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4.ワンマン、ソールドありがとうございます☆

「パパ、ママ・・・。冴子さんも、久しぶり・・・」


パパとママがあたしを見る。冴子さんだけが「お久しぶりです」と返してくれた。


「慧子。ママ、パパとは離婚するわ」


ママがひどく冷たい声であたしに告げた。


「今日はこの紙置きに来ただけだから。・・・仕事がひと段落ついたから久しぶりに帰ってみたら、女なんか連れ込んで。まだ切れてなかったのねあなた達」


「元々別れる準備で7年も別居してたんだから別にいいだろう?」


「え待って、二人とも見かけないと思ってたら、別居、って・・・」


そんなの聞いてない。ただ忙しくて留守がちなんだと思ってた。


「そういうことだから、あなた。あとは弁護士を通して頂戴。慧子、元気でね」


ママは立ち上がると、小さなバッグを手に取ってあたしの横をすり抜けた。そんだけ?それが、母親と娘の今生の別れの挨拶?


「アイツのところにいくの?青葉町店の店長!」


カッとなってママの背中に言葉をぶつけると、ママは、あら知ってたの、と小さく呟いてリビングを出てった。


パパは背もたれにもたれると、やっぱりか・・・と息を吐いた。冴子さんはそんなパパの手の甲にそっと手を重ねる。私がいるからいいじゃないって。こんな時に、ばかなんじゃないの?ってイラッとする。


「慧子、お前はどうする?ったく、仕事もしないでふらふら出歩いて。まだあのくだらないバンドに現を抜かしてるのか?せっかくの松下君との結婚の話も放り出して、俺がどれだけアイツに目をかけてると思ってるんだ。俺の顔に泥を塗りやがって、親の役に立つつもりがない娘なら必要ない。親子の縁を切るから出ていけ」


何も知らないくせに。パパの部下がどんなゲス野郎か、あたしがパパとママの不倫でどんなに傷ついてきたか、アリステニアがどれほどあたしを支えてくれたか・・・!


「俺は冴子と新しい家庭を築くんだ。お荷物を抱える気は無い」


「っ望むところよ!どうせパパの戸籍から抜ける気だったし!言われなくても結婚するわよ、アンタの嫌いなバンドマンとね!!」


「何?」


あたしは吐き捨てるとリビングから出て大きな音を立ててドアを閉め、部屋へ戻った。パパの怒鳴る声が聞こえた気がするけど、冴子さんが宥めたのかすぐに静かになった。


遠征で使ってたキャリーに、宝物を詰め込む。買い集めたアリステニアのCD、グッズ、チェキ、半券、フライヤー。ポスターは壁からそっと剥がして紙袋へ。服や下着は最低限。

いつも持ち歩いてるバッグには、お財布とスマホ、充電器、手帳、メイクポーチ。クロゼットから、通帳を取り出す。数字が増えるのを見るのは楽しかったから、小さい頃から余ったお小遣いで貯金だってちゃんとしてきた。ちょっとびっくりする額が貯まってる。パパたちが不貞を誤魔化してあたしを退屈させないために与えてきた大金。慰謝料だと思わないと反吐が出るけどこれも持っていこう。寄付か募金にして手放せば、鬱憤もせいせいするかもしれない。それと認印を押し込んで、もう戻らないつもりで部屋を見渡すと、玄関へ向かった。


リビングの前を通過すると、ガラス戸の向こうでパパと冴子さんがキスしてるのが見えた。恥を知れ!あたしは住み慣れた家を出た。


---


泊まるところも考える必要があったけど、とにかく話を聞いてくれる人に会いたい。あたしはユリさんの家を目指すことにした。

時間は夜の9時を回っている。重いキャリーをゴロゴロ引きずりながら街を歩くと急に不安になってきた。

今日ユリさんが出勤だったらどうしよう。もう眠ってたらどうしよう。他に頼れる人なんて、思いつかない。改めて、自分がどれだけ狭い世界で生きてきたのか思い知らされる。

そんなことをぐるぐる考えてるうちにユリさんの住むマンションに着いてしまった。

思い切ってインターホンを押すと、ユリさんの声で応答があった。家にいてくれた・・・!

上擦った声で、ケイコだけど、と答えると、バタバタと足音が近づいてきて、ドアが勢いよく開く。


「けーこりん!こんな時間にどした・・・?」


あたしの大荷物を見て目を丸くしたユリさんは、只事じゃないと感じたらしい。


「あの、あのね、家出てきた・・・」


何から答えていいか分からず、しどろもどろで口にすると、ユリさんは何度か頷いてあたしの肩を抱き中へ招いてくれた。


「とりあえず上がって」


すると、部屋の中からどうした?って低い声がする。びっくりして顔を上げると、濡れた髪を拭いてるALがこっちを見てた。


「うん、友達が・・・」


「ケイコちゃん・・・!?どした?顔真っ青だけど」


ユリさんもALも超心配してくれてる。でもあたしだって子どもじゃない。つまり2人は、要するにそういうことだ。邪魔しちゃさすがに悪い。あたしは顔を笑顔の形に歪ませてユリさんに向けた。


「ごめんねユリさん、明日また改めて電話する・・・お邪魔しました」


「けーこりん待って、」


「ストップ、ケイコちゃん」


荷物に再び手を伸ばすあたしを止めようとするユリさん越しにALを見ると、スマホを耳に当ててる。

どこに電話を・・・?程なくして相手が出たみたいだ。


「俺だけど。今日休みって言ってたよね?緊急事態発生、至急現場に急行せよ。場所は・・・」


変なモノマネをしながら電話の相手にユリさんちの場所を伝えてる。

ユリさんはその様子を見てクスッと笑うと、あたしをハグした。


「大丈夫だから。上がって、疲れてるでしょ?」


ユリさんの香りに包まれながら、こくんと頷いた。


---


淹れてくれたあったかいミルクティーを飲んで、ユリさんの肩にもたれて座ってたら、長電話を終えたALが戻ってきた。


「マッハで来るって。よかったねケイコちゃん」


「え、何、が?」


「んー。お迎え?」


「じゃなくて誰が?」


ALはふふふと笑うだけで、何も答えてくれないままベランダにタバコを吸いに行ってしまった。

あたしはユリさんの方を向くと頭を下げた。


「ユリさんごめん、思いっきり邪魔した」


ユリさんは微笑んで首を振ると、あたしの頭を撫でた。


「頼ってくれてうれしかったよ。やっぱり今日は、彼には帰ってもらってけーこりんはしばらくウチで・・・ん?」


外がうるさい。

共用廊下をどたどた走る音が近づいてきたと思うと、鍵が開いたままだった玄関が勢いよく開き、ぜえはあと息を整える音が聞こえる。

ユリさんと戦慄して顔を見合わせていると、聞き覚えのある声がする。


「けーこちゃん!!」


この声・・・。

ユリさんはそういうことね、と呟いて微笑むと、玄関を見に行った。

ベランダからALが、「来た?」ととぼけた様子で戻ってくる。

Dannyだ。ALが呼んだんだ。

いや呼んでどうするんだ?お迎えってそうか、ALを迎えに来たんだ、そうかそうか。


「けーこりん、王子様が来たよん」


ユリさんが楽しそうに言いながらDannyを連れて戻ってくる。

・・・いや待ってユリさん、それは王子様じゃない、谷隼人だ!

肩で息をしているすっぴんの隼人が顔を覗かせる。

もうプライベートでは会わない約束なのに。


「・・・こんばんは」


なんて声をかけたらいいか分からなくて、無難に挨拶をしてみた。


「こんばんは・・・その、けーこちゃんがピンチだって聞いて」


隼人も、さっきの勢いはどこへやら、どうしたらいいかわからない感じで目を泳がせている。

ALがあたしの荷物をまとめ始めた。


「荷物は兄貴が持ってあげてね、重っ・・・!!?」


「あ、お、おう。重っ・・・!!!??」


「待ってあたしの荷物に何するの!?」


「ん?」


ALと隼人が何を言ってるんだというふうにあたしを見る。


「何って・・・ケイコちゃんは俺たちのウチに泊まってもらうよ?俺はここでユリちゃんに用があるし」


「本当に無理!!どこか泊まれるところ探すからいい、返して!」


「こんな時間にウロウロするつもりかよ?一人で?」


「そのつもりよ!」


ほんのり煽ってくるALに言い返すと、隼人があたし達の間に入った。


「わかった、わかった。二人とも落ち着け。じゃあ探すの手伝うから。それならいい?」


「・・・それなら、まぁ、いいよ」


膨れたまま答えると、隼人はほっとしたように微笑んで、よし、と宝物が詰まったキャリーを玄関まで運び出した。


「明日、夕方まで家にいるから、けーこりんがよかったら、またおいでね」


「うん、ユリさん」


ユリさんはもう一度あたしをハグした。細い肩越しにALと目が合う。皮肉っぽい人だけど、あたしを心配して世話を焼いてくれたんだ。小さくありがとうを言うと、ALは唇を尖らせて親指を立ててみせた。


---


ユリさんの家を出て、2人でとぼとぼ歩く。キャリーの車輪がゴロゴロ転がる音が、夜の街に響く。

隼人は何も聞いてこなかったけど、あたしは勝手に話し出した。


「・・・親が、離婚して」


「そうだったんだ」


「今まで二人ともなかなか家に帰ってこなかったのも、別に仕事じゃなくて、離婚するつもりで別居してたんだって。あたしそれ、知らされてなくてさ」


話しながら、頭の中を整理する。


「うん」


「例の部下のやなヤツと結婚しない役立たずは要らないから、縁を切るって」


「それは・・・」


隼人の顔が悲しそうに歪んだ。もしかしたら自身が勘当された時のことを思い出させてしまったかもしれない。


「いつか、いつかね、仕事が落ち着いたら、昔水族館に連れてってくれた時みたいな、優しいパパとママに戻ると思ってた。でもほんとはあたしが思ってるほど仕事は忙しくなくて、忙しいのは彼氏彼女の為で、どれだけ待ってたって家族が戻ることは有り得なくて」


話し出したら止まらなくなってきた。


「てかあたしが小さい時だって、二人が揃ったのは週に一度あるかないかで、この歳になってよく考えたらその時ですら週末のどっちかはそれぞれよその人と過ごしてたって確信した。初めからぜんぶウソ、作り物家族だったんだ。」


簡単に騙せると思われてた。


「お金だけ与えて子育てした気になって・・・あたしも、23年間も愛されてるはずって思い込もうとして、誤魔化しながら生きてきた。今になって騙しきれなくなったからじゃあさよならなんて、愛ってほんとなんだろうね・・・!」


こみ上げてくる悔しさを込めて、道端に思いを吐き出した。


「責任もって騙せないなら、初めから嘘なんかつくな・・・!!」


残響が夜闇に消えると、辺りは一気に静まり返った。

立ち尽くすあたしに、隼人はそっと声をかける。


「けーこちゃんさ、俺が・・・じゃなかった、Dannyが本命だって言ってくれるけど」


「・・・うん」


「俺もけーこちゃんが本命だから」


隼人は、言葉をすごく、慎重に選んでるように見えた。

「本命」。あたしたちの間では一番応援してる相手ってこと。

あたしにも応援してくれる人がいる。

ささくれに消毒用アルコールが沁みるみたいに、その気遣いが心に沁みて、あたしはボロボロ泣いた。


「別に隼人のことは聞いてない・・・!」


「うん」


ありがとうって言おうとすればするほど、憎まれ口がするする出てくる。止まれよって念じるほどに涙が溢れた。


「あたしが好きなのはDannyだもん」


「うん」


一緒にいてくれてありがとうね。って言いたかった。


「勘違いしないでよ・・・!」


「わかってる」


とうとう立ち止まって、しゃがみこむと声を上げて泣いた。その後のことはあんま覚えてない。一回職質受けてた気がする、隼人が。


---


朝、目が覚めたら隼人んちのベッドの中で、ちゃんと昨日のままの服着て横になってた。

少し散らかった部屋の真ん中、隼人は机に突っ伏したまま寝落ちしてる。・・・何か書いてた?

立ち上がって、腕の下敷きになってる紙をそっと引き抜こうとすると、何か文字が見える。

―雨の弾に


ぱしっ

手首を掴まれた。眠そうな顔の隼人がゆっくり顔を上げる。


「・・・見た?」


「見たよ。四文字だけだけど」


「ネタバレ禁止。・・・って、顔ヤバイな。ぐちゃぐちゃ」


「え、ほんと・・・?」


「メイク落としあるから、落としといで」


急いで洗面所を借りると、顔はメイクがドロドロに溶けて目が腫れまくってた。この顔を人様に見られたとか情けなくなってくる・・・。

すっぴんになって隼人のいる部屋に戻ると、満足そうな笑顔を向けられた。


「いいねえ、そっちの方が似合うよ」


恥ずかしくなって顔を背けると、あたしは自分のバッグを掴んで玄関に向かった。


「泊めてくれてありがと、あたしユリさんちに行くから――」


「けーこちゃん」


追いかけてきた隼人に腕を掴んで呼び止められる。


「なに、離してよ」


「前に、責任もってあたしを騙して、って言ってた」


「・・・言ったよ」


「昨日は、責任もって騙せないなら嘘なんかつくな、って泣いてた」


「・・・うん」


「それでもまだ、騙しててほしい?」


真っ直ぐに見つめてくる、カラコンをつけてない隼人の目は、澄んだ明るい茶色の瞳だった。

この人、素はこんなキレイな目をしてるんだなって思った瞬間、あたしは自分の頬にスーッと涙が流れるのを感じた。


「もう誰にも騙されたくない・・・!」


ぶつかるみたいに抱きしめられると、初めて、隼人とキスをした。

それはほんの短い時間だったけど強烈で、心臓が跳ねまわるのに耐えきれなくなって、あたしは隼人を振りほどくと、隼人の頬と鼻の下に涙と鼻水をつけたまま逃げるようにキャリーを引きずって玄関を出た。


---


途中で、ユリさんに今から向かうとLINEしといたら、ユリさんは最寄り駅の改札で待っててくれた。

ゆるっとしたスウェットにTシャツ姿のユリさんは、きっと慌てて家を出てきてくれたんだろう。スマホを握りしめて人波からあたしを見つけようとキョロキョロしてる姿を見つけると、あたしはユリさん目掛けて駆け寄った。


「ユリさん・・・!」


ユリさんも気づくとすぐに笑顔になり、腕を広げてあたしが改札を出るのを待ち構えた。

慣れない手つきで切符を改札機に押し込んで、ユリさんの腕の中に飛び込む。


「けーこりん、おかえり!」


ママにもこんなに優しく抱きしめてもらったことない。あたしが何度もユリさんの名前を呼ぶと、ユリさんもうんうんと頷いて髪を撫でてくれた。


「ユリさん、あたし」


「うん、どした?」


深呼吸すると、ユリさんの香りで肺の中がいっぱいになった。


「ワンマン、行かない」

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