表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
久多良木いらはと麗しき女性  作者: 己己己己
6/13

第6話 抱擁

※Wikipediaさまに載ってある抱擁の説明を引用させていただきました

 あー……無駄なエネルギー使ってしまった。おかげで胃が空腹を訴えているよ。そういえば、玉藻が蕎麦を作ってくれてるとか……。

 けど。


「さっきの今だしなあ……」


 数分前、いや、会ってからずっと冷たい態度とっている。その事もあって、食事を頂こうなんて都合が良すぎるのではないか。だか、彼女は私のために、と拵えてくれたのだ。手間隙かけてくれた料理を食べないなんて、調理してくれた彼女に失礼ではないか。いや、しかし。

 廊下を歩きながら悶々と考える。

 食べるべきか否か、と迷っていたら。


「……」


 いつの間にか居間の前にいた。

 正直、気まずい。だから、きびすを返して部屋に戻ろうとした。

 が。


「あら。お食事はよろしいのですか?」


 玉藻が立っていた。


「……あー、その。なんていうか……」


「?」


「えーと、ですね……」


 言葉が出てこない。彼女になんて言えばいいのか。素直に説明すればいいのだろうけど、私の中のなにかが邪魔をする。なにかが、なんてカッコイイ言い方をしたけど、本当は大したことのない安っぽいプライドなんですけどね。

 言い淀んでいたら。


「もしかして、先程の事を気にしていらっしゃるとか?」


 ズバリ的中させられた。しかも、小首を傾げて。可愛い仕草だな、ちくしょう。

 開きかけた口を閉じて、視線を反らす。もし私なら「どの面さげて言うとんのじゃわれ」となるだろう。

 なのに。


「ハニーったら……可愛いっ!」


 玉藻は抱きしめてきた。

 抱擁(ハグ)

 私の記憶が正しければ、一人または数人の他人を腕で抱え込む、または、その周りに腕を回すこと。非言語コミュニケーションの一種で、キスをしながら行われることもある。幼児語で言うなら「だっこ」または「ぎゅう」だ。親密さ、愛情、友情を表し、それらを伝える手段として使われている。

 抱きつかれるのは別にいい。問題はない。

 けど。


「っ! 胸! 押し付けんな! 息が……!」


 そう。私の顔は、彼女の胸に埋まっているのだ。これでもか、という力で。

 必死に逃れようと抵抗するのだが、全く微動だにしない。だから、玉藻の腕をバシバシと叩いてみる。少しでも早く気付いて欲しいために。

 やっと我に戻った玉藻は、腕の力を緩めた。


「やだ、私ったら……ごめんなさい、ハニー。大丈夫?」


「死ぬかと思った……」


 冗談抜きで。あと数分遅かったら、三途の川を渡る羽目になっていただろう。死因が女性の胸での窒息死、だなんて笑えない。間抜けすぎる。

 息を整え、玉藻と向き合う。頭ひとつ分くらい高い位置にある顔は微笑み、私の言葉を待っている。

 陶磁器のように滑らかそうな肌。透明感があり、肌荒れや毛穴のひとつもない。世の女性が憧れ、羨むほどに彼女の肌は完璧だ。薔薇色の唇も乾燥してなく潤っている。キスしたら、さぞ柔らかいであろう。左右対称の切れ長な金色の瞳に、すっと通った鼻梁。化粧をしてるだろうけど、全然派手ではない。知的で品を感じさせる。

 同じ人間で、女性なのに。私とは月と(すっぽん)。目尻からしょっぱいのが流れそうだ。実際には出ないけど。


「……気分、悪くないの?」


「んー……別に、ですかね。ハニーの反応は世間一般の反応、だと思いますよ。いたって普通の。だから、気にしないでください」


 そう答えて、玉藻は私の頭を撫でた。子供をあやすような、優しい手つきで。

 よく母がしてくれたな、と懐かしんでいると。

 玉藻は悲しげに目を伏せて、ぽつりと呟いた。


「――あの仕打ちと比べたら……」


 あの仕打ち?

 一体彼女はどんな過去を背負っているのだろうか?

 訊ねるのは簡単だ。しかし、昨日今日会った人間に……正確には一週間前だが……答えたくはないだろう。私だったら親しくない人には喋りたくないな。うん。だから、聞き流した。

 顔を俯けると、視界には玉藻の谷間。

 少し空間を開けて、腕から出ようとする。

 が。


 ガッチリ。


 そんな効果音が似合うくらいに、玉藻は離そうとする気がない。っか、本当に女のわりに力強いな。


「……玉藻さん」


「嫌です」


 解放するように頼もうと呼んだ。のだが、スッパリと断られた。

 さらに、玉藻は続けて言葉をこぼす。


「だって、抱き心地が良いんですもの」


「へー……抱き心地、ねえ。それは、私に贅肉(しぼう)があるからですね。大量に。そうですね。そうですよね。あはははは…………よし。殴るぞ?」


「いえ、そんなこと……いたっ!」


 殴ろうにも体勢的に無理なので、玉藻の左脇腹を指の先で突く。強めに突いたので結構痛いはず。

 案の定。玉藻は両手で左脇腹を押さえている。まだすっきりとしない。が、仕方ない。これ以上、女性である彼女を痛めつけるのはよろしくない。

 けれど。


「……たい」


 玉藻がなにか喋っている。

 聞き取りづらかったので、耳をそば立てた。

 そして、後悔する。


「……ハニーの、愛が痛い」


 耳を澄ました行為を。

 それと、前言撤回しよう。

 この女(たまも)には、手加減は必要ないようだ。

 身動きがとれる状態となった私は、玉藻の頭を殴った。勿論、力いっぱいにだ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ