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壊命  作者: 綾 瑜庵
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麻酔④


 今日は帰らないとだけ言い、素早く電話を切った。先程啓吾さんに電話を入れておいたから今から行っても大丈夫だろう。


 啓吾さんとつるむようになったのが、今から三年前程だ。街角で荒々しく、堂々と歌っている姿が恰好よくて、半場憧れを抱いていた僕は、思い切って声をかけたのが始まりだった。何度か話してみて、考え方や、意思の強さにドキモを抜いたのを覚えている。どちらかというと、話かける前まで、彼の事を「繊細」そうだと、枠に入れていたから、正直こんな熱い人だとは想像してなかった。


 『啓吾、あなたには甘いからねぇ』


 以前啓吾さんの彼女に言われた。その時の僕は「はぁ?」と首を傾げ、彼女の言っている意味が理解出来なかった。


 (そういや、あの人と続いているのだろうか?)


 続いてたらいいのに、と胸を躍らせながら啓吾さんの家に向かった。


 

 オレンジ色の夕焼けがチリチリと照りつける。もう夕方か、時間を確認してみると、六時を回っていた。


 今から急いだとしても、今のペースで歩き続ければ、一時間はかかる。電車に乗ろうと思っても、来るのが二時間後。そんなに待てない。


 甲高い音が沈黙の中で鳴り響く。僕は一瞬ビクつき、身を震わせた。着メロは「Do As Infinity」の「Yesterday&Today」と言う曲だ。DAIの曲は、悲しみの中に温かさを持ち合わせている。


 ガサガサと小さなポケットに手を突っ込み、音に誘われ取り出した。赤と青のランプが携帯をより鮮やかに彩る。誰だろう、と画面を確認すると非通知としか記されていない。


 「……」


 電話が繋がると、妙な沈黙が続き、嫌な空気が流れる。いつまで待っても、沈黙のままなので、こちらから発した。


 「もしもし?」


 たどたどしいしゃべりに驚いた。自分でもこんなたどたどしく言葉を発したのは初めてじゃないかと思う位に。


 『…岬 慶介さんですか?』


 落ち着いた男のような声が聞こえてきた。


 「はぁ…」


 『お久しぶりです』


 「は?」


 お久しぶり?今日初めて聞いた声に聞き覚えなどない。それに、知り合いには、僕の番号を教えているはずだし、少数の人しか知らないはずだ。


 「あんた誰だ?」

 

 眉を顰め、今まで出した事のない低い声で張り合った。


 『忘れちゃったんですね…』


 悲しい声で呟く。


 「忘れたも、何も…。今日初めて喋ったし、僕は貴方の事なんか知りません」


 また沈黙が続く。イライラし始めた僕は、切ろうと思い、ボタンを押した瞬間、電話の後ろの方から、ヒソヒソと会話が聞こえ始めた。僕は、耳を極限まで働かせ、会話の内容を聞こうと努力したが、無駄だった。


 ドンドンと電話越しに、トランスが鳴り響く。最大で鳴らしているのか鼓膜が炎症を起こす。僕は耳から携帯を遠ざけ、曲が静まるのを待ち続けた。一瞬切ってしまおうかと思ったのだが、切ったら後悔してしまうような気がして切れなかった。五分程待った時、曲が段々と弱まっていき、姿を消した。


 鼓動が走る。

 息が荒れていく。

 頭脳が低下していく。


 『慶介』


 聞き覚えのある声が聞こえたような気がした。僕は、地面に蹲りながら、誰の声だろうか、考えてみる。あぁ…あの時きみかの後ろから聞こえた声だ。


 『歩くの大変だろ?啓吾のとこまで一時間かかるんじゃないか?』


 「!」


 『どうした?黙り込んじまって』


 背筋が凍る。母と啓吾さんにしか伝えていないのに何故、赤の他人が知っているのだろうか。


 動揺している僕を見破ったかのように、クスクスと笑い声が聞こえてきた。


 「てめぇ、何者だ?」


 携帯を握り絞めている手に力が入る。


 『さぁ?』


 「ふざけんのもいい加減にしろよ!きみかに何しやがった?」


 『何もしてないさ。ただ協力してもらっただけ』


 「協力だと?」


 『…お前のせんだな。慶介がなかなか俺達の事、思い出そうとしねぇから』 


 「何言ってんだ?」


 訳が分からない。脈がドクンと僕の頭に流れ込む。カッカしていて、頭が壊れそうだ。


 僕は柱に手を付き、倒れないようにもたれた。


 『しおりちゃんってさ可愛いよなぁ。本当に』


 奴の声が妙に響く。何度も何度も脳細胞が繰り返し、僕の口を瞑らす。


 奴が、心地よく眠っているしおりに、手を伸ばす。温かい頬を、唇を、髪の毛を優しく撫でる。見えないはずなのに、脳を通じて僕の中へと入り込んでくる。


 僕は、自分でも気づかないうちに、叫んでいた。


 「やめろ!」


 眉を顰め、瞳に涙を浮かべ、悲しそうな顔で、奴に頭を下げた。


 「お願いだから…しおりには手を出さないでくれ」


 奴は、クスクスと笑いながら、僕の頭の中から消えた。


 『相変わらず泣き虫だな。ま、今の所は手を出さないよ』


 「もし何かしたら…殺す」


 人を馬鹿にしたような笑い声が聞こえる。


 『お前には出来ねぇよ』


 「うるさい!」


 怒鳴り声が町中に響く。僕の心を表すように力強く、まるで木魂のように何度も。


 「分かったか?」


 そう言い放った瞬間、奴との連絡を切った。何か話をしていたが、僕の耳には届かなかった。怒りが体の熱を上昇させ、支配してゆく。今の僕は誰よりも、何よりも醜い表情をしているだろう。



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