分かれ道
ガヤガヤと人の声が僕達の耳に過った。キミは、僕を素早く抱き抱え、崩れた『瓦礫』の中へと身を潜めた。
奴らの足音が遠ざかっていくにつれて緊張が解けていく。
『行ったか?』
キミは蒼白な顔をして、僕に問いかけてきた。
『お前分かってんのか?』
「何が?」
首を傾げ、不思議そうな表情で覗き込んだ。
『俺についてくる事がどう言う事なのか…』
「?」
全く理解出来ていない僕を見て、浮かしていた腰をドシリと地面に下ろした。
純粋で優しい幼き瞳を見て、キミは言うのを躊躇っているみたいだった。何も分からなかった僕は、ただキミの横顔を見る事しか出来なかった。
キミは、顔を伏せ、諦めたような声で呟いた。
『友達じゃなく、共犯者になっちまうぞ!俺についてくるって事は、そういう事だぞ?』
悲しそうな、悔しそうな声が脳裏に過る。
「何を言っているの?僕たちずっと一緒でしょ?」
『…』
急に立ち上がったキミを悲しそうな表情で見上げ、胸が苦しくなり涙が毀れた。キミが何を言いたいのか分からなかった。キミの心が僕から確実に離れていっている。
(僕、何か悪い事したのかな?)
(怒らすような事したのかな?)
思えば、思うほど不安は積もる。泣きたくなんてないのに、涙が出て、苦しくなんてないのに、心が叫んでいる気がして、何かが僕の心を破壊していく。
青いリュックサックから透明な液体なペットボトルを出し、キュとふたを開け、僕の目の前に差し出した。
『喉渇いたろ?』
キミにこんな弱い自分を見られたくない。そう思った僕は、涙を拭い、受け取った。
「ありがとう」
ニコリと精一杯の笑顔を見せると、嬉しそうなキミの姿があった。
「ゆうちゃんは、飲まないの?」
そう問いかけると、フッと微笑みながら僕の頭を撫でた。
「僕いらない!」
ペットボトルをキミの目の前に置いた。
「ゆうちゃんが飲まないなら、僕も飲まない!」
そんな僕を見て『後で飲むから』と微笑み、ペットボトルを僕の手に握らせた。僕はオドオドとキミの様子を伺いしつこく何度も「本当?」と聞き返した。キミは笑いながら何度も頷き、僕を言いくるめてペットボトルの液体を僕に飲ませた。シュワシュワと喉の渇きを補い、僕の体内へと入り込んでくる。僕は、何の抵抗もせずそれを受け入れる。
二口目を口に運んだ瞬間、急に体の上に石を置かれているように全身が重たくなり、力が抜けていく。目がトロンとし、思考が止まる。自分が今何をしているのか、誰といるのか記憶がアヤフヤになっていく。
そんな僕を見ながら、キミの空気が僕の元を離れ、奴らの元へと急ぐ。
朦朧とする意識の中で言った言葉。
「行っちゃ、ダメ!」
振り返る様子もなく、冷たい風が僕の心に纏いつく。
《ごめん》
震える声でキミの叫びが聞こえたような気がした。
それを後に僕は、言葉を失い、深い眠りについた。
フカフカしていて、漂白剤の匂いが心地よい。ここは何処なのだろうか、と夢の中で悩んでいる。
光が僕の瞳を挑発し、僕を揺さぶる。傷を癒すように、頬を撫でる。
『大丈夫なんでしょうか?』
「大丈夫ですよ。安定していますし。後は慶介君が目を覚ますのを待つしか…」
不安定で、今にも崩れてしまいそうな母を見て、気の毒そうに見ている。涙を浮かべ、髪を荒々しく掻き上げる様子は、まるで何かに取りつかれているように思えた。