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壊命  作者: 綾 瑜庵


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狂い始めた音①

 鞄を置き、リビングへと足を運ばせた。誰もいないのか静けさだけが漂う。その空間を吐き捨てるように、冷蔵庫を開ける音がした。透明のグラスに、赤い液体が注がれていく。それは血のように真っ赤に染まっていて、妙に残酷に思えた。


 『何かあったのか?』


 注がれた液体の中の氷がカランと音を立て、その中に溶け込んでいく。


 「いえ…」


 否定すると、ホッとしたような顔を見せた。


 『お前に何かあったんじゃないかって心配してたんだぞ』


 液体のお陰で、冷え切ったグラスを差し出した。僕は、グラスを受け取り、礼を言った。乾ききっている僕の喉に押し込む。カラカラで針がひっかかっている喉に流れ込む瞬間、みるみる内に針を浄化させ、潤いを取り戻した。


 「これ何ですか?」


 今まで飲んだ事のない甘さと、酸味が舌の上を転がる。舌で転がし続けていくと、微かなチェリーの味が喉に刺激を与える。


 『カクテルだよ。美味いだろう?』


 啓吾さんは、笑みを零しながら、おかわりをした。


 「僕、未成年ですけど…」


 そう確認すると『そんなの知ってるよ』と言いながら、グラスを回した。


 『お前なぁ、時々は酒飲んどかないと!今の内に味覚え溶けよ。17の時普通に酒、煙草やってたぞ?』


 「はぁ…」


 煙草はやっているのだが、酒はどうしても手をつける事が出来なかった。煙草は近くの自販機で簡単に手に入るのだが、酒はそうはいかない。啓吾さんはどうやって手に入れていたのだろうか。


 『酒は初めの一口がいいんだぞ。俺それでハマッタからなぁ』


 懐かしそうに、楽しそうに思い出に浸っている彼を見て、ワクワクした。啓吾さんの話は、いつも面白く、興味をそそる事ばかり話してくれる。僕の世界観をかき消し、啓吾さんの世界観を僕に受け渡そうとする。その時の彼は、自信と、満足に満ち溢れている。


 『あ、お前まさか酒の味も煙草の味も知らないのか?』


 ボケーっとしている僕を見て、驚きの表情を見せる。意外と思っているのか、半信半疑で見つめる視線がかなり痛い。「僕、真面目ですから」とふざけた口調で言うと、僕の頭を小突き、肩に手を回す。


 『何言ってんだ。いい子ぶるなよ。らしくねぇなぁ』


 「そんな事ないですよ」


 『正直に行こうぜえ』


 カクテルを飲み終わった啓吾さんは、いつの間にか、ボトルを握りしめ、ラッパ飲みをしていた。


 「飲みすぎですよ?」


 以前噂で耳にしたのだが、啓吾さんはかなりの酒癖があるらしい。少しでも機嫌を損ねると、怒鳴りつけるらしい。

 僕は怒りを与えないように、優しく言う。啓吾さんは、笑いながら『いいじゃねぇか』とカラになった僕のグラスに注ぎ、勧めた。

 

 『そういや、お前最近来ねぇよなぁ』


 「ん?」


 『ライブハウスだよ。以前は、毎週顔出していたのによぉ、最近見せねぇじゃん…』


 駄々をこねる子供のような口調で、口を尖らせた。酔うとこうなるのか、バンドメンバーの気持ちが少し分かった。


 『今日なんか凄かったぜぇ~。すげぇ熱くなっちまったよ』


 音楽の事になると、楽しそうに、愛しそうな表情で話す。本当に音楽を愛してやまない人だ。彼女に向ける瞳よりも、音楽に向ける瞳の方が力がある。握りしめていたボトルを置いた瞬間、両手を大きく動かし、全身を使い、気持ちよさそうにライブの事を離してくれる。


 『も~何もかにもプロ並みでさ。ドラムやギターは勿論いいんだけど、歌声がな、最高に良くて鳥肌立っちまって。お前も来りゃよかったのによぉ』


 この人が褒めるのだから、凄い腕の持ち主に違いない。


 「啓吾さんもプロ並みじゃないですか」

 

 顔色がガラリと変わった。啓吾さんは腕を組み、先ほどの楽しそうな顔から真剣な顔へと塗り替えた。普段の啓吾さんも好きだが、この瞬間の啓吾さんが一番好きだし、尊敬している。


 『いや、俺達はまだまだだよ。いつも悩んで、苦しんで曲を作って、ただ適当に歌っているだけだ。才能なんてありゃしねぇ。だけどな、ここで諦める訳にはいかねぇんだよ。もっと上に登って、音楽嫌いな奴が好きになってくれるような音楽を作りたいんだ』


 力強い目。その目がある限り、貴方は夢に確実に近づいている。勿論現在も、そしてこれからも…。


 熱く語り終えると、顔を真っ赤にさせ、またやってしまったという風な表情を見せ、頭をポリポリ掻く。


 『あ、そうだ。そいつの曲聴いてみるか?』


 僕の言葉wも待たず、カセットをセットする。


 「貰ったんですか?」


 『普通初対面の奴に、ただでやるか?買ったんだよ』


 そう言うと、カチッと再生ボタンを押し、元の位置に座り込んだ。伴奏が凄まじく始まる。狂ったように、でも正確に刻み続けるドラム。それをブチ破ろうとしているギター。それらが微妙なバランスで溶け合い、最高の音を響かす。少し変わったスタイルだ。狂うようになり始めたと思ったら、カクンと音量を下げた。膝を蹴られたような感覚だ。そして、何かの始まりのように、段々音量を下げ、歌声が入る。


 歌声が僕を縛り付ける。


 異様な悪寒が走り、何時間か前の微かな記憶を呼び覚ます。


 この声…。


 「先輩。このグループの名前は何ですか?」


 『ん?何だ、目つけたのか?』


 荒々しく呼吸をする僕を見て、この曲を聴いて興奮していると勘違いしているようだった。


 「いいから教えてください」


 『RIPUだったと思うぞ。詳しい事は知らねぇが、リーダーの雄介を中心に五人で活動してるらしい。ちなみに歌っているのが雄介な』


 「雄介…」


 聞き覚えのある名前だと思った。知っているような、知らないような変な感じだった。



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