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フリークス:オリジン  作者: オセロット
一章 レンフィールドの憂楽
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一章 第三話:未知との遭遇


 父も母ももういない。

 そこから美奈の時間は止まっていた。


 最後の思い出というものは、意外にあっさりとしていて、涙を流すのを忘れてしまうほどには淡白だった。

 何しろ——「いつも通り」だったのだ。いつも通りに会話をし、食事をし、寝た。なんなら素っ気ないほどだった。


 今の美奈の内面は、おおよそ「無駄になった」という喪失感で成り立っているようなものだった。


 彼女は人から才色兼備だと言われる。

 成績は学校でもトップクラスで、運動神経も良く、クラスでは人望の厚い委員長で通っている。ルックスも悪く無く、異性から告白されたことも一度や二度では無い。


 それは決して天から与えられた二物などではなく、美奈がそうあろうと努力した結果だった。


 完璧であろうという努力。

 正しくあろうという努力。


 正当であることは、何にも代えることのできない「正しさ」であるはずだ。それは元来人間が目指すべき模範であり、そして人間ならば誰もが期待されることでもある。


 単純な話——美奈の努力の根底にあるのは、両親の期待に応えたいという思いだった。

 両親は共に人間だ。ならば、当たり前に親として自らの子供に対しては、期待をしていたはずだ。


 彼らはあるいは、完璧などという大それたものは期待していなかったかもしれないが、それでも美奈は完璧であろうとした。


 それが両親の子供として生まれた自分の、きっと義務なのだと思っていた——だが。


 無駄になった(、、、、、、)


 その両親が死んだ。

 正しく成長した姿を見せることで、「期待に応える」ことを完成させるはずだった——その前に。


 無残だった。

 無念だった。


 だからこそ、美奈は泣きもしなかったのだ。無残だったから——何も残らなかったから、全てが無駄になってしまったから、美奈は涙を流すことも出来なかった。


 人はきっと、「それだけが全てじゃ無い」と言って美奈を慰めるのだろうが、社交辞令にすら似たそんな言葉が、今の美奈に響くはずもない。


 母は、美奈にとって親愛の象徴だった。母はその他に作られる手料理によって、きっと美奈に愛を伝えてくれていたのだと分かる。

 父は、美奈にとって敬愛の象徴だった。父は家庭の目線で見れば影の立役者として、その身を労働に費やし、美奈を慈しんでくれていたのだと分かる。


 二人の期待に応える義務が、私にはきっとあった。

 そのために生きてきたようなものだったのに、その正しさは無駄になった。


 たかが十六年、されど十六年の人生は今「無駄になったのだ」という確信が、その胸に残った唯一のものだった。


 しかし本来どうしようも無かったはずの美奈に、行き場(、、、)が示される。


 きっかけは、ともすれば簡単に見落としてしまいそうな小さなものだった。完全なる偶然に手を引かれ発見した、僅かな「綻び」。それは、美奈にある決意を固めさせるまでに彼女を導いた。この手で両親の仇をとるのだと。


 迷いはもちろんあった。

 この日本において、仇討ちは認められざる犯罪だ。その犯罪を犯すことを、二人は正しいと思うのだろうか——などと、一時は葛藤に身を費やしたのも事実だ。


 だが、その迷いも一日布団の中で頭を痛めれば潰えた。


 法律は正しいとは限らないことを、美奈は知っている。正しい行いとは、誰にも定義し難いものであると、美奈は知っている。

 ——あの二人の仇をとることを、きっとあの二人は正しいと認めてくれる。


 偶然から、証拠は見つけた。そしてその流れの中、犯人も分かった。両親を殺した憎き人間を追い詰める用意が美奈にはあった。

 

 そうして、しばらくの運動不足と、自分がしようとしていることへの興奮でふらつく足を制し、美奈は一週間ぶりに家の外に出た。

 

 目的の人物がいる場所は、十中八九この時間ならば学校だ。この際授業中の高校に私服で乗り込むことなど、美奈は憚らなかった。

 動きにくいが、それでも美奈は自分の足に鞭打ち、一直線に学校に向かっていた——が。


「やめろよ」


 とか。うるさいとしか思えない。


 道中で偶然遭遇したクラスメイトの一人に、美奈は自分がしようとしていることを見透かされた。


 領場蓮。クラスではあまり目立たない、少し不真面目な部類に入る男子生徒だ。

 美奈自身彼とは特段喋ったこともなく、せいぜいクラスに関わることで多少小言を言った覚えがあるくらいだ——いや。


 つい一週間前、もう少し言葉を交わしただろうか。

 それもどうでもいいような事を。多少肩を並べて歩いたから、間を繋ぐ為に。


 ……そんな男から投げかけられた言葉は、当然ながら空を切るだけの、虚しくそして意味のわからないものだった。


 たかがクラスメイトに、私を止める権利なんてあるものか。

 貴方なんかが、私の気持ちを分かって止めているはずがあるものか。


 期待に応えるために生きてきた。

 誰に課されたわけでもない、それは美奈自身が決めた正しい生き方だった。


 その人生を無為にされて——その犯人を自らの手で追い詰められる、この機会を、無駄にすることが「正しいこと」であるはずがない。


 そう——私は今、正しいことをしているはずだった。


 はずだった、のに。


グルルルルルルルルル(、、、、、、、、、、)ァァァァ(、、、、)——ッ‼︎」


 獣の咆哮が、美奈の耳を(つんざ)いた。それとともに、気迫とも呼べる風圧にその身を押され、美奈は壁に背中を打ち付ける。


 場所は教室。そこにいるのは、美奈と「犯人」の二人のみ。

 だが——追い詰められているのは、明らかに美奈の方だった。


 ——どこで何を間違ったのだろう?


 目星をつけた人物を首尾よく誰もいない教室に呼び出し、話を始めたまでは良かった。

 そして、美奈が偶然に発見した「犯人」の証拠を突きつけ、彼女(、、)を追い詰めたまでも良かった。


 だが——美奈が最後まで話終わった時、そこに追い詰められた犯罪者の顔はなかった。


『そこまで分かってしまったからには——もう、仕方ないわよね』


 そんなことを、言って。

 そう——そして次の瞬間には、犯人の顔がその輪郭を完全に崩し、異形へと変貌していたのだ。


 彼女の口元が突如骨格ごと、目視にして三倍以上の体積に膨れ上がった。朱の唇はめくれ上がり、内側の歯茎と、あり得ないほどに鋭く形を変えた何十本かの歯が露わになる。

 目と鼻は、肥大化した口に押されて寄せられた皮膚によってほとんど塞がれ——その顔は、人間のそれとはかけ離れた化物のそれになっていた。


 口と牙だけの化物。

 それが、美奈の目の前にいるモノだった。


「グゥウ……アアァァァァァァ——ッ!」


 感情すら読み取れない唸り声は、ただの奇声と化していた。床に膝をつき、牙をカチカチと鳴らすそれは、完全に飢えた獣の様相だ。


 肥大化した顔の筋肉に隠されているはずの目が、自分に向いたのを感じた。ひやりとした感覚か背筋を撫で降りていく。


「……っ!」


 息を呑み、美奈は全速力で教室から飛び出した。考えもしない、完全に反射的な行動だった。


 未だ上手くは動かない身体はこの土壇場で最悪のペナルティだ。もつれる脚は真っ直ぐ疾走することを許さず、幾度も転びそうになる。ただ走るだけの行為も、この体調では普段の何倍もの疲労を強いられた。

 それでも、曲がりなりに逃亡という体を保っていられたのは、これで火事場の馬鹿力なのかもしれないと、美奈は思った。


「っ、はぁ、はぁっ……」


 息が切れる。出来ることなら今すぐ走るのなどやめて、倒れ込んでしまいたいくらいだった。

 しかし振り向くまでもなく、後ろに化物が近付いているのが分かる。止まれば命はないと断言出来るほどには、そこには色濃く緊迫した死の気配というものがあった。


「……っ」


 進行方向の先に廊下の突き当たりと昇降階段が見え、美奈は回らない頭でどこに逃げるべきか考えた。


 美奈が現在いるのは旧校舎と呼ばれる建物だ。部活動が中止されている以上、まず滅多に人が入ることはない場所であるため、"犯人"との面会場所に選んだ。

 現在の時刻は午後二時過ぎ。生徒はもう校内にはいないらしいが、本校舎には教職員や用務員が仕事をしているはずだ。彼らを危険に晒すわけにはいかない。


 ならば逃げるべきは旧校舎内のみ——問題があるとすれば、この狭い屋内で化物とのチェイスを続けるというのは、ほぼ自殺行為だということか。


 階段を上に行けば逃げ場はない。

 下に行けば外には出られるが、位置的に、本校舎を通らず脱出することは出来ない。


「っ——!」


 一瞬の逡巡もなく美奈は——階段を登った。

 本当に一切の迷いもなかった。上へ行けば逃げ場はない、つまりほぼ確定した死が待っていることは、先刻承知したばかりだったというのに。


 "他人を危険に巻き込むくらいなら、自分が一人で死んだ方がいい——"


 生きる意味とも言い換えれる両親を失い、唯一見えていた進むべき「仇討ち」という方向も頓挫した今、美奈がそのような破滅的な考えを持つのも仕方のないことだった。

 

 階段を登る時には今まで以上に足が悲鳴を上げた。踊り場で転びそうになりながらも、必死の思いで美奈は三階にまで駆け上がる。


「……!」


 廊下は真っ直ぐだ。五十メートルも進まないうちに壁に突き当たることはすぐに分かった。否、ここに着く以前に分かりきっていた。

 

 後方——というより下方向から、唸るような声が聞こえる。化物はすぐにでも階段を登ってくるだろう。

 迷っている暇は無い。今登ってきた階段以外に逃げ道は存在しない以上、今考えるべきは身を隠すことだ。


 美奈は目の前の教室に入り、掃除用具入れの扉を開けた。中にはいくつかの箒が入っていたが、人一人身を隠せるだけのスペースはある。

 他に隠れ場所など無いし、あったとしても今から移動している時間はない。選択の余地無く、美奈は大量の埃を溜め込んだ狭い箱の中に飛び込んだ。


 そして——息を止める。


 こんな場所に隠れたところで、おそらくは大した時間稼ぎにすらならない。が、万が一ほどにはこのままやり過ごせる可能性もあるかもしれない。

 この教室に入った瞬間を化物に見られていればそれで終わりだが……それ以前に、あの化物に人間の頭が残っていれば、こんな安直な隠れ場所は意味をなさないが。


 ずしん、と不意に鈍い音がした。それと同時に床の軋みが響く。


「……っ」


  化物がこの教室に入ってきたのだと、すぐに理解する。僅かに息を漏らしたことは失敗だった。呼吸を限界まで止めなければならない。美奈は両手をゆっくりと動かし、口を塞いだ。


 教室内を何かが歩いている感覚は、密閉された狭い箱の中であっても十分に伝わった。化物が一歩足を動かすたびの軋みの音は、生じるたびに美奈の恐怖心を煽る。

 気のせいではなく、足音はだんだんとこちらに近づいていた。不思議なほど長い時間に感じられたが、それは実質三十秒もない猶予時間だった。

 

 人を逸脱した異質な息遣いで、化物が美奈の隠れたロッカーのすぐ目の前にいるのが分かる。このロッカーから光が差すことは、イコール美奈の人生が終わることと思って良い。知らぬ間に流れていた涙を拭うこともせず、 ただ息を潜めるしかない。


 ——そして。


(……?)


 ふと違和感を覚える。

 もう一分間以上の時が流れたというのに、ロッカーの扉が開け放たれるどころか、いつのまにか前方から漂っていた化物の気配すら消えたいた。


 やり過ごせたのだろうか、と美奈は懸念に近い形で思う。あるいはこのままここに隠れていれば、いけるのかも知れないと一瞬考えて、その一瞬後のこと——美奈の体が宙に浮いた。


 ぐらり(、、、)


 と、身体が芯から揺れる。この狭い箱の中の、世界全てが動いているようなものだ。

 美奈の体が宙に浮かぶ(、、、、、、、、、、)——正確には、美奈が身を隠しているロッカーそのものが重力に逆らい、持ち上げられていた。


 それが誰の仕業かなど考えるまでもない。この場には美奈以外に、異形の怪物しか存在しない。


「っ、あ、えっ!」


 体の上下が完全に逆さになり、美奈は間の抜けた悲鳴を上げる。ロッカーは完全に横倒しのまま持ち上げられていた。

 そして次の瞬間、一瞬にしてあらゆる物理法則の枷から取り払われたかのように、ロッカーは中に美奈を閉じ込めたまま、教室の壁に叩きつけられた。


「く、ぅっ!」


 巨大な破壊音とともに、美奈は衝撃に耐えられず、あっけなく開いたロッカーの扉から投げ出された。


 打ち付けた頭を抑えながら、ゆっくりと目を開ける。

 美奈が隠れていたロッカーは元々の場所から、教室をそのまま横断する形に投げ飛ばされていた。直接その衝撃に晒された古びた黒板は大きくへこみ、そしてロッカー自体も耐久力はほぼ無かったのだろう、これも完全にひしゃげていた。


 そして振り向けば——視線の先に、化物がいる。


「ねぇ。ねぇ、葉赤さん。吸血鬼(、、、)というのは鼻が効くのよ——隠れんぼなんて成立しないの」


 化物が、人間の言葉を発する。もとの彼女からは想像もつかない、がらがらとしたおぞましい声音だった。

 見たところ完全に理性を失っているものと思っていたが、存外人の頭は残っていたらしい。最もその口走った内容は、まるで何を言っているのか理解できないものだったが。


「そしてね……やっぱりこうなったからにはあなたは生かしておけないの。あの時は、あぁ何でだろう、見逃したのに——どうしてあなたはいつも余計な事をするの?あなただけは殺したくないのに。だからあの二人(、、、、)だけ食べたのに」


「っ……!」


 両親のことを口に出され、美奈の心に燃え上がるような憎悪が沸き立つ。が、その感情は一瞬にして恐怖心に掻き消された。その精神の脆弱さに、彼女自身嫌になる程だった。


 美奈は、きっと両親は、この猛獣にとっては餌だったのだと理解した。

 そして——背中を壁に打ち付け、身動きの取れない自分は、数秒後には両親と同じ運命を辿るのだということも、理解した。


「——う、ぁ」


 吐き出そうとした言葉は、果たして何だったのか、美奈にも分からない。

 目の前の仇に対する呪詛か——あるいは捕食者に対する命乞いか。どちらにせよ、美奈の口から現実に溢れたものは、乾いた呻き声だけだった。


 そうしている間に、化物は美奈の方に向き直り、その牙を露骨なまでに誇示してみせる。


「い……や、だ」


 ——その言葉は、正しさという指標を見失った美奈の、偽らざる本心だった。正しさという殻を失った彼女の、本来の姿。あるいは今やそれが偽物なのかも知れない。


「ぃ、やだ……」


 その言葉を美奈が言い始めたと同時に、化物が動いた。

 一様に上下の牙を触れ合わせ、不快な音を奏でていた口を唐突に目一杯開き——座り込んだままの美奈へと、一直線に襲い掛かった瞬間だった。


 誰の目から見ても、もはや最後である。その上でもなお——美奈の口は、本心を吐露する。


助けて(、、、)——っ」


 ——その時、空間が闇に変わる。


 昼過ぎの日差しが差し込んでいたはずの教室が、黒に包まれる。ただ一瞬、刹那の間に、まるで世界が切り替わったかのように。

 同時に美奈の周りを何かが飛び回っていた。数百数千の"それ"はキィキィと鳴き声を出し、羽をはためかせて滞空している。


 その耳障りな音を美奈が認識した時には、今の今まで大口を開けて彼女に迫っていた化物はぴたりと動きを止めていた。

 ——否、止められたのだ。物理的にその進行を遮る者がいつの間にかこの場に乱入していた。


 鳴き声は依然鳴り止まず、視界を蠢く黒い塊に遮られたまま、美奈はその正体を理解した。


「こ……蝙蝠——?」


 それがこの場を包む闇の正体だった。いつどこから現れたのか、無数に黒く羽ばたく蝙蝠の大群が教室を埋め尽くしている。


 その中に立つ人影があった。

 

 ぼさぼさに荒れた黒髪。その身を包むのは見慣れた学生服のワイシャツで、彼は美奈に背を向ける形でそこにいた。

 右腕を横に真っ直ぐ伸ばし、よくよく見れば、蝙蝠の群れはそこから発生していた。彼の人肌が見る間に形を変え、幾度となくその身体から分離する形で大量の蝙蝠が生み出されている。


 ともすればそれは、今まで美奈を追いかけていた大口の化物よりも遥かに現実離れした風景だった。


「臭いを辿って来てみれば——どういう状況だよ、これ?」


 彼が口を開く。

 それと同時に、今まで無尽蔵に動き回っていた蝙蝠たちが突如動きを変え、彼の身体の方へと一斉に集まった。

 その身体に触れた途端、蝙蝠たちはぴしゃりと形を変え、吸い込まれるようにして消えていった。概ねその様は、無数の蝙蝠と彼とが同化したようにしか見えなかった。


 鮮明な悪夢の如きこの状況よりも美奈を混乱させるのは、乱入者の声に聞き覚えがあることだ。

 聞き慣れたというほどではない、しかし幾度も耳にした声色である。美奈の記憶が確かならば、彼は大した付き合いも無く、ただのクラスメイトというだけの男だった。


「な——何、なの?」


 辛うじて美奈は疑問の声を発する——そこに現れたクラスメイト、領場蓮に対して。


「聞きたいのはこっちだ。なんで委員長がこいつに襲われてるんだよ」


 目線は前に向けたまま、蓮はそう訊き返した。

 そこで初めて気付いたが、美奈を襲おうとしていた大口の化物はいつの間にか、向かい側の壁際に這いつくばっていた。


「委員長はつまり、自力で犯人に辿り着いたってことか——あんな話(、、、、)の後でこんなこと(、、、、、)なるなんて。運命地味てやがる」


 美奈の目に映る蓮のその姿は、普段通りとは言い難かった。

 大量の蝙蝠が変質した結果がそれだというのに、その装いはなんの変哲も無い学生服姿だ。しかし服装とは違う、その表情から滲み出る感情というものは、教室の隅にいる普通のクラスメイトという説明からあまりに逸脱している。


「……こうなった以上、色々と言葉を尽くす義務が僕にはあるらしいが——その前にこの化物を始末する。だから今はたった一つ忠告しておくぞ」


「ち……忠告?」


「自分から僕ら(、、)に関わった以上——多分もう逃げられないってことだ」


 蓮は依然こちらを向かない。その視線の先の化物が立ち上がろうとしていた。震える体を御しながら、困惑に満ちた表情をこちらに向ける。


「お、前は……何者だッ⁉︎何故人間の味方をっ……⁉︎」


何者か(、、、)なんてのは分かり切ってるはずだぜ、糞化物(フリークス)


 その右手を握りしめ、僅かに腰を落としながら、蓮は毅然とした表情で返した。明らかにその顔はたかが高校生のものではなく、目の前の相手を狩る(、、)という、殺意に満ちた決心を滾らせていた。


「僕は人の生き血を啜る鬼——吸血鬼(、、、)だよ」


「っ……!」


「だがお前は違うよな」


 蓮は僅かに腰を落とし、敵に対する体制を整えたままに続ける。


糞喰らい(、、、、)の化物が——売女以下の蒙昧が!この町を犯した事を、償わせてやる」


 じわじわと、空間を異質な世界が侵食していく。

 吸血鬼、化物——蓮がそれらの存在を口にし、視線の先には紛うことなき化物が居る。


 改めて美奈はこの現実を直視した。

 大口を開けた異形の化物に、それに毅然と相対する同級生。教室はそこかしこが破壊され、そこに自分は横たわっている。


 ここは——吸血鬼という非現実が介在する、日常からはずれた世界と化していた。

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