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フリークス:オリジン  作者: オセロット
一章 レンフィールドの憂楽
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一章 第二話:無知蒙昧


 とはいえ、塞ぎ込んでいる美奈を見舞いに行こうというつもりは毛頭無かった。インターフォンの前に足を運ぶことも無いだろう。

 

 前提として蓮と美奈は、親しい間柄ではない。

 先日の夜のことにしても、それこそ単に彼女の気まぐれだ。


 それが突然見舞いに現れてもかえって混乱するだろうと、最初から蓮は、彼女の自宅——第一の事件現場を遠巻きから確認するのみに留まるつもりでいた。


「——?」


 十分ほど歩いた後、蓮はふと立ち止まる。


 人通りの無いアスファルトの上を、一人の少女が歩いている。

 随分と顔色が悪く、足取りもふらついていた。よろよろと電柱に手をつきながら、こちらの方へと歩いてくる。


 蓮の視線の先にいたのは、他ならぬ(くだん)の美奈だった。


 ほんの一週間前に両親を亡くしている、ある意味ではこの事件の一番の被害者。その美奈が真昼間に外を出歩いているのは、傍目から見ても違和感のある光景だ。


 しかも、何やら様子が尋常では無い。顔面蒼白で、その目は見るからに虚ろ、真っ直ぐに歩くことすら出来ていないようだった。


 少し迷ったものの、蓮は流石に声をかけることにした。


「……何やってるんだ?そんなところで」


「——っ!」


「……⁉︎」


 この前とは打って変わり、向けられたのは敵意に満ちた視線だった。さながら親の仇でも見るような目である。


「な……なんだよ?」


「……あなたは……いや……」


 殺伐とした目線を向けた相手が、知らない仲でも無い顔だった事に気付き、一瞬美奈は罪悪感に近い感情を覚えたようだった。

 しかしすぐにその穏やかさは消え、彼女は再び剣呑な雰囲気に包まれる。


「……どうしてこんな時間に、制服で外を歩いてるの?領場くん」


 咎められるように言われて蓮は、今の時刻が普段ならば五時間目の授業が行われている時間帯だと気付いた。


「いや、ずっと休んでた委員長は知らないだろうけど、僕は別にサボってるわけじゃないからな」


「どういうこと?」


「明日から学校は休みだよ。臨時休校で、今日も部活は禁止。生徒はみんな早く帰るように言われてる」


 答えながら、蓮は奇妙な違和感をその胸に懐きつつあった。


 葉赤美奈——才色兼備の優等生。その学級委員長という立場と、他を咎めがちな性質から、確かにキツい性格とも言える少女ではある。

 だが彼女は少なくとも、道でばったり対面したクラスメイトを無条件で睨みつけるほど尖った性格はしていなかったはずだ。


 温和で、気立てが良く、しかし悪に対しては相応の厳さを見せる。

 いい具合にその相反の性質が両立していた、人気者だったはずだ——少なくとも、先日までは。


「……早く帰りなさいって言われてるなら、あなたここで何をしてるの?」


「いや、……僕はこっちの方に住んでるんだ。家に帰ろうとしてるだけだよ」


 苦し紛れの言い訳。内心では、彼女はここまで融通の利かない見咎め屋だったろうか、とやや憮然としながら考える。


「それより委員長こそ、ここで何を?ずっと休んでたから、クラスのみんなは心配してたけど……」


 当たり障りのない、つまりは中身の無い会話を続けながら、美奈の目に、何か不穏な濁りの存在を蓮は感じていた。

 少なくとも今の美奈は、一週間前まで教室に居たはずの優等生の姿では無い。瞳から、清廉さとでも言うべき何かが消えていた。


 普通では無いと、客観的に考えれば誰もが感じるだろう。会話も先程から妙に辿々しい上、顔色は悪いままだし、立ち止まったというのに相変わらず体の軸が安定せずふらふらとしている。


「……本当に大丈夫か?凄く体調が悪そうに見えるけど」


「……なんでもないわ。ただ外の空気が吸いたかっただけなの。大丈夫だから」


 言いながら美奈の身体が何の予備動作もなく——ふらりと、前方に倒れた。

 正確には倒れこみそうなのを何度か踏みとどまっているように見える。


「お、おい!」


 思わず蓮は美奈の方へ駆け寄って、彼女の肩を支えた。咄嗟の事だったので、そこに異性とか思春期とか然るべき配慮はあまり無い。


「……何でもない。立ちくらみがしただけだから……」


「そんな様子で、何も無いわけねぇだろ——」


 本人の言う通り、美奈の肩を掴む手から伝わる体温は、危険を感じるほど高くは無い。体調に物理的な異常がないと言うのは、その通りなのかもしれない。

 が、何も身体の異常というのは物理的なものだけに起因するものでは無いだろう。


 心身というものは密接に結びついていて、ただの思い込みだけで人の肉体が死滅することもある。例えば極度の混乱状態にあるのなら、体調に問題がなくてもふらついたりはする。

 メンタル上というのならば、彼女の現在の状況を鑑みても、確実に問題があると言える。


「ねえ……もう大丈夫。ありがとう、ただ立ちくらみがしただけなの。ちょっと用事を済ませたら、すぐに家に帰るから……」


 そう言われて蓮は、とりあえずに肩を掴んだ手を離した。


 美奈はそのまま、相変わらず頼りない足取りで蓮が来た方向に歩いていく。

 すぐに家に帰るだとか、外の空気を吸いたかったとか、そもそも進む方向からしてそれらは嘘だ。蓮が向かおうとしているのが美奈の自宅であり、それと逆方向に歩を進めているのだから。


「……まさか犯人を自分で見つける(、、、、、、、、、、)つもりでいるのか(、、、、、、、、)?」


「————!」


 蓮がぼそりと、なんとなしに呟いたその言葉に、美奈は異常なほどに鋭く反応した。

 本当に思いつきだけで口から溢れた言葉だったが、偶然にもそれが図星であったことを、蓮は直感する。


「委員長、どこに行くつもりなんだ?」


「……私の問題よ。関わらないで」


「やめとけよ」


 蓮はやや語調を強めて言う。


 この事件は普通じゃ無い。遺された彼女の気持ちがどうあれ、生き残ったのであればこれ以上自分からおいそれと関わるべき事柄では無いのは明らかだ。

 根本的に単なる一般人である美奈では、そもそも犯人に辿り着ける公算が低いのも事実だが、だとしても、良識ある人間としてはここで制止するべきだろう。


「絶対にやめとけ、ロクなことにならない」


「……私が何をしようと私の勝手でしょ……たかがクラスメイトにとやかく言われる筋合いは無いはずよ。あなたには関係ない」


たかがクラスメイト(、、、、、、、、、)のために、僕は親切心で言ってやってるんだ。やめろよ」


「『やめろよ』なんて言われるほど、あなたと仲が良かったかっけ?領場蓮くん」


 美奈は蓮の方へを振り返り、憚りもなく蓮の顔を睨みつけてきた。


「私は私が決めたようにやる」


 決心の固さというものを、蓮はその言葉に感じた。それはとても褒められた内容の決意ではないものの、しかし、固いのは事実だ。どうしようもないというのが蓮の結論だった。


「……忠告したぞ、僕は」


 美奈は、蓮がそう言い捨てるのを聞くや、さっさと振り向いて歩いて行ってしまった。


 あの調子では素直に家に帰ったりはしないだろうが——それでも蓮がさっさと会話を打ち切ったのには理由がある。


 美奈のある種の頑固さというものは、学校中に知れ渡っている事実だ。正義感の強い彼女は、逆に言えば自らが正しいと思ったことに固執する危うい性格の持ち主でもある。

 現に今も、完全に意固地になっている。


「何なんだ、あいつ……」


 それはそれとして、釈然としないままに蓮は吐き捨てた。


 もはや今の美奈には、一週間前までの「才色兼備の委員長」の面影も見えなかった。

 "正しさ"を旨とした彼女が仇討ちなどという蛮行に手を染めるなど、おそらくクラスの誰もが考えないだろうし、考えたくもない事だったろう。にも関わらず今の彼女は、一切の躊躇いなく取り憑かれたように、その目に怨嗟を滾らせ歩いている。


 ともかく蓮は、これ以上の制止は逆効果にしかならないだろうと、半ば渋々に踏ん切りをつけた。

 どうにもならないことは、どうもしないに限る。差し迫った危険が無い場合のみだが。


 それと——蓮にはもう一つ、絶対的な"理由"があった。


 美奈が絶対に犯人を見つけられないという確信。それを裏付けするに足る、美奈では知り得ないこの事件の核心——蓮は一人、それに最初から触れている。


 仮に何かがまかり間違って、美奈が真犯人に到達していたとしても、その"理由"がある限り蓮の方が早い。この前提さえ覆らなければ、何の問題もない——はずだった、のだが。

 数十分後、蓮の予想はそのことごとくを裏切られることになる。


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