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3.【告知】7/24ZOPPワンマン決定!

あの最悪に最悪を足して悪夢で割った焼肉の日から数週間。

谷隼人から特に連絡はなかった。

お礼とか言って、口だけかよ。なんて心の中で悪態はついてみたけど、ちょっとホッとしてる自分がいる。耐えられる自信ないもん、DannyであってDannyじゃない、素の谷隼人と丸1日一緒だなんて。

だからこれでよかったんだと思う。


今日は待ちに待った1ヶ月ぶりのライブ。メイクにも気合が入る。買ったばかりの新しい服に着替えると家を出た。

今日はちょっと荷物が多い。


---


その日のライブ中、MCでDannyはワンマンをやることを発表した。生きてて良かった。

白兎たちはみんな歓声を挙げたけど、驚きの表情からは、チケットさばけるの?って声が聞こえてくるよう。まぁそうなるよね。

アリステニアは最高にかっこいい、あたしの本命盤だけど、知名度はまだまだ。だからこそ、もっとたくさんの人に聴いてほしい・・・!


アリステニアの演奏が終わって、物販にALが立っても、ユリさんは話しかけに行かなかった。繋がりだもんね、わざわざここで話さなくても、もういいんだ。その代わり、あたし達にはやらなきゃいけないことがある。

家から持ってきた布教用のCDたちを手に取ると、最前でいつも仕切ってるミサさんにこっそり声を掛けた。ワンマンまでにファンを増やしたいから布教手伝ってほしいって、ユリさんと一緒に説明したら、最初変な顔をされたけど、莱くんがそれに気づいて、自宅でコピーしてきたという配布用のデモCDを渡して一緒にお願いしてくれたら、納得してくれたみたい。学校でさりげなく広めてみるねって言ってくれた。年上だと思ってたけど大学生だったんだ・・・。

まったりしてる、他のバンド目当ての女の子たちにも配ってみた。「演奏聴いて気になってた」「もらっていいの?」って感じで、反応はよかった。

幸先よさそう。

会場を出て、なんとなくいつものお茶会にミサさんも誘ったらついてきてくれた。話してみれば、ミサさんはALのオキニでもなんでもなくて、前のバンドからの莱ギャだったらしい。これだからたぬきの書き込みなんてアテにならない。・・・それを知ってたから、莱くんはあの時助け舟を出してくれたのかな?なんにせよ、心強い仲間ができた気がした。


---


帰ってシャワー浴びて、そろそろ寝ようかなと思ってたら、LINEの通知が出てる。

Dannyからだ!

慌てて内容を読む。


『今日は来てくれてありがとう』


よし、当たり障りない!


『こちらこそ!今日もカッコよかったです』


『ちょっと話したかったけど、残念』


はは、無理。


『離れたところから見てるだけで精一杯ですー』


『22日、ヒマ?』


永遠に忙しいです、って打とうとしたら、続いてもう一言送られてきた。


『あの時のお礼の件、ちゃんとしたい』


・・・義理堅いというかしつこいというか。これ、お礼が終わらない限り言われ続けるんだろうなと思ったら、さっさと片付けた方がいい問題な気がしてきた。


『大丈夫ですよ。』


予防線も張っとこう。


『暗くなるまでなら』


返事が来ると思ったら通話が来た。拒否ボタンを押そうとして間違って通話ボタンを押してしまう。


「もしもし?」


あ・・・。Dannyの声だ。一瞬きゅんとするけど、後ろから機械音みたいなのも聞こえて醒める。


「もしもし・・・今どこ?なんかうるさい・・・」


「工場!バイト前に声聞きたくて!」


おいイメージ!!やめて、あたしの王子様がライブ後に夜勤直行とかやめて。

あたしが黙ってるのにも構わずDannyは続けた。


「22日、平日だけどよかった?」


「ニートなんであたし。日にちはいつでも・・・」


「よかった!じゃあ昼の1時に白浜港駅の時計台前で待ち合わせね」


「わかった・・・」


ニートでよかったとか初めて言われたわ。

22日。ワンマンの前前日か・・・。ライブの予定しか書かれてなかった手帳に、初めてそれ以外の待ち合わせ時間と場所を書き込んだ。

“お礼”のことは少し気が重いけど、ワンマンが控えてるから頑張れる気がしてきた。


---


約束の時間を過ぎても、谷隼人は来なかった。

どうせヤツもすっぴんで来るだろーと踏んで、朝洗って乾かしただけの髪にメイクは日焼け止めのみ、それプラスぱっとしない服装で待ち合わせ場所に来たのを見て、バックれたのかもしれない。それならそれで別にいいけど、『帰るから』くらいの連絡はほしかった。


10分経って、もう帰ろうかと思った頃に、後ろから声を掛けられた。


「けーこちゃん!」


あたしの、大好きな声。


「谷、おそい・・・!」


文句を言いながら振り返ると、そこにいたのは、イマイチな谷隼人じゃなくて、あたしの王子様。憧れのDannyそのものだった。

衣装よりちょっと控えめだけどDannyのスマートさを引き立てる服装。

そしてステージ用のメイクより少し薄めだけど、明るい場所でもかっこよく見えるDannyの顔を見てあたしは思った。

メザイクってすげぇ。


「ごめん、電車遅延してて・・・!怒った?一応LINEしたんだけど・・・」


申し訳なさそうにする姿も尊い。しばらく見とれちゃった。


「・・・けーこちゃん?」


「なんで、メイク・・・」


震えた声でそれだけ言うのが精一杯。

あぁ、とDannyは微笑んで答えた。


「けーこちゃんあの時、谷隼人じゃなくてDannyが好きって言ってたじゃん?焼肉屋で。だから、こっちの方が喜ぶかなあって思ったんだけど・・・でも待たせるくらいなら、そんなことしてないで早く出て来ればよかったな。ほんとゴメン」


「ううん!!あの・・・最高です」


「よかった、今日はDannyとして、責任もって夢を見せるから」


とDannyは笑った。


「行きたいところ、決まってる?」


うーんとあたしは唸る。Dannyと行きたいかって言われたらそういうわけでもないけど、小さい頃からずっと、初デートは水族館がいいなって思ってた。まだ若かったパパが、無理して作った時間でやっとあたしを連れて行ってくれた思い出の白浜水族館。残念ながら、いない歴=年齢なもんで、まだ達成されてない。

あたしが考え込んでるのを見てDannyの方から提案してきた。


「けーこちゃんがイヤじゃなかったら、薄暗いところいこっか」


何言い出すのこの人。


「は!?エロいこと考えてるでしょ!最悪、あたし帰る」


「水族館、」


背を向けかけたあたしはぴたっと止まる。


「行きたくない?ここから近くだし、けーこちゃんっぽいと思ったんだけどな」


なんでわかったんだろう。てかあたしっぽいって何?


「・・・行きたい」


Dannyは満足そうに笑って、手を差し出してきた。つなげということらしい。


「・・・なんか手、汚れてない?」


掌の、小指側の側面とシャツの袖が、鉛筆の芯の色でギラギラ黒ずんでる。


「あ・・・しまった!今、曲書いてて・・・うわー恥ずかしい」


差し出された手を無視して歩き出したあたしに、Dannyは歩調を合わせてついてくる。


「新曲書いてるの?」


うぉぉ聴きてぇ・・・!


「そう、この間けーこちゃんと電話した後、仕事中に急に降りてきてさ。ワンマンの時にどーんとやりたくて!」


「いいね、早く聴きたいな・・・!」


明後日が楽しみ。あたしがつい笑顔になると、Dannyは照れたように目を逸らした。


「もうすぐ出来るよ」


水族館ではショーも見た。クラゲの水槽の前でぼーっとしたり、ウミガメの赤ちゃんを見て一緒に笑った。

こんなに弾んだ気持ちになったのは何時ぶりだろう。


「ねぇ」


先を歩くDannyの袖を引っ張るとあたしは笑いかけた。


「楽しいね」


「そうだね」


笑い返すDannyは、それはもう綺麗で、急にあたしは後悔した。


「こんなことなら、あなたに釣り合うようにちゃんとおしゃれして来ればよかったな」


しょんぼりするあたしの顔をんー?と覗き込むと、Dannyはあたしの手を加えてない髪を撫でた。


「いつもの濃いメイクより、今日の方が好きだけど」


そう言って、さっき袖を引いたあたしの手を、鉛筆色に汚れた右手で引くとさっさと歩き出した。

いろいろ見て回ったけど、カラフルな、いろんな種類の魚が泳いでるいちばん大きい水槽の前のベンチで、ひたすら喋ってる時間が一番長かった気がする。

あんなに、Dannyのプライベートは知りたくないって思ってたのに、紅生姜が食べれないって聞いた時はすごい親近感沸いたし、チョコパフェが好きだって聞いた時は意外だったけどむしろかわいいなって思った。左手の小指の爪だけ伸ばしてるって聞いた時は切れよって思った。

あたしの話もたくさんした。アリステニアがきっかけでだいじな友達ができたこと。新卒で務めてすぐの歓迎会でセクハラにあって、反抗したらでっち上げのミスをあたしのせいにされて、2ヶ月で嫌になって辞めて以来ニートなこと。両親の長年に渡るW不倫のこと。パパの部下のアンチクショウのこと。いろいろあったけどアリステニアの曲があれば全部平気だったこと。Dannyは静かに頷きながら聞いてた。

あたしばっかり込み入った話題だったから、気になってたあの話題をぶっこんでみることにした。


「なんで借金なんかしてるの?」


Dannyは少し迷ったあと、ポツポツと話し出した。


「ミュージシャンになろうって決めて上京したときに、実家を勘当されててさ。ちょっとずつ上手く行きだした頃に、事業に失敗した親父が借金を残したまま蒸発して。それがそのまま保証人になってた跡取りの悠二・・・ALの負債になったんだ」


ALは悠二だったでござる。


「それを払ってるのね?」


「肩代わりした。俺の代わりに跡取りとして苦労してきたんだ、兄貴としてしてやれることなんてそれくらいしかないと思ってさ。・・・でも音楽も諦められなくて、こうしてしがみついてる。そのうちに莱や嵐と出会って・・・俺たちの事情も理解した上で一緒にやっていこうって言ってくれた。けーこちゃんにとってアリステニアが居場所だったように、俺にとっても居場所だったんだ。」


「そっか」


あたしにとって譲れない、アリステニアの特別さを理解してもらえた気がしてうれしかった。


「ワンマンのことも、チャンスをくれて本当にありがとう。莱と嵐は特に、結成当初から目標にしてたから・・・俺もすごい気合入ってる。」


「別に、あたしが見たくてワガママ言っただけだから。いい演奏してね。スポンサーをちゃんと満足させてくれなくちゃ」


あたしがおどけて言うと、Dannyはしっかり頷いて、約束する、と言ってくれた。


「あ、そうだ」


徐ろに封筒を取り出してあたしに渡してきた。


「何?何のつもり?」


お金が入ってる。


「助けてもらった時の。まだ全額に足りてないんだけど、時間かかってもちゃんと返すから」


思わず突き返した。


「やめてよ、あれはあげたんだから。今日はデートなんでしょ?こんなのヤボすぎ」


デートなんて一言も言われてないけど、試しにそう言ってみたらDannyはじゃあどうすれば、とか口ごもってる。

ふと、ここへ向かう時の会話を思い出してあたしは閃いた。


「じゃあ曲を書いてよ、あたしのために」


「曲?」


「そ。それをあたしが30万で買い取った、ってことならいい?」


恐縮そうにDannyはいや・・・とか、でも・・・とかもじもじし出す。


「けーこちゃんの曲は・・・実はもう書き出してて」


「じゃあそれをちゃんと完成させて、ライブで聴かせてよ。それで充分!」


ビシッと言い放つと、Dannyは意を決したように膝の上で拳を握った。


「けーこちゃん」


「なに?」


キラキラゆらめく空間で、改めて目を合わせると、急に今隣にいるのが、あのDannyだって意識してしまった。


「俺、けーこちゃんのこと」


いつだってあたしを勇気づけてくれた、理想の王子様。


「女神だって思ってる」


吸い込まれそうなDannyの瞳から目が離せないでいたら、急にあたしのスマホが鳴った。LINEの通知が出てる。


「・・・あはは、電車が遅延してて遅れる、ってDannyから!今頃来たんだけど。ウケるね・・・!」


様子を伺うようにカラ笑いしながらDannyの方を見ると、Dannyも苦笑し出した。


「LINEも遅延してた?意味ねぇー」


「ね!ほんと・・・。そろそろ閉館時間だよね、出よっか」


ほんの少しだけ名残惜しい気がしたけど、これ以上話してたらほだされる気がして、外の空気が吸いたかった。


水族館から出ると、夕方の空気の匂いがする。


「日がだいぶ長くなったね」


「そうだな。約束の、暗くなるまであんまり時間ないけど、他に行きたいところある?」


少し考えた。今日のこと、ちゃんと覚えていたい。


「プリ撮りたい」


「え、やだよ。目が勝手に大きくなるじゃん、今度一緒にチェキ撮るから!それじゃダメ?」


「だめ。最近は大きくならないように選べるやつもあるの!」


「えーー・・・」


嫌がるDannyを丸め込んで水族館近くのショッピングモールでプリを撮った。

最初は不貞腐れてたDannyも、シャッターが切られるうちに楽しくなってきたみたいで、撮られ慣れてる角度でポーズを決めたりしててウケた。さすがV系バンドマン。

一番気に入ったショットにこっそり、『好き』って落書きすると、書かれてない方をDannyに渡して外へ出る。


もうすぐ日が沈む。

魔法が解ける時間がきたみたい。

Dannyに向き直って、ちゃんとお礼を言わなくちゃ。


「今日はありがと。」


「こちらこそ、また、」


言いかけた言葉を遮って続ける。


「約束通り、もうこれきり。これからもステージの上から夢を見せてね」


胸の奥がチリっと傷んだけど、頑張って笑顔を作った。


「ずっと応援してるから」


「・・・ありがとう」


Dannyも、あの綺麗な笑顔を見せてくれた。

ぺこりと頭を下げて、あたしはそのままモール前のロータリーからタクシーに乗り込む。自宅前につくまで、何度もバッグから、さっきの一枚を取り出しては眺めた。


---


家の灯りがついてる。

・・・誰か帰ってきてる?

重いドアを開けて中に入ると、リビングのソファにはママ。向かいにパパ。その隣に冴子さん・・・!?

ママとパパの間にあるガラスの天板がついたテーブルには、緑の紙が置かれていた。


ド修羅場じゃん・・・

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