6.名古屋に出発ー。運転はAL君。
時計は午前9:30を差している。
ユリさんの部屋で目を覚ますと、寝ぼけた頭のまま充電器が刺さったスマホを手に取り、アリステニアのブログを開いた。
昨日の記事が写真付きでアップされてる。持ち回りで書いてるブログの、この日の書き手は嵐さん。
初ワンマンが大成功だったこと、新曲を来月発売できるように準備していることが、ライブ中のメンバーの写真や大勢の観客で沸き立つ客席の写真、見に来てくれたカメリヤ醫院のボーカル椿さん・ベースの那由多さんとの記念写真と一緒に掲載されていた。
新着記事も今朝アップされてるのでついでに見る。
一夜明けて今日、嵐さんの出身地、名古屋でのライブが控えてるアリステニアは、早朝から機材車を運転して向かっているらしい。
あたしたちは今回は遠征しないけど、向こうでもファンが増えるといいなと思う。
――昨夜、ユリさんと家に帰ってきてから、あたしのスマホがぶるぶると震えた。察しのいいユリさんが着替えてくる、と寝室に引っ込んでから、今回はちゃんと通話に出た。
「もしもし、ケイコです」
向こうからは、あっ、と一瞬詰まるような声がした。
「Dannyだけど」
「どうしたの?・・・隼人」
照れたように笑う声がする。
「今日はありがとう、けーこちゃんがチャンスをくれたおかげで、いいライブができた。・・・正直、来てくれないんじゃないかと思った」
「・・・行けないと、思ってたんだけど。どうしても聴きたくて、新曲」
こっちまで照れてくるからかしこまらないでほしい。隼人の声が少し強ばる。
「けーこちゃん、ごめん俺、弱ってるところにつけ込むようなことを・・・」
あのことだ。思い出して顔が熱くなる。
「ううん、大丈夫」
ほっとしたように力が抜けた隼人の声が、今度は少し弾んだ。
「手紙、うれしかった。俺明日、1日名古屋なんだけど、戻ってきたら会ってほしい」
「・・・うん」
プライベートでは会わない約束は、どこへ行ったんだろう。
「ちゃんと伝えたいことあるから」
「うん、わかった」
あたしの方こそ、伝えなくちゃいけないな。ちゃんと、ありがとうって。――
隼人の声を頭の中で反芻してたら、だんだんと目が覚めてきた。着替えて顔を洗う。お散歩ついでに、昨日近所を歩いた時に見つけたベーカリーにパンを買いに行ってみよう。ユリさんのぶんも。
そっと玄関を出て道を歩くと、午前中の空気が清々しかった。
近所の公園に差し掛かったところで、ユリさんに借りたスウェットのポケットの中でスマホが震える。着信だ。
もしかしたら隼人かもしれない・・・!あたしはすごい勢いで取り出して画面を見た。
パパだ。
「・・・もしもし・・・?」
警戒して出ると、懐かしい声が不機嫌そうに慧子か?と呼びかけてくる。
「そうだけど」
「お前に渡していたカード、もう止めたから使わないように」
「・・・は?そんなの家出る時に部屋置いてきたし」
「そうか。出来るものなら、独り立ちしてみることだな。温室育ちのお前がすぐに挫折するのは見えているが」
「言われなくてもやってやるわよ。二度と掛けてこないで!」
「・・・あぁそれと、あのふざけたバンドの奴と結婚したいらしいが、いつまでも夢を見るのはやめておいた方が身の」
切った。
珍しく電話してきたと思ったら言いたいのはそんなことかよ・・・!
金の出処を止めればあたしが音をあげると思ってるのが気に入らない。愛情の代わりに注がれたお金なんてなくてもやってけること、この身で証明してみせるんだから。
バッグの中から、貯めてきたお小遣いが入ってる通帳と、小切手を取り出すと、総額の数字を書き込んだ。こんな荷物、すぐそこの教会に献金した方が何倍も役に立つ・・・!
またスマホが震える。
クソが。
「今度は何!?」
「・・・けーこりん・・・!」
ユリさんの声だ・・・!縋るように震える声に、問いかけた。
「ユリさん、おはよ。・・・どうかしたの?」
「機材車が・・・」
「え?」
すすり泣く音が混じる。嫌な予感がした。
「アリステニアの機材車が・・・新東名で、事故を起こして・・・ALから連絡がきて・・・とりあえず皆病院に運ばれたらしいけど・・・けーこりん今どこ?」
「・・・すぐ帰る・・・!」
事故って?なんで?皆は無事なの?
視界がぐらぐらと揺れて、足がもつれうまく走れない。それでもユリさんの元へ急いだ。
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車窓の外を景色がどんどん流れていく。新幹線の二人がけの席で、あたしもユリさんも口数が少なかった。
「・・・居眠りの車が猛スピードで車線を超えて横からぶつかってきたんだって・・・」
ユリさんの横顔を見る。また連絡する、と言ったALからの連絡を待って、スマホを固く握りしめていた。
「ALと莱くんはエアバッグで守られて軽傷だったらしいけど、嵐さんは頭を打ってて検査が必要って。結構縫ったらしい」
「・・・隼人は?ユリさん、隼人のことは?」
ユリさんの顔が青ざめる。
「車外に放り出されて・・・ベルトはしてたらしいんだけど」
「そんなこと聞いてない、無事なんだよね・・・?」
ユリさんの大きな目に涙が浮かぶ。
「・・・一番、怪我がひどいとしか」
「うそでしょ・・・いやだよ」
ユリさんの目から涙がこぼれるより早く、あたしの方が泣き出してしまう。
あたしたちは抱き合って、皆が運ばれた病院のある豊田を目指した。