熱中症
重い頭を抱えながら保健室の扉を開けると、中はがらんとしていた。
どうやら保健の先生はいないらしい。
少しでも早く白いベッドの上で休みたい。
そう思いながらノートに名前と学年を書き込んで、ベッドへと向かう。
3つ並んだベッドのうち、真ん中のベッドのカーテンが閉まっていた。既に誰かが使っているらしい。
横には上履きが脱ぎ捨てられている。
なるべく足音を立てないようにその隣のベッドに向かう。
僕がちょうどベッドの横に立つのと同時に、カーテンがサッと開いた。
「あ……」
顔を覗かせた人物には見覚えがあった。
「あ、綾小路先輩……」
「貴博、どうしたの? 調子悪いの?」
「少し頭が痛くて。綾小路先輩は?」
「体育の授業の後からなんかダルくて、ちょっと休んでたんだ」
そう言われて見れば、顔が少し赤い気がする。
「熱中症じゃないですか?」
そう言って綾小路先輩の手首に指をあてがう。
トクトクと指先にリズムが伝わった。
「脈も速いようですし、熱中症ですよ」
「やっぱりそうか。今日の体育は外だったから……それにしても、貴博の手冷たいね」
「そうですか? すみません」
慌てて手を引こうとするが、それより早く綾小路先輩が僕の手を掴んだ。
そのまま自分の額に持っていき、ペタリとつけた。
「綾小路先輩?」
「冷たくて気持ちいい……冷えピタみたい」
綾小路先輩が、へへっと笑う。
その笑顔はどことなく、純真無垢な赤ちゃんを思わせた。
彼は目を瞑ってふーっと息を吐いている。
いつまでこうしているつもりなんだろうと思って声をかけると、綾小路先輩は「もうちょっと」とだけ答えてまた黙ってしまった。
手から彼の額の熱が伝わってくる。最初は熱いと感じたのに、僕の手の温度と混ざりあってだんだん熱がひいている気がした。
窓から入り込んだ風が彼の茶髪を揺らし、シャンプーの香りがする。
そんな事をぼんやりと考えていると、手が離れる感触がした。綾小路先輩はいつの間にか目を開けていた。
「なんか、すごく楽になった気がする」
綾小路先輩が僕の目を見ながら言う。
「あっ、頭痛いんだったね。そういえば顔色も悪いし、ゆっくり休んでね」
「ええ、ありがとうございます」
軽く頭を下げて、綾小路先輩の横のベッドに入る。
僕がカーテンを閉めると、彼もまた布団の中に戻ったようだ。
しばらくすると隣からスヤスヤと寝息が聞こえてきた。
その寝息につられるように僕もゆっくり目を閉じる。
綾小路先輩に触れていた右手は、まだ温かくて心地がよかった。