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1.親愛なる白兎へ

赤から青へ。マシンガンのように轟くドラムソロに合わせて点滅するステージライトの中、金の瞳がぎらりと光る。


「そんなモンか?もっと鳴いてみせろ白兎ィィ!」


最前を陣取るファンが頭を振るのに合わせてフロア全体がうねる、叫ぶ。

仕切ってるあの子はベースのAL(アル)のオキニだって噂。

上手にいる、女の子みたいにかわいい顔をしたギターの(ライ)くんが、口を「ごほうび。」の形に動かして小さな小さなピックを投げると、みんな餌を欲しがる鯉みたいに群がるのがおもしろい。

あたしも滾る想いをぶつけるように本命の名前を叫んだ。


「Dannyー!!」


---


「ふぅー、汗かいちゃったぁ服びしょびしょ!・・・あはは、けーこりんメイクひどっ!」


タオルであたしの目の下を拭ってくれたのは、バンギャ友達のユリさん。あたしたちがハマってるヴィジュアル系バンド“アリステニア”が結成して間もない頃、お互い他のバンド目当てで来てたライブに対バンで出てたアリスの演奏を初めて聴いて、そのかっこよさに陥落。すぐに意気投合してそれ以来ライブ行く時は大体いつも一緒。


「ユリさん物販行くでしょ?ALと莱くん出てきてるよ」


「ぉお!行かねばー!」


長机にはこれまでのシングルとか、チェキとかバッヂとかが所狭しと並んでいる。薄暗いフロアの隅で、今日の売り子担当らしい莱くんは目が合うと人懐っこい笑顔を向けてくれた。いつもながら完璧な営業スマイルだと思う。


「いつもの子だー!まいどありぃ」


「チェキ10枚下さい、あとCDも、全部1枚ずつ」


「はーい、てか前も買ってくれなかったっけ。いつもすごい買ってくからなんか覚えてる」


「布教用!」


「この子んちお金持ちなんでー、ほっとくとグッズ全部買い占めると思いますよ」


おかしそうに口を挟んだユリさんは、抜け目なく手紙を書いてきてたらしく、ALに渡せたようだった。痩せすぎな細身の体と、青とシルバーのグラデーションの髪が目を引くALは、アリステニアの中でも一番人気。近くで見るとやっぱり際立ってイケメンだなって思う。


「ほんとはさ、」


莱くんは袋に品物を詰めると両手で渡してくれた。


「たまにはDannyに直接お礼を言わせなきゃっていつも思うよ。ごめんね、アイツ人前に出るの嫌がるからさ」


「いいんです!その方がDannyらしくて。あたしの、孤高の王子様ですから。ニコニコ愛想振りまくところなんて逆に見たくないし」


「孤高の。」


「王子。」


莱くんとALは口元を覆って震えながら笑いをこらえている。あたし変なこと言った?

あたしが推してるDannyはアリステニアのヴォーカル。お腹の底に響くような伸びのある力強い歌声は、いつだってあたしを引っ張ってくれる。初めてアリステニアの演奏を見た時、赤くて長い髪から覗く鋭い金の瞳に、心臓を撃ち抜かれてから、ずっとDannyだけ見てる。莱くんやALや、ドラムの(ラン)サンには悪いけど、Dannyだけ見てる。誰も寄せ付けない高貴な雰囲気がものすごく偉そうだけど、王子様みたいだって心底思ってる。キモいかな?


「けーこりんさ・・・2人とも引いてるじゃん」


「いや、いやいや・・・」


ALは笑いを収めると、ユリさんが渡した封筒をヒラヒラと振った。


「兄貴に伝えとく。君、何ちゃんだっけ?」


ALとDannyが兄弟なのは有名な話。正直顔はあんま似てないけどね。


「ケイコです」


「ケイコちゃんね。君も何か直接伝えたいことあれば、手紙書いてくるといいよ」


「遠慮します、字が汚いから・・・」


にやにやファンレター読んでるDannyなんて、なんとなく想像したくなかった。だってそんなのイメージじゃない。

曖昧に頭を下げると、まだ名残惜しそうなユリさんを連れて、ライブハウスを出た。


「もーちょい話したかったのになー、ALぅ」


「来週またライブあるしいいじゃないですか。」


駅近くのタリーズで、ユリさんは形のいい唇を尖らせてアイスティーをすする。ストローから口を離すと、唇は笑いの形に弧を描いた。


「そろそろさ、つながりたいよね。LINE来るかな」


どうやら手紙に連絡先を仕込んだらしい。ほんと抜け目ない。


「さぁー。あたしはその気持ちよくわかんない。」


「そぉ?好きな人のことはなんだって知りたいでしょ。本名とかさ、なんなんだろね♡」


「まずそのさ、好きとかとは違うから。あたしは夢を見せてもらってるだけ。DannyはDannyを貫き通してくれなきゃ。本名があるとか絶対知りたくないし、風呂上がりに片足ずつ順番にパンツに足突っ込んでるとか想像もしたくない。」


「両足同時かもよ?こう、座って」


「そういう話じゃないし」


ユリさんとは仲良しだけど、こういうスタンスの違いみたいなのは時々感じる。でも、それぞれの楽しみ方があっていいと思う。

ユリさんはにんまり笑うと、タバコに火をつけて舌っ足らずに喋った。


「はいはい。おおじさまだもんね、けーこおじょーさまの。」


ユリさんを改札まで送ってバイバイしてから、タクシーに乗り込んだ。夜は危ないからとかなんとかで、遅くなる時は電車じゃなくてタクシーを使えって親に言われてる。過保護なんだから。


おじょーさま。

パパは学生時代に特許を取ったアプリの仕組みが当たったとかで、IT業界で成功した社長さん。ママはエステサロンをいくつも経営してる美容研究家。

毎月お小遣いは充分もらってるし、それと別に必要なものを買う用のカードも渡されてる。何不自由ない暮らし。

大学出て、一回は銀行に就職したけどなんか合わなくてすぐ辞めたのが1年前。それきり働いてない。でも、働かなくたって自由に遊んで暮らせる。することないけどね。

たまに、パパがあたしと結婚させたがってる部下の人を家に連れてくるのがウザイけど、ライブ以外で他人に会うのってそれくらい。

アリステニアのライブを肌で感じてる時だけが、生きてるって実感できる。

また明日から、虚しい毎日が始まると思うとげんなりする。

タクシーの窓ガラスに映るあたしの顔は、クマがひどくて頬がコケて骸骨みたいに見えた。


---


それから11日後。

楽しみにしてたライブの日が、またきた。この一週間何してたのかはあんまり覚えてない。

今日は雨。

会場に行く前にユリさんとご飯する約束してたのに、時間に遅れそうだったあたしは、巻いた髪がどんどん崩れるのを気にしながら裏路地を急いだ。


なんか変な声がする。

雑居ビルの中からだ。なんとなく気になって、入口から中を覗いてみる。かび臭い湿ったコンクリートの香りと一緒に、誰かが責められてるみたいな声がした。


「・・・あと一週間・・・一ヶ月待って下さい・・・がっ!」


「一ヶ月だ?こっちはもう2ヵ月待ってるんだよ。合わせて利子込みで27万。昨日までに返してくれるんじゃなかったんですかぁー?」


「うぐ・・・」


誰か階段の踊り場で二人組に暴力を振るわれてる。

大体の事情はわかった。27万か・・・うん持ってる。カード使えないところの方が行動範囲広いからって、現金主義でよかった。

たまには徳を積んどかないと地獄に落ちそうだしね。今日のあたしは機嫌がいい。なぜってDannyに会えるから。


「ちょっと!かわいそうでしょ?」


思いのほか声が響いてビビった。

踊り場の変な人たちがあたしを睨む。


「なんだアンタ」


「部外者は引っ込んでな」


片方は背が高いけどAL並にガリガリだし、もう片方はあたしよりチビじゃん。怖くない怖くない。

財布から大雑把にお金を引き抜くと、小さい方に叩きつけた。


「家出る前に数えた時は30あったから」


二人組は来月また会いに来るって殴られてた人に言い残すと、あたしにわざと肩をぶつけてビルから出ていった。

全然痛くない・・・と思ったけど、高めのヒール履いてたからグラッときた。

やば、ここ階段・・・


大きな手があたしの腕をつかむ。

おかげで昼過ぎのサスペンスドラマみたいな落ち方しなくて済んだ。腕の主を見上げる。

赤くて、長い髪。


まさか、


ウソでしょ?


「助けてくれてありがとうございました。」


ん?

いやー・・・


なんだろう、派手なのは髪だけで顔はこう・・・物足りないというか。

目は細くて小さいし眉毛は半分もないし。ヒゲの剃り跡も青い。


「ケガはありませんか?」


いやいい人そうだけど。

俺様王子様なDannyとは似ても似つかないや。一瞬見間違えそうになった自分が悔しい。


「大丈夫です。・・・離してください」


「あ・・・すんません」


気まずそうに俯く顔はアザだらけで、口の横は切れてて鼻血も出てる。いたそ。


「俺、谷隼人って言います。あの、借りたお金ちゃんと返します。お礼もします。お名前とか、連絡先を・・・」


えっそれはなんかやだ。接点持ったら、今後もまた何かの時に助けなきゃいけないかもだし。そう毎度毎度お小遣い分けてあげられないわよ、あたしのお金はアリステニアに貢ぐためにあるのに。


「いやです。いいんです、あれはあげたってことで。友達と約束あるんであたしはこれで!」


「あっ」


あたしは谷隼人を残してリレミトを使った。


---


ユリさんと合流して会場入りすると、アリステニアのいっこ前のバンドが最後の曲を演奏してるところだった。演奏が終わってから、莱くんやALがチューニングしてるのを眺めつつ、荷物をロッカーに入れて、ジンジャーエールをもらって待機する。


程なくして客席の照明が暗くなり、待機してたアリスギャがみんな前側に詰める。ファンの数がそんなに多くないからか、毎回よく見かける女の子達は、話したことがなくても顔見知りな感じがする。

青いステージライトがじわじわとついた。

嵐さんのカウントから、演奏が始まって大音量の振動が足元から伝わってくる。

少し引きつった笑顔であたし達を見渡す莱くん。手元だけ見てるAL。何かを振り切るようにリズムを刻む嵐サン。


Dannyが、いない。


客席がみんなざわざわし始める。

なんで?って。

演奏されてる曲はファンならみんな知ってる定番の曲だけど、ボーカルが乗ってないと知らない曲みたいに感じる。

そのうち、誰ともなく歌い出した。

あたしも歌う。ユリさんも。演奏に負けない大きな声でみんなが歌うと、大合唱になった。

莱くんの笑顔が柔らかくなる。ALが客席に目配せをした。嵐サンも歌ってる。

女の子同士みんな手を繋いで、サビでジャンプして歌う。

2回目のジャンプは莱くんとALも跳んだ。


―明日陽が登らなくても この翼で翔けてゆく―


大合唱に突然Dannyの声が乗った。

みんな息を呑んで上手を見る。Dannyだ・・・!ギリギリ間に合った。いや遅刻だけど。

いつもの堂々とした仕草でステージの真ん中まで来て、白兎を煽る。

歓声が上がった。

さっきの、客席が一体になった感じもよかったけど、やっぱりDannyの歌声じゃなきゃ。

今日のDannyは、眼帯や包帯、血糊を使って病的な感じのメイクをしてる。

・・・もしかして、メイクに時間がかかって遅刻したとか?

でも最高に似合ってるからいっか。

包帯に滲む血糊に、一瞬、今日出会ったボロボロの谷隼人を思い出した。気がした。


---

ライブが終わると一気に無気力になる。

また次のライブまで、何も無い毎日が始まる。今度は1ヶ月先。だいぶ、遠い。

家の前でタクシーを降りて、無駄に豪華な玄関のドアを開けると、初夏なのに冷えた空気が足元からまとわりついた。

パパもママも留守。

パパは出張だって言ってたけど、秘書の冴子さんとお泊まりなのは知ってる。ママだって帰省するって言ってたけど、青葉町店のイケメン店長と箱根旅行。二人はあたしが何も知らないと思ってる。そして自由を与えとけば文句言わないと思ってる。まるで、無言で「好きなことしてるのはお互い様」って言われてるみたい。

こんなことであたしは病んだりしないから、全然平気なんだけど、しばらくDannyに会えない寂しさも相まって、急に泣けてきた。

廊下にぺたんこ座りしてわんわん泣いた。

お金があっても愛がなきゃ意味がない。こんな誰もいない冷えた家、ほんと、ある意味がない。

広いだけが取り柄の家中に響く爆音で、アリステニアの曲をかけて眠れない夜を過ごした。

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