闇笑顔
体に電気が通っているような痺れが回っている。動こうと思っても、一瞬でも力を入れると、何かに指示されたように痺れ出す。
『クスクス』
闇の向こうから笑い声が聞こえてくる。僕は、虚ろな瞳で目を凝らして見る。
『大丈夫ぅ?』
足音がゆっくり近づいてくる。
「きみ…か?」
麻酔のせいかもしれないが、声が掠れ、喉に強烈な痛みが走る。
『話するのも一苦労ねぇ』
僕の髪を掴み、唾をかけた。
『無様ねぇ』
そう言うと、掴んだ手を払い、足で蹴り上げた。僕は一瞬宙に舞い、痛みと共にドサリと倒れこんだ。
『どうしたの?大丈夫?』
痛みに顔を歪ませている僕を見て、顔色が変わった。きみかは涙を流しながら、僕を抱きしめた。
『うっ…』
唸り声をあげ、右手で頭を抑えながら、頭の痛みに耐えるように、腕を引き裂いた。
「きみか?」
『せめて…あなた…だ…け…に…げて……』
そう言い残すとフラフラした足取りで、僕の元を離れていった。
『ううっ…』
何かに助けを求めるような、叫び声が部屋中に響いた。
《怒りに身を任せなさい》
何処からか、低くよく通った声が耳に入ってきた。
《あなたの選んだ事でしょう?》
そう言い放った瞬間、きみかは解放されたように笑みを浮かべ、地面に座り込んだ。
何も見てない、見えてない瞳を輝かせながら、真っ暗闇の方を剥いて、崩していた足を直し、膝をついた。
《逃がしはしない》
僕ときみか以外誰もいないはずなのに、低くよく通る声が聞こえたような気がした。
頭の中に誰かの声が空回り、幼い記憶を蘇らせる。僕は頭を抑え、記憶と痛みの合間を行ったり来たり。段々と意識が遠のいていく。
大切なものを守るようにして犠牲になったキミ。僕より背が少し高く、幼い器の中に佇んでいる大人の目線。それは少し冷たく、心強く感じた。炎の中から鋭い牙を持った女は、僕達を見つけると、狂ったように叫び、炎に包まれながら、僕達の手を求めようとしている。
僕は、眉を顰め、キミの表情を伺う。
悲しみも、苦しみさえも感じさせないキミを見て、背筋に悪寒が走った。
キミは、冷めた瞳で僕を見下ろし、震える僕を包み込んだ。何も口にせず、ただ炎に蝕まれていく女を、目を逸らす事もなく凝視続けていた。
僕は無表情のキミの手を握り、瞳には溢れんばかりの涙が視野をユラユラと歪ませていた。
《僕達は一緒だよ》
《例え離れ離れになったとしても…》
そう呟きながらキミの手が微かに震えていた事に気付いてしまった。
キミの手が僕の手を握り返す。
ギュッと力強く。
「どうするの?」
『何が?』
「何がって…」
オドオドした表情を見せると、キミは溜息を吐いた。
「ごめん」
弱気な僕を見て、イラついている様子だった。
『何で謝るんだ?』
「だって…」
涙が溢れ、更に視野が揺らめく。
『お前には関係ない事だろう。俺なんかと居たらお前まで悪く言われちまうぞ!』
口を尖らせ、怒り口調で怒鳴った。
初めてだった。
僕に怒りの音を上げたキミを見て、一瞬ビクつきながら、キミの悲しみの声を聞いたような気がした。言葉の裏側に悲しそうな心の叫びが聞こえ、僕を戸惑いの渦へと突き落とす。
『早く行け!』
もう一度僕に噛みつく。そんなキミに、刃向かうように、ギロリと睨んだ。
「いやだ!ゆうちゃんと一緒にいる!」
『……』
「いいでしょ?」
『…勝手にしろ!どうなっても知んねぇからな!』
呆れた表情で僕を試すように見つめてきた。僕はゴクリと唾を飲み込み、強気な目でキミと同じ運命を辿ると決意した。