麻酔③
白いひげを生やし、満足そうに一々整える。自分は偉いんだ、と体でしか表現できない愚かな人間。見栄を張り、名誉を守り、その場所から一行に立ち退こうとしない。周りが迷惑がっているのに…。それさえも気づけない奴。
上が下を喰らいつく。
そんな常識面白くない。完璧な人生なんか、人間なんかに興味はない。そういう奴は、一度堕ちると、這い上がる事も出来ず、何も出来ない自分を受け入れようとしない。受け入れる所か、余計高いプライドを盾にする。
『検査してどこも異常ありませんでした』
作り笑顔を母に見せ『よかったですね』と堅実そうに囁く。眼鏡の奥にある、微笑みが僕を挑発する。
『ありがとうございます』
お辞儀をし安心したように医師にお礼の言葉を浴びせた。
僕は白いシーツを触りながら、母達の会話を他人事のように思いながら、聞いている。
そんな僕を見て呆れた様子の母は、小さな溜息を吐き、僕の頭を押し付けた。
『本当にすみませんこの子ったら…』
そう呟きながら、笑顔を見せる母の態度が、期限の虫を怒らす。
医師がハハッと声を漏らす。
僕は、二人の様子を眺めながら、溜息を一つ吐いた。僕の瞳にはガラスが張っている。とても強化なガラスで、絶対に割れる事はない。母と医師は僕の視線には気づかない。僕はガラスで身を隠しているから。
他愛もない話をし終わり、満足したのか満面の笑顔で病室を後にする。母が部屋を出た瞬間、冷たい空気が走る。その空間を破るように、口を開いた。
『君のお母さん、明るくていい人だね。あんないい母親普通いないよ』
「そうですか?」
冷たい目をギョロリと剥き出す。
「あんな最低な母親いませんよ」
冷たい言葉を発し、突き放す。
医師は驚いた表情で、目を真ん丸くし、見つめ続ける。
こいつと話す事などない。
僕はベッドから這い出て、ベッドの下から着替えなどを入れている鞄を取り出す。
「もう退院していいんですよね?」
僕の言葉で我に返った医師は、曖昧に『あぁ…』とだけ漏らす。
「では…お世話になりました」
鞄を担ぎ、何か言いたそうな医師を無視し、病室を後にした。
医師は僕が出たのを確認した瞬間、顔色を変えた。化け物の皮を剥がすように、眼鏡を外した。
『見つけた…』
黒い瞳を輝かせ、ポケットから取り出したメモ用紙に書き込んだ。
『岬 慶介』と。
右手で光を遮るように、額に手を当てた。その奥に、ニヤリと微笑む、悪魔の近い者が現れた。