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7.事故の報道について。

病院へ着くと、莱くんが玄関で待っててくれた。入院することになった嵐さんと隼人の病室は5階にあるという。

莱くんは脚を打っているくらいで、大きな怪我はないという。ALも軽い打撲。病室の前に着くと、ALが待っていた。


「悠二くん・・・!」


ユリさんはALにしがみつくと、安堵で泣き出してしまった。あたし1人で病室に入る。二人部屋。手前側はカーテンが閉じられている。窓際はベッド周りの様子が見えて、頭に包帯を巻いた嵐さんと、大人しそうな女の人があたしに会釈してくれた。嵐さんのカノかな。

二人に頭を下げていると、莱くんが、カーテンの中へ声を掛ける。


「ケイコちゃんが来たよ」


莱くんに促されて中へ入ると、谷隼人と書かれたプレートの下のベッドには、治療のあとが痛々しい隼人が横たわっていた。


「・・・はやと」


恐る恐る呼びかけてみる。返事はない。


「もう少ししたら先生から説明があるらしいから・・・ALが聞くことになってるけど、ケイコちゃんも聞く?」


あたしは力なく頷いた。


じきに看護師さんに呼ばれてついて行くと、小さな部屋に案内される。主治医の先生は、綺麗な女医さんだった。仙崎と名乗った先生は、弟さんと彼女さんですねと確認すると席を促した。ホントは違うけど、そのまま座る。

隼人は、命は助かった。裂傷の縫合は済んだけれど、鎖骨と肋骨を骨折をしている。意識が戻ったら、改めて検査が待っているそう。

先生に、よろしくお願いしますと頭を下げる。

あたしは、隼人が回復するまで付き添おうと決めた。いつだったか言われたことを思い出す。ニートでよかった。


病室へ戻ろうとしたら、ユリさんと嵐さんのカノがロビーで話してた。ユリさんがあたしに気づいて呼び止める。


「どうだって?Danny」


「うん。意識が戻ったら検査をして、それ次第で退院がいつになるか決まるらしいよ。あと、何ヶ所か骨折れてるって」


「・・・ご心配ですね」


嵐さんのカノが声をかけてくれた。


「智恵です。えっと、嵐、って言えばいいのかな・・・幼馴染で・・・」


「ケイコです、初めまして。嵐さんのケガも・・・早く治るといいですね」


気遣いに応えると、智恵さんは微笑んでくれた。


「ユリさん、あたししばらくこの街にいるね」


ユリさんは頷いた。


「あたしは、現場検証がある悠二くんを待って、明後日一緒に戻るよ。心配だけど、仕事もあるしね。・・・何かあったら、力になるからいつでも連絡して」


少し病室へ戻って皆に挨拶をすると、県内に住んでる智恵さんは家に帰り、あたしとユリさんは近くのホテルにチェックインすることにした。

隼人はいつ目を覚ますんだろう。バタバタしててチェックするのを忘れてたスマホ画面では、莱くんが打ったらしいメルマガが、今日の名古屋ライブの出演中止を知らせていた。


---


朗報は、思っていたよりも早くて、次の朝すぐに来た。


「けーこりん、起きて!」


「んー・・・うん・・・」


まだ眠い目をこじ開けようとすると、ユリさんがどさっとあたしの眠るベッドに降ってきて、ほっぺたにちゅーした。


「ななななにユリさん!?」


「へへー、ALから連絡!現場検証行く前に病室寄ったら、Danny目を覚ましてたって!」


慌てて跳ね起きる。

着替えてユリさんと病室へ向かうと、昨日は閉まっていたカーテンが開いていて、ベッドに腰掛けた嵐さんと、仰向けのままの隼人が話していた。


「お!おはよう二人とも。ALと莱はさっき出掛けたよ。」


嵐さんが気さくに声をかけてくれる。

ベッドの上の隼人と目が合った。


「けーこちゃん」


「心配した・・・」


ベッドサイドにへたり込むあたしの手を、隼人が探るように握った。


「けーこちゃんの夢、見た」


「そっか」


その様子がなんかかわいくて、あたしも隼人の手を握り返した。


「嵐さんの体はどうなんですか?」


ユリさんが尋ねると、嵐さんはうーんと顔を顰めた。


「背中がちと痛い。まぁあとは通院で治してくことになるらしいから、明後日には一旦退院で、東京の病院で再診断だって。莱がこっちにいるうちに、荷物持ちしてもらって一緒に帰るかね。さて!」


嵐さんはよっこいせの掛け声に合わせて立ち上がると、ユリさんの肩に手を置いた。


「俺とユリちゃんは食後のおやつの時間だねぇ」


病室を出る嵐さんの意図を察すると、ユリさんは笑顔であたしの頭を撫でて部屋を出た。

隼人とふたりきり。

起き上がって備え付けの棚に手を伸ばそうとすると、酷く痛んだのか隼人はまたベッドに倒れ込んでしまった。


「何か取ってほしいの?」


「荷物の、中に」


少し血で汚れた隼人のショルダーバッグを取って渡してあげる。

ファスナーを開けると、シワの寄った封筒が出てきた。


「それ」


「ファンの子にもらった。俺の宝物」


あたしはその中身を知ってる。

隼人は大切そうに開けると、中に入ってた紙を取り出した。

隼人と水族館の帰りに撮ったプリ。あたしの汚い字で書かれた落書きをぎこちなく指でなぞる。


「好、き・・・」


あたしはそれを目で追いながら、音読した。


「本当なら、名古屋ライブを終えて、今日けーこちゃんを迎えに行ったら伝えるつもりだった」


隼人があたしを見てる。あたしも隼人の澄んだ目を見つめる。


「けーこちゃんが好きです」


「・・・う・・・」


生きて、その言葉が聞けてよかった。

あたしの意志を無視して流れる涙も拭わず、あたしも伝えなくちゃいけないことを伝えた。


「生意気ばかりのあたしのそばに居てくれてありがとう、気にかけてくれてありがとう、うぅフゴッ、最高の曲を書いてくれてありがとう、あと、あとね」


ブタ鼻を鳴らしながら鼻水を啜るあたしの次の言葉を、隼人は頷いて待った。


「あたしも、隼人がす」


「谷さーん、検査の準備をしてくださいねー!あらおはようございます!」


「おはおはようございまふ」


明るい看護師さんの、挨拶の勢いに完全に押された。

隼人はおかしそうに笑おうとしたけど、やっぱりアバラが痛むみたいで死にそうになってる。

少しでもお腹まわりが動くようだと辛いみたい。あの歌声がまた聴けるようになるまで、どれくらいかかるんだろう。次に先生に会ったら聞いてみなくちゃ。


次の日、嵐さんは退院した。

事故の処理を済ませた莱さんとAL、そしてあたしについててくれたユリさんは、また退院前にお見舞いに来ると約束して、一旦東京へ帰っていった。

隼人に付き添う毎日は、不謹慎だけどほんのり幸せだった。5日間の入院期間中、できるだけ笑わせないように気をつけながら、それでも笑顔で過ごせるように。隼人は、少しずつだけど確実に元気になっていってるように見えた。


退院予定の前の日、メンバーのみんなはお見舞いに来てくれた。明日の退院も、まだ思うように体を動かせない隼人を手伝ってくれるみたい。あたしは少しみんなだけで過ごしてもらおうと、隼人の洗濯物を洗濯しにコインランドリーへ出かけた。

戻ってくると、病室が騒がしい。


嵐さんと、知らない男の人たちが言い争う声がする。


「病院まで押しかけて何のつもりだ・・・!警察呼ぶぞ!」


「知るか!手間かけさせやがって。逃げ仰せたつもりですかぁ?」


聞き覚えがある声だった。あいつら・・・!


「隼人には触れさせない、帰ってくれ」


莱くんがかばう声がするのと同時に、あたしはスマホのレコーダー機能をオンにしてポケットに突っ込むと病室に飛び込んだ。予想通り、あの時の二人組がいる。


「他の患者さんに迷惑でしょ!空気読みなさいよ頭悪いわね」


「出たなしゃしゃり女」


ALがあたしを病室の外に連れ出そうと腕を引っ張るのに逆らう。


「ほんとしつけえな!」


あたしが言い返すと、背の低い方が嫌な笑顔を浮かべる。


「こっちも好き好んで男のケツ追っかけ回してるわけじゃないんですよ。仕事なんでねぇ。ちゃんと返済してもらえりゃそれでいいのよ、わかりますぅ?」


返済・・・!あたしは、ふと思い出して自分のバッグを引き寄せる。あの時、その足で教会に献金するはずだったアレ。今が使い時かもしれない。


「隼人の借金がいくらだか知らないけど」


バッグの底に無造作に突っ込まれたままになってた、シワの入った小切手を取り出してサイドテーブルにあったボールペンでサインを書きなぐると、突き出した。


「これで間に合う?」


二人組は寄り添うようにして金額の桁を数えると、真顔で顔を見合わせた。


「・・・どうなのよ・・・!?」


足りなかった時のことを考えてキモを冷やす。そうなったら、あたしが風俗で働いてでもなんとしても、


「なるほど、いい金蔓手に入れたみたいでよかったなタニさん。あんたとはこれきりだ。」


背の高い方が領収書を書きながら言った。それを半身を起こしたまま動けない隼人の手に無理矢理握らせると、何も言わずにあたしの横を通り過ぎようとする。


「待てや!」


「あぁ?」


「ここに!」


看護師さんが置いたままにしてた入院の手引きのプリントを手に取って裏返す。


「隼人には二度と近づかないって書け!」


小さい方があたしの目を睨みつけてくる。あたしも負けずに睨み返す。背の高い方は冷静で、あたしより汚い字で紙にさらさらと書き、さっき領収書に押した判をサインの横に押した。


「これで満足かい?お嬢ちゃんは少し――」


口のきき方をお勉強した方がいいな、と言い残すと、二人組はドアをピシャリと閉めて出ていった。


「けーこちゃん」


気が立っていたあたしは、隼人の声でハッと正気に戻る。皆の方に向き直った。


「なんて言ったらいいか・・・」


驚いてるみんなの顔を見渡す。

結局偉そうなことばかり考えながら、なんだかんだ言ってクソ親父から渡されたお金を使ってしまった無力感と、背負う大金が無くなった清々しさ、もう隼人が危ない目に遭わないですむ安堵で、笑いがこみ上げてくる。


「・・・何もなくなっちゃった!ウケる」


みんなもぎこちなく笑い返してくる。

ドアの外から、ノックの音と、看護師さんが隼人の名前を呼ぶ声がする。さっきの騒ぎを怪しんでるようだ。

ALが、俺が謝ってくる、と言って外へ出ると、莱くんと嵐さんも続いた。


「けーこちゃん」


隼人に呼ばれて振り向くと、済まなそうに見上げられた。


「・・・ありがとう、二度も助けてくれて」


あたしは首を振って笑顔を向けた。


「でもこれで、気兼ねなく音楽活動できるんじゃない?アリステニアの再スタート!ってところだね。あたしもバリバリ働いて、ライブ通いまくるよー!」


「ごめん」


隼人は目をそらす。どうしたんだろう。


「アリステニアは、一旦区切りをつけることになったんだ」


「え・・・?」


笑顔のまま固まったあたしは、ベッド脇に駆け寄って目線を合わせると隼人を問いただす。


「どういうこと?皆無事だったのに?」


「無事じゃないよ。嵐は検査したら、顔の、ここの奥の骨が折れてて手術が必要らしい。機材も、機材車も、ダメになった。俺も今こんなだし、また歌えるようになるまで少し時間がかかる。アリステニアが元通りになるまでは、もっと時間がかかりすぎる。みんなで相談して、決めたんだ」


「で、でもまた、再開するんだよね・・・?」


隼人は儚げに微笑む。


「だといいな。・・・あはは、俺も、何もなくなっちゃった!」


気まずい沈黙が、少しの間流れる。

隼人は明るい調子で空気を変えると、あたしに言った。


「でも俺は、活休して時間ができたらさ、やってみたいことがある!」


「そうなの?」


「今までやったことない事がしたいんだ。いつだってそう思って活動してきた。」


大きな手が、あたしの手を握った。


「・・・それなら今は、誰かを幸せにしてみたい。できれば、その誰かがけーこちゃんだったらいいなって、思うんだけど」


「隼人・・・」


「けーこちゃんは俺の、“本命”だから」


こうして、あたしの本命盤アリステニアは、無期限活動休止した。

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