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最終話.【アリステニアを応援して下さる皆様へ、大切なお知らせ。】

まるで、アリステニアなんて最初から存在しなかったみたいに、世の中は何事もなく回ってる。


アリステニアが活休してしばらくは、『事故でDannyの肋骨が折れて肺に刺さって歌えなくなった』とか、『本カノと結婚する麺がいるから休止になった』とか、『仲が壊滅的に悪かったからだ』とかいろいろ好き勝手たぬきに書かれてたけど、4年経った今ではもうそんな話題が出ることもなくなった。


噂は噂でしかないけど、結婚した麺がいるのは実は本当。


結婚したのは嵐さんと智恵さんだ。二人はその後、愛知に帰って智恵さんの実家の魚屋を継いでるらしい。二人の間には一昨年、黎音(れおん)くんという男の子が生まれた。嵐さんはパパとして、仕事に家族サービスにと忙しくしてるよう。

ALは相変わらず焼肉屋でバイトしてる。古株すぎてバイトリーダーになっちゃったらしい。パターンナーになったユリさんとは変わらず仲良しみたいで、あたしとも遭遇率が高い。

莱くんは今でも時々連絡をくれる。若い子に人気のアパレルブランドで店長さんをしてる莱くん。面倒見の良さは健在で、店員さんたちに慕われてるみたい。本人は、雇われ店長はつらいってよく嘆いてるけどね。


「すみません、ロコモコとタコライス下さい」


「はぁい」


――あれから、バンギャを上がったあたしは、ユリさんに紹介してもらったクラブで一緒に働きながら、学校に通って調理師免許を取った。あの頃は、それまでのニート生活の反動で、とにかく行動することに燃えてた時期だったと思う。

その後、ユリさんもあたしも夜職を辞めた。空き家を改築した小さな小さなカフェを開いたあたしは、週に一度、木曜日にオフィス街の公園に来て、キッチンカーでお弁当を売ってる。隼人とふたりで。

あの時、アリステニアが活休を決めた時。病室でオンにしたままだったボイスレコーダーに記録されてた、隼人のプロポーズっぽい言葉は、今でもあたしの宝物で、時々ニヤニヤしながらこっそり聴いてるとすごく嫌がられる。なんだかんだで、今が一番幸せだって思えるのは、やっぱり隼人のおかげだと思ってる。


最近パパの会社が倒産したのは、ちょっとしたニュースになった。あの鼻持ちならないパパの部下、松下の正体は、産業スパイだったみたい。

ママは青葉町店の店長と結婚したかったみたいだけど、パパと別れて早々に破局。若い従業員の子に取られちゃったんだって。

なんとなく風の噂で聞いただけで、二人とはあれきり会ってない。いや、ママとは一度街ですれ違ったか。バツが悪かったのか逃げるように思いっきりシカトされたけど。


「丁度お預かりします。ありがとうございました!」


「あの」


お昼休みのピークが過ぎて人がまばらになってきた頃、スーツ姿の男の人が声をかけてきた。この近くの会社の人なのかな。


「何にしましょうか?」


「あぁえっと、お弁当じゃなくて。奥にいる彼に」


キッチンカーの奥から、ドリンクの補充をしてた隼人が顔を覗かせる。


「どうしました?」


「あぁやっぱり、この声だ!髪が黒くなってたから一瞬わからなかったんだけど、君ボーカルだった子だよね。アリステニアの」


懐かしい名前を出されて、思わず隼人もあたしも固まる。男の人は名刺を取り出すと隼人に渡した。


「Bright RECORDS 折戸と言います」


聞いたことがない会社だ。


「少し前まで音楽事務所のLSCにいたんだけどね、独立してヴィジュアル系専門のレーベルを立ち上げたところなんだ。まずは初めの一手として、旗印になるような、インパクトのあるバンドと、パートナーとして組みたいと思っています。・・・もうずっと前になるけど、アリステニアのワンマン見に行ったよ。華があるし、曲もいい。魂と想いがこもっていて、胸に迫ったね。あの日ラストにやってた未発表曲は、今でも忘れられないなぁ・・・僕自身、一気にファンになった」


思い出に浸るように目を閉じた折戸さんを見て、思い出した。あのワンマンの日、あたしの隣で号泣してたお兄さんだ・・・!

折戸さんは隼人を力強く見つめて問いかけてきた。


「アリステニアは、いつ活動再開しますか?」


「あ、いや・・・」


突然のことにまごまごする隼人に代わって、あたしが答えた。


「すぐです!」


「本当に!?容赦なく売り込んでいくからこれから忙しくなるけど、今のお仕事とか大丈夫・・・?」


「大丈夫です!今すぐクビにします!」


「よかった・・・!」


『ちょ、けーこちゃん!』とか慌てながらあたしのエプロンを引っ張る隼人の足元を蹴ると、隼人も折戸さんに愛想笑いを返した。

折戸さんは、隼人とあたしに握手すると、隼人に電話番号を聞いて、またすぐ連絡しますと言って立ち去った。


「・・・どーすんのけーこちゃん!再開の話なんてないのに・・・!」


「ないなら隼人から持ちかけるしかないでしょ!少なくともあの人は、再開を待ってくれてるんだよ?」


弱腰な隼人を見上げて睨みつける。


「あたしだってずっと楽しみに待ってる。あれから一度も隼人の歌を聴いてないけど・・・ほんとは、もうとっくに歌えるんでしょ・・・?」


「・・・それは、まぁそうだけど」


「もう二度と聴かせてくれないつもり?あたしのために書いた歌」


隼人は考え込むように俯いた。

ほっといてあたしが接客に戻ると、隅で莱くん、そしてALに電話しはじめた。うちのカフェに集まることにしたようだ。

移動販売の日はお店は閉めてるけど、構わない。今夜は特別に開けることにした。


---


「隼人、ケイコちゃん!」


今日がお休みだったため先に着いてたAL、こと悠二くんにアイスティーを出して、隼人と3人で世間話してたら、仕事終わりの莱くん――今は晴也くんって呼んでる――がやってきた。


「悠二もう来てたんだ、久しぶり!」


すっかりパンピっぽくなった晴也くんは、働いてるブランドの新作ジャケットを脱ぐとイスの背に掛けて腰掛けた。投げ出された形のいい脚は長くて、モデルになればいいのにって思う。あたしは、晴也くんの分のお茶を取りに厨房へ戻った。

隼人の声がする。説明してるみたいだ、今日出会った折戸さんのこと、活動再開について問い合わせがあったこと、あたしが勝手に返事をしちゃったことも。

やっぱリーダーを差し置いて返事したのはまずかったかな、と反省しながらわざと時間をかけてアイスティーを載せたトレーを持って席へ戻ると、晴也くんがにやにやと笑ってる。悠二くんは笑いをこらえるように俯いている。あぁ気まずい・・・。


「やってくれたね?ケイコちゃん」


「だって・・・」


「俺は流石にすぐには仕事辞められないんだけど?」


穏やかそうな表情をしてるけど、きっと怒られる。あたしはお説教される覚悟をした。


「二ヶ月ほしい」


「え?」


「きちんと引き続きをして、今いるスタッフのみんなを不安にさせないようにしてから、アリステニアに戻りたい。・・・待っててもらえるかな?」


晴也くんは笑顔でそういうと、グラスを受け取った。


「俺は、庇ってもらった日から、兄貴についてくって決めてるから」


悠二くんも嬉しそうに、鋭い目を細めてあたしを見た。


「それじゃあ・・・!」


いつか再開したい。バンドから離れている間も、その想いはみんな一緒だったんだ。もう一度、アリステニアのステージが見られるかもしれないと思うと、あたしの体温が少し上がった気がした。


「でもさ、ケイコちゃんは困らないの?カフェ始めてまだ半年くらいなのに、隼人クビにしちゃって」


「全然!バイトさん雇うし。かわいくて素直な女の子がいいなぁ」


視界の隅で隼人が“薄情ものぉ”って拗ねてるけど、気にしない。


「・・・あと1人、連れ戻さないといけないやつがいるね・・・家族のこともあるから、必ずいい返事が貰えるとは限らないけど」


晴也くんに言われて、隼人はすぐに嵐さんへ電話をかけた。

電話は繋がらなかったけれど、すぐに折り返して着信がくる。

スピーカーに切り替えて聞こえる、懐かしい嵐さんの声。二言三言挨拶を交わすと、隼人は嵐さんに本題を切り出した。


『・・・俺は、無理だわ』


嵐さんの沈んだ声が、店内に響く。

その場にいた全員が息を呑んだ。


『誘ってくれたのはうれしいけど、こっちでの生活がある。嫁と子どもの生活がかかってる』


きっぱりと言い放つ頼もしい声色に、4年間という時間が遅すぎたことを感じた。


『だから悪いけど、ドラムは誰かサポートを入れるか、新しいメンバーを――』


『何言ってるの?』


女の人の声が混じる。智恵さんの声だ。


『タカくんほんとは未練あるクセに、それでいいの?』


『智恵。仕事はどうする、親父さんから継いだこの店だって』


『私が継ぐ』


『お前、何言って』


『覚悟なら、初めにタカくんが私を置いて上京した時に出来てる。こうなったら、家族総出でバックアップするわよ』


智恵さんって、もっとほわほわしたタイプの女性だと思ってた。有無を言わせない雰囲気で言い放った智恵さんが、嵐さんから無理矢理電話を奪う音がした。


『もしもしー?ご無沙汰してます、智恵ですー。この人、すぐそっちに送り返すので、よろしくお願いしますね!』


智恵さんの後ろで、嵐さんが何か言ってるけど、奥さんには勝てないみたい。


『・・・ま、まぁ、改めて・・・よろしく』


受話器を返されたらしい嵐さんの、少し照れたような声が返ってきた。

テーブルの上で、晴也くんの手が少し震えてる。


「もう一度、四人で・・・!」


きっと四人が四人とも、望みながら諦めてきたんだってあたしにだってわかる。


「けーこちゃん」


隼人があたしの手を握った。


「何回でも聴かせるって約束するから。けーこちゃんのための歌」


隼人の、飾らない澄んだ瞳には、自分で思った以上に満面の笑顔のあたしが映っていた。


「うん!」


燻ってた火種が風に煽られて再燃するように、アリステニアはちょっとしたきっかけで、再び走り出すことになった。


---


2018年。

今日はアリステニアの五大ドームツアー初日。

早々にチケットがソールドアウトし、満員でライブ当日を迎えたヤフードームの観客席を、あたしは関係者席から見下ろしていた。

隣には社会人っぽさが増したユリさん。その向こうには、久しぶりに合う智恵さん。保育園の卒園を控えた黎音くんは初めてお父さんのライブを観るそうだ。

折戸さんの宣伝力を借りてインディーズから火がつき、今ではメジャーで活躍するロックバンドになったアリステニアは、いつの間にかこれだけの動員力を身につけていた。

いつかあたしが夢中になった曲たちが、今はこんなに多くの人の心に届いている。もしかしたらこの一人ひとりの中には、アリステニアの嘘のない曲に、救いを見ている人もいるのかもしれない、昔のあたしみたいに。


客席の照明が落ちると、暗闇の中にあのアルペジオのイントロが流れ、歓声が上がる。

一曲目はあの曲。


「雨の弾に撃たれる僕に傘を翳したのはあなたでした」




おしまい

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