第1章:出会い
異世界生活にも慣れてきたあきらは、この世界の情報収集のため山小屋から見える大きな街へ旅立つことを決める。
街へと向かう途中であきらは一人の少女と出会うことになる。
「あぐ、もぐ」
師匠と別れてから数日、あきらはまだ森の中を歩いていた。体感的には随分と歩いた気がするのだが、街へとつながる街道はまだ見つかりそうにもなかった。
「結構、近くまで来た気がするんだけどなあ」
あの小屋から眺めた街並みは今も見えているが、予想よりも大きい街のようで小屋からは大分遠くにあるようだ。
「とりあえず街まで行かなきゃこの世界のことも分からんからな」
一応、あの小屋で過ごした4年の月日の中である程度の知識は身に着けたが、これからこの世界で過ごしていくとなるとそれだけでは足りないのだ。この4年の間も、何とか元の世界に戻れないか試行錯誤していたがどれも空振りに終わり、それならと新たな知識を求めて街に行くことにした。
「さて、そろそろ行くかね」
簡単な昼食を済ませ身支度を整える。できれば明日か明後日くらいには街に着いておきたいのでのんびりはしていられない。
そうして、残りわずかとなった備蓄食料の心配をしながら森を歩いていく。
――――――数時間後
少し陽も傾きかけてきた頃、遠くに薄暗い山道の中淡い光が揺らめいていた。
「あれは、、、明かりか?」
街にあるようなしっかりとしたものではないが、人工的に設置されたであろう明かりが見えた。
近づいてみると、地面に刺さった枝の先端に、淡く光るビー玉程度の大きさのガラス玉が浮いていた。
「おお、これが恒常魔術ってやつか」
師匠から聞いた話によると、恒常魔術とは、一度発動すればそれを発動した者の魔力が尽きるか、魔力の供給を中断または供給できなくなるまで発動し続けることが可能な術式のことだ。
「でもこんな山奥に設置してある街灯なんて、誰が維持しているんだ?」
恒常魔術は発動さえしてしまえば、維持にはそれほど魔力はいらないのだが、この山道には見えているだけでもざっと100本近い街灯が設置されている。
「うーん、これでまた知りたいことが増えたな」
知りたいノートと書かれているメモ帳に書き込んでいく。今となっては元の世界を感じられるのは、このノートだけになってしまった。あの時、唯一ポケットに入っていたメモ帳。この世界で知り得た情報を貯めておくもの。
「これでよしと」
そして街までの道のりを数えながら歩きだそうとしたときどこからか叫び声が響いた。
「きゃああああああ」
「!?」
一瞬、獣か魔物かと身構えるが、すぐにそれが人間の叫び声だと理解する。
「どこから聞こえた!?」
辺りを見渡してみるが、夕暮れ時ということもあって視界が悪く、頼りになるのは耳だけだ。今にも走り出そうとするのを我慢して、耳に意識を集中させる。
「きゃあああ誰か助けてー!」
「むこうか!」
声が聞こえた方へ全力で走る。あちらも逃げ回っているため、逐一声の方向を確認しながら向かっていく。
「くっ、どこだ、そんなに離れてはいないはずだが」
視界の悪い森の中を全力疾走で走っていく。声はもうすぐそこまで迫っていた。
「っ!」
いた。小さな人影だが懸命に何かから逃げている背中が見えた。
「こっちだ!」
眼前まで迫った背中に向けてそう言い放つ。すると声に気づいたのか小さな人影はこちらを見ると、安堵した表情を見せる。その瞬間、木の根に足を取られ盛大に転んだ。
「きゃあっ!」
「大丈夫か!?」
急いで駆け寄り小さな彼女の背中を支えるようにして腰を落とす。
「どこか怪我はないか?」
「は、はいなんとか。擦りむいただけです」
「そうか、ならこれを使うといい」
背中にしょった鞄から小瓶を取り出して彼女に渡す。
「これを擦りむいたところに塗れば、小一時間で目立たなくなる」
「あ、ありがとうございます」
小瓶を受け取ると彼女は思い出したかのように顔を上げる。
「っ!そうです!ここは危険なので早く離れないと!」
「!?何かに追われているのか?」
そう問いかけると、彼女はあたりを警戒しながらゆっくりと立ち上がり杖を構える。
「気を付けてください、すぐ近くにいます」
「わかった」
こちらも同じように臨戦態勢をとる。そして重苦しい空気が二人を包み込む。
「、、、」
―――ガサ
「っ!」
突如背後から襲い掛かろうとする魔物に向かって、彼女は杖を振りかざす。
「オーウィヒネットオン、オクオ、ヤーリエッソーニヒ」
そして呪文を詠唱し応戦する。おそらく炎系の下級呪文で、小さい火球を放ち魔物をひるませるものだろう。
「っ!なんで!?」
だが火球は出なかった。そして、予想外の出来事で無防備になっている彼女に向かって魔物の牙が襲い掛かる。
「くそっ!」
襲い掛かる刹那、あきらは魔物に向かって手をかざし魔力を集中させる。
「くらえっ!」
あきらの手から放出された火球は、魔物へまっすぐと飛んでいき全身を炎が包み込んだ。
グギャアアアアアアアアァァァァ
しばらくの間魔物はのたうち回っていたが、徐々に鈍くなっていき、やがて力尽きた。
「はぁ、危なかったな大丈夫か?」
「は、はい助かりました、、、」
その言葉の直後、彼女は力なくその場にへたり込んだ。
「お、おいどうした」
「す、すいません腰が抜けちゃったみたいで」
そうなるのも無理はない、こんな年端もいかない少女からしてみれば、それこそ死ぬほどの恐怖だっただろう。
「よかったら手を貸すよ、ほら」
「い、いえ、申し訳ないですよ、しばらくしたら歩けると思いますので気にしないでください」
「もう夜も近いし早いとこ街に戻らないと、ここはもっと危なくなる」
「そ、そうですね、、、」
彼女はまだ躊躇っているようだったが、こちらが促すとようやく背におぶさってきた。
「で、では失礼します」
「おう」
背負ってきたカバンよりも軽い彼女の重さに驚きつつも山道を歩いていく。
「このまま山道を進んで街の方まで行けばいいんだな」
「はい、大丈夫です。街の方まで行けば知り合いがいますので」
「りょーかい」
もうすでに夕日は半分程度になり、辺りを闇が侵食していく。ぽつぽつと見える明かりを頼りに眼下の街を目指していく。
「あのー、少しいいでしょうか?」
「ん?どうした」
「まだ恩人様のお名前を聞いていなかったので」
「あー、そういえばそうだったな」
すっかり忘れていた。忘れていたというかどうでもよかったというか。とりあえず、成り行きとはいえ助けたのだから名乗っておくのが普通だろう。
「んじゃ、初めまして俺は新見地、、、いやニーチ・アキラ。アキラって呼んでくれ」
「私はアルゴート・フィルレインと申します。先ほどは助けていただいてありがとうございました。私のことはフィルとお呼びください」
「了解。どういたしましてフィル」
お互い名乗り終えたところで他愛ない話をしながら残り少ない山道を下っていく。途中、道に迷うこともあったが、陽が完全に沈み切る頃には無事街の入り口に到着した。
「ふぃーやっと着いたか」
街の入り口に着いた途端、これまでの疲れがどっと押し寄せてきた。
「もう下ろしていただいても構いません」
「もう大丈夫なのか?」
「はい、本当にお世話になりました。命まで救っていただいたばかりか、街までおぶってくださるなんて」
「いいってことよ、元々この街には来る予定だったし気にしないで」
「いえ、そういうわけにはいきいません。ぜひともお礼をさせてください」
自分としてはお礼なんてよかったのだが、せっかくだ、ここは厚意に甘えておくとしよう。
「じゃ、ご厚意にあずからせてもらおうかな」
「はい!ではご案内いたしますね」
そう答えると、フィルは顔を輝かせてこちらの手を引いてくる。
「ところでこれからどこに向かうんだ?」
「こんな時間ですし、ご一緒に夕食などいかがですか?」
確かに言われてみれば、昼時から歩きっぱなしなので疲れと空腹が増している。
「そりゃあいい」
「それではこちらです」
「はいよ」
フィルに手を引かれるまま街の中を歩いていく。陽が沈んだばかりということもあって、どこも住民たちでにぎわっていた。その中には、ちらほらと同じローブ調の制服らしきものを着た人もいた。
「なぁ、この国には学校とかもあったりするのか?」
「?はい、ありますよ。あの向こうに見える建物がそうです」
指さす方向には煉瓦調の重厚な建物が見えた。
「はぁ、学校にしては随分と大きいんだな」
「それはそうですよ、なんたってこの国きっての二大学園ですから、当たり前ですよ」
「二大学園?」
「もしかして、ご存じないですか?」
こちらの返答にフィルはとても不思議そうに首をかしげる。
「最近こっちに来たばかりだから、色々と知らないことが多くてな」
「そうだったのですか、これは失礼しました」
「いやいやそんな」
そう聞いたフィルは申し訳なさそうに頭を下げる。この世界、もとい国には4年前からいるのだが、いかんせんずっと山籠もりしていたおかげで、街の様子は外から観察する程度しか知りえていない。
「えっと、二大学園というのは、ここ東マンセル領にある王立ミレイユ魔術学園と西ユードル領の王立ユグ魔術学園のことを指していて、国外からもとても優秀な学園だと学生が集まってくるほどなんです」
「ほおそりゃすごいな」
まさかそんな有名な学園だったとは。遠くから見えてはいたのだが、こういう世界ではよくある領主の屋敷か何かだと思っていたので、驚きを隠せない。
「かくいう私もそこの生徒なんですけど、、、」
「ん?」
そこまで有名な学園に通っているならもっと誇らしげにするものだが、フィルは少し顔を曇らせていた。
「あっここです」
その理由を聞こうとしたところ、丁度、店に着いたようでフィルの顔には先ほどまでの陰りは見えなかった。
「ここか」
その店はよくあるような酒場よりも小ぢんまりとした外観で、店の中からは鼻腔をくすぐる匂いと共に柔らかな明かりが漏れていた。
「それでは入りましょうか」
「おう」
「いらっしゃいませ!」
こうしてあきらは、異世界生活5年目にしてようやく、野宿飯以外の食べ物が食べられることに胸を膨らませるのであった。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
始めたてで拙い個所もあるとは思いますが、何卒よろしくお願いいたします。
次回投稿は一週間程度を目途にしています。
こちらとは別で現代物も書いているので、機会があればそちらもよろしくお願いします。
お時間があれば感想や改善案などを下されば創作の励みになります。
以上