地面に舞い降りた無数の札束を拾い、土埃を払いのけた。
全ては金で始まり、金で終わる。
心さえも体さえも蝕んでいく……。
『丁度貰った』
ニヤリと微笑みながら、呟いた。
『そんなにあの子が大事なのか?何処にでもいる普通のガキじゃねぇか。あんなガキを助ける為にここまでするとは、お前らしくねぇ。悪い事は言わない。昔の冷血なお前に戻せ。出来るだろう?』
男が言った瞬間、雄介の表情がガラリと変わった。冷たい、冷酷な瞳で奴の体をめった刺しにする。深い夜の中で、何度も何度も……。緊迫した空気が、漂う中で、サラサラと砂時計が動き出す。
「金は渡した。約束通り『神崎さん』を返してもらおうか」
耳を疑い、目が充血していく。雄介の言葉を聞いた瞬間、訳が分からずパニック状態に陥ってしまう。雄介がしおりを助けようとしている?夢の中でいるような感覚が駆け巡る。その瞬間『ズドーン』と何かが破裂したような音が唸りをあげる。我に返り、何が起こったのか恐る恐る確認する。
『チッ。外したか』
悔しそうに舌を鳴らし、醜い顔で右手に持っている銃を睨めつける。飼い主がペットに叱るように、拳に力を入れる。
弱肉強食。
強いものが弱いものを喰らい、自分の中へと溜め込んでいく。タラタラと赤い血が、地面を汚す。綺麗な白い紙に、無造作に絵具を叩きつけるように染まっていく。
それを見た瞬間、僕の中で何かが秒を読み始める。力が妙に入り、思考回路を遮断する。何も考えなくていい、考える理由なんてない。段ボールを盾にしながら、男の後ろに回り、ポケットの中に入れてあった護身用のナイフを取り出し、その時を待つ。失敗は許されない。奴は銃、こっちはナイフ、リスクが大きすぎる。もし失敗したら僕の命はない。奴の右手が雄介へと向かれる。目を凝らし、集中している時を狙う。
今だ……!
グサリと鈍い音が手を伝って、脳細胞へと注がれていく。刃を食い込ませていくと、ビクッと痙攣したように反り、後を振り向こうとする。全体重をその部分に集中させ、力の限り何度も何度も突き刺す。右手に握ってある銃が唸りをあげ、天井へと音を鳴らす。目的が外れた≪それ≫は行き場を失い、消滅への旅へと旅立つ。ドサリと倒れ掛かってきた瞬間、素早く男をかわし、離れる。すると人形のように、一定の方向へと倒れ込み、動くのを止める。地面に落ちていた銃を持ち、確認の一発を放つ。
大切なものを守る為なら、悪魔にでも、何でもなってやろうじゃねぇか。
カランと、悲しみに包まれながら、手からすり抜けた。その音と共に、僕の中から何かが抜けていった。
視線を雄介へと移りかえる。雄介は目を見開き、ただ瞳から注がれる悲しみが、僕の胸を痛めた。
「ありがとうな」
『え?』
我に返り、僕の言葉を理解しようとしている。
「僕が悲しむと思って、奴に金渡したんだろ?」
『……別にそんなんじゃない。俺が嫌だったからやっただけだ』
沈黙が僕達を包む。
『もう…後には引けないぞ。いいのか?』
鳥の嘴みたいに鋭く突く。妙に喉が渇き、痛みを促す。
僕は何も言わず『闇の契約』を結ぶ。
もう戻る事は許されない……。