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2.肉!

相変わらず暇すぎる毎日を過ごすあたし。

昼過ぎまで寝て、買ったままになってた夏コスメでメイクの練習して、惰性でツムツムしたりネットニュースをぼんやりスクロールしてたら、いつの間にか夕方になってた。そういえばユリさんからLINEが来てたんだっけ。ちょっと時間が経っちゃったけど内容を読む。


『ALと繋がったよん』


は?やりやがった・・・。

すぐ返事する。


『いいけど、あたしにAL含め麺のプライベート話だけはしないでね』


『それがさファンレから繋がったとかじゃなくて、うちの近所の焼肉屋でバイトしてて偶然!』


ほら!もうたちまちイメージ崩れた!

まぁALのだからね、Dannyじゃないからまだいいか、不幸中の幸い。


『ユリさんなんかきらい』


『なんで?ウケる』


『Dannyの本名とかパンツの話しだしたら切る。絶交』


『しないよ!ごめんてw仲直りに焼肉いこ!』


流れ的にぜったいALがバイトしてるお店じゃん・・・。

あたしが「やだ」って20回打つまでに、ユリさんのバイクが家の前まで来た。

最初から連れ出すつもりでうちに向かってたみたい。ムカつくけど、しがみついたユリさんの背中からはほっとする体温とあたしの好きなにおいがした。


---


個室の席に案内してくれたのは、小柄な女の子の店員さんだった。

繋げると大きな宴会用の部屋になるらしくて、個室同士は引き戸で仕切られている。

おしぼりで手を拭きながらユリさんは、できるだけ周りを見ないようにメニューをガン見してるあたしに、いたずらっぽく笑いかけた。


「厨房なんだって、彼。安心しなよ」


なんだ・・・。さっきの女の子みたいな帽子にエプロン姿を見なくて済むと思うと、肩の力が抜けた。


「からかったお詫びに、今日はごちそうする!給料入ったんだー」


「・・・デザートも?」


「デザートも」


食べたいだけ注文すると、ユリさんは頬杖をついてあたしの顔をじっと見る。

なんとなく照れくさくなって、熱されて陽炎が見える、何も乗ってない網に目を落とした。


「最近何してんの?」


「なにも?いつも通り何もしてないよ」


「例のホラ、パパの部下とはどうなったん?」


「どうもこうもできるだけ避けてるよ。向こうもパパに合わせてるだけで、彼女いるしね実際」


「エグいな」


「フェイスブックで見た。これだから、彼氏とか一生要らないんだよね。騙すならうまく騙せっての」


塩キャベツとチャンジャが来た。あたしのビールとユリさんの黒烏龍も。


「どいつもこいつも、あたしを通してパパとか財産を見てる。そんな薄汚い上辺だけの恋愛に身を落とすくらいなら、理想の世界に浸ったほうが居心地いいんだよね。アリステニア万歳」


ユリさんと乾杯して、ビールをあおる。鼻の下についた泡をおしぼりでぬぐって、割り箸を割った。


「だって彼らは、あたしが詮索しなければ、キレイな夢を見せ続けてくれるでしょ?」


キャベツに箸をつけるあたしを、ユリさんは複雑そうな笑顔で見つめた。


「・・・そうだね。なんかごめん、いじって」


「いいよ別に。食べよ?」


「うん。・・・ところでさ、けーこりん、マジで何もすることないんだったらうちの店、体入してみない?」


「キャバ?無理無理。コミュ障だもん」


ふと、隣の個室から話し声が漏れ聞こえてくる。男の人がいるみたい。


「―さすがにどうなるかと思ったよね」


「でも俺、今までのライブで一番感動したなぁ。あの大合唱、胸が熱くなった」


―この声、何度も聞いた。莱くんの声・・・?


「俺も。一生忘れないんじゃないかな、多分」


嵐サンの声だ。ウソでしょ、隣に二人がいるの・・・?

ユリさんも気づいたみたいで、ちょっと焦った顔で“店変える?”って聞いてきた。結構頼んじゃった後だからお店に悪いし、首を振って答える。

莱くんの柔らかい笑い声がした。


「多分って。俺は絶対忘れない自信あるね!ちょっと泣いたもん。」


泣いたんだ。ああでも泣きそう。これは、イメージに合ってる。


「アイツがアザだらけで遅刻してきたことは一生忘れないな」


「間違いない。椿サンが眼帯貸してくれなかったら詰んでたわ」


そう言って二人は笑ってる。Dannyはあの日ひどい怪我をして遅刻したみたい。事故かな・・・かわいそう。


「今はまだ動員少ないけどさ、いつか恩返しがしたいね、うさちゃん達に」


「ワンマンライブ?」


・・・アリステニアのワンマン・・・。行きたい、行きたい超行きたい!


「そう!俺まだ諦めてないよ。さらに、夢は5大ドームツアー!」


ドーム・・・!見たすぎる!!

この時、アリステニア不足で死火山みたいに沈静してたあたしの情熱が、活火山よろしく滾って噴出した。キラウエア火山って呼んで。


「けーこりん?」


急に立ち上がったあたしを、ユリさんが真ん丸な目で見上げてくる。

ユリさんに向かって一つ頷くと、その静止も聞かずあたしはスマホを掴んで隣の個室に続く引き戸をバーンと開けた。


「その夢、あたしが叶えますっ!」


えっ、とすっぴんの莱くんと嵐サンがあたしを見て固まっていた。

言っても莱くんはメイクしてる時と変わらないかわいさだし、嵐サンに至ってはむしろメイクしてない方がカッコイイ。セーフセーフ。


「キミ誰?」


怪訝そうな顔をする嵐サンの横で、莱くんがあっと声をあげた。


「ケイコちゃんだ!」


「けーこ?」


「ほら、いつもたくさん買ってくれる・・・!」


嵐サンが物販に立ってる時にも、爆買いしたことある。思い出したらしく嵐サンは、あー。と顎に手を当てるとぼそっと呟いた。


「太客・・・。」


「アホ!言い方!!」


莱くんは、ぺちんと嵐さんを叩くと、私に向き直った。


「ごめんねぇ、嵐が失礼なことを」


「こっちこそ、連れがお邪魔しました・・・!けーこりん戻るよ!」


ユリさんが慌ててあたしを引っ込めようとするけど、あたしは構わず食い下がる。


「莱くん、ワンマンはどこで見れますか!?」


「ワンマン・・・ごめんねぇ、それは当面の目標ってことで、まだ予定はないよ」


困ったように笑う莱くんの肩をガシッと掴んで問いただす。


「どこで!やりたいですか!!」


「えっ・・・えー。うーん・・・ZOPPとか?なんてあはは」


御意。あたしはすぐにライブハウスに電話した。


「押さえました!次はドームですか!!?」


「待って待って、ケイコちゃんの気持ちはうれしいけど、俺たちまだそんなに動員できないし、ハコ代だって払えるかどうか・・・。」


「アイツの事情もあるし、な・・・」


莱くんと嵐さんはなんだかあんまり嬉しくなさそう。事情ってなんの話だろ。


「あたしがスポンサーになります!動員だって、何のために、友達もいないのに今まで布教用のCD買い溜めたと思ってるんですか!コミュ力おばけのユリさんがなんとかします!!」


「なんで!?」


背後でユリさんの悲鳴が聞こえた気がするけど気にしない。

あたしは、莱くんの、次いで嵐さんの目をしっかりと見た。


「夢、叶えましょうよ・・・!あたし見たいです、アリステニアのワンマン!」


「ケイコちゃん・・・!」


二人は目を合わせると、心を決めてくれたみたいだった。

その時―


「いやー、便所迷ったわ!迷いすぎて一回外出たし・・・お?」


この声・・・!MCで何度も聴いて、頭の中で脳が溶けるくらい反芻したDannyの声だ・・・!

通路側の引き戸が開いて、赤い髪が覗く。

あたしの息の根が止まった。でもここでは、飲食店では死ねない。


「女の子の声がす」


ついにプライベートのDannyと目が合ってしまっ


「る・・・」


た・・・。


この、冴えない顔・・・この顔は・・・


「あーーーっ!谷隼人ー!!?」


「・・・女神(仮)ー!!!!」


「なに、2人知り合い?」


驚くあたしたちを見て、莱くんがのほほんと問いかけてくる。谷隼人はガクガクと忙しなく頷くと早口で説明を始めた。


「こないだのライブの日、助けてくれた女の子がいたって説明したろ!?この子だよ間違いない!」


うそだよ・・・信じたくない・・・。


「あぁー、Dannyが女神(仮)って呼んでた名前わかんない子!ケイコちゃんがそうだったんだ?」


やめて莱くん、Dannyって言わないで。


「まさかまた偶然会えるなんて・・・!今度こそ、ちゃんとお礼させてください!」


まさか・・・まさかあたしの王子様が・・・このへこへこした、借金男なんてぜったいうそよ・・・。

あたしは呆然としながら、ふと頭に湧いた疑念について尋ねてみることにした。


「も、もしかして苗字の谷をもじって、Danny・・・とか・・・?」


「うんそう。よくわかったね!」


「ウソだろダサすぎる・・・」


終わった。

一回死んだあたしをよそに、運命の出会いだなんだと谷隼人と莱くんが盛り上がってる。莱くんが、あたしの本命がDannyだと吹き込んだせいであれよあれよと、この間のお礼に谷隼人があたしの行きたいところにどこでも連れてってくれる話になってた。

つかそれってデートじゃん、最悪。

あたしがパラオに行きたいって言ったらどうするつもりなんだろうこの借金男・・・。

ぐわんぐわんする頭をぶるんと振って、一応釘を指しておくことにした。


「・・・アリステニアを応援する気持ちは変わらない・・・。これからもDannyが本命だけど、あたしが好きなのはDannyであって谷隼人じゃないから・・・そこんとこ、ぜったい勘違いしないでよね・・・!」


谷隼人はうれしそうにうんうんと頷いた。


「・・・お礼をしてあなたの気が済むならつきあったげるから。でもそれが終わったらこれっきり。アーティストとひとりのファンの関係に戻って、きっちり夢を見せ続けてよね・・・あたしを責任もってちゃんと、騙して、」


迫り来る大いなるショックと、急にさっき飲んだビールの酔いが回ってきて、あたしは吐いた。

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