僕のコピー
目を開けると、光も何もない空間に僕等は縛られていた。両手、両足を大蛇に縛られ、身を震わした。今の僕には、ここは何処なのか理解出来なかった。そんな僕の前に立ち尽くしている人物がいた。僕は目を凝らし、確認する。
(え?)
そこには僕と同じ顔の少年がいた。服も、髪型も全て同じ。違う所などないように思えた。
「君は?」
音を発しない声で、彼に尋ねてみた。そうすると、彼は無表情で僕を見下ろし言った。
『お前には用はない。散々、俺の邪魔しやがって』
そう言い、僕の腹を思い切り蹴とばした。僕は痛みを和らげようとし、腹に力を入れた。
(痛くない?)
目線を腹に向け、不思議に思った。そんな僕を観察しながら笑い転げた。
『痛みなんか感じねぇよ。ここでは痛みなど感じない』
クスクスと笑い声が木魂した。
彼の手の上にあるようなものに、気付いた。それは普通の鏡のようだった。興味深そうに見つめる僕の視線に気付き、僕の膝に立て掛け、中を見るようにと指示をした。七色の迷彩色で美しく合わさってある。何かの模様のようでもあるし、動物のようにも思えた。よく見えるように目を細めてみると、そこには雄介の姿があった。僕は不思議に思いながら、不思議そうに眺める。
「これは?」
『まだ分かんねぇのか?』
「え?」
『それに映ってるのは外の世界』
「外の世界?」
首を傾げ、彼の言っている意味が分からない。
『そう。お前がさっきまでいた所だ。簡単に言えば現実世界』
そこが現実なら、ここは何処なのだろうか。唐突に聞くのが怖くなった。そんな僕に構わず続けた。
『で、ここは中の世界。所詮心の中だ』
「心?」
『そう。お前は怒りを抑えきれず、自分からここに来る事を選択した。痛みに負けたんだよ、お前は』
頭の中が潰れた果実のようにグニャグニャしていて気持ち悪い。
『今度は俺が外に出る番だ』
耳を疑う。鼓膜の中にリピートされる。
今度は
俺が
外に出る?
どういう事なのかさっぱり分からない。
「何言ってんだ?頭おかしいんじゃねぇの?さっきから訳の分からない事ばかり言って…あ、僕をからかってるんだろ?」
『これだから人間は…』
大きなため息を吐き、呟いた。
『ま、いい。理解出来なくても、そのうち分かるさ』
そう言うと、笑いながら僕の前から姿を消した。
奴が出る…?
その瞬間、僕の脳が炎に炙られ、溶けていく。自分でも何が起こっているのか分からない。ただただ、頭が熱くて熱くて仕方なかった。
(あれは?)
蛍光灯の光が僕の脳細胞を刺激する。声が聞こえる。誰の声?雄介?彼?いや、違う。音楽のようにテンポを刻みながら、僕を呼び覚まそうとする。
『負けちゃダメ』
その声が僕の身体を押し上げ、光へと導かす。それを邪魔するかのように、大蛇が締め付ける。力いっぱいに、僕の体の自由を奪っていく。その度に声が響く。
僕は目を瞑り、耳を傾けた。
『あなたが負けてどうするの?』
『雄介は…あなたの犠牲になったのよ』
『あんな手術までさせられて…操り人形に成り下がって、奴らの言う事を聞いていたのよ』
『なのに…』
『なのに、あなたが負けてどうするの?』
犠牲になった?
操り人形?
雄介が?
僕は…僕は。
拳にグッと力を込め、両腕にしがみ付いている大蛇を払いのける。大蛇は僕の腕に牙を立て、必死で這いつくばる。例え、肉が引き千切られてもいい。大蛇の首を掴み、力を込める。横の隙間から親指と人差し指を滑り込ませ、上歯と下歯を離した。怒りをぶつけるように叩きつけ、足で踏み続ける。すると、悲鳴をあげながら、サラサラと地面に潰れ落ち、姿をくるます。
「ここから出せ!」
そう叫ぶと彼の声が聞こえた。
『いやだね。俺はこの時を待ってたんだ。ずっとずっとお前の闇に隠れ続け、この時を待ち続けたんだ』
「う る さ い」
僕の背中から、黒い布が首に突き刺さり、彼を追い詰めていく。段々と逃げ場を失っていく彼を見て呟いた。
「岬 慶介は二人もいらない。ましてやコピーだなんて…」
叫び声が聞こえた。
僕は憐れみながら、彼を作り上げた人間に怒りを抱いた。