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久多良木いらはと麗しき女性  作者: 己己己己
3/13

第3話 帰宅する者、会いに来た者

 眠い。

 現在、午前四時過ぎ。

 なぜ私がこんな時間に起きているか、って?

 そんなの決まっている。仕事だ、仕事。

 店の片付けが終わり、あとはタイムカードを押して帰宅するのみ。

 今日早めに出勤していた店長は、お酒を飲んで寝ているだろう。お疲れさまです。

 んで。


「しゅーりょ」


 轟くんの方も閉め作業が完了したようだ。


「買い足しする物は……」


 お菓子や食材の在庫をチェックする。少なかったり、在庫がなかっりしたら明日の営業に支障をきたす。ので、冷蔵庫にあるホワイトボードに書き込む。それを見て、朝の清掃と準備担当の人が用意するのだ。

 一度経験したが、あれは大変である。使用した部屋の清掃だけでも疲れるのに、トイレも勿論。通路、カウンター周り、厨房の床磨き。さらに、銀行へ売上げの振り込みに買い出し……あー、思い出すだけでもげんなりする。それを開店までに頑張ってする担当――由良さんのパワフルさを改めて尊敬。そして感謝する。


「なし、と。よーし、帰りますか」


 とくに買い物はない。

 ので、二人分のタイムカードを手に取り、器械へセットする。

 ジー……カション。

 ジー……カション。

 と、音をたて二枚のカードに退勤時間が刻まれる。

 轟くんは、荷物を持って支度はできているようだ。

 私も私物を持ち、最終チェックをする。

 火元、よし。

 炭酸ガスのバルブ、よし。

 フライヤー、よし。

 うん。問題なし。

 電気と換気扇のスイッチをオフにする。

 轟くんも通路、カウンターなど店全体の電気を消した。

 そして、出入り口をくぐるり戸締まりをする。

 最後にセコムをセットして、本日の営業終了。


「お疲れさまでーす」


「お疲れっした。また月曜日に」


 挨拶をし、お互いに車へ向かおうと踏み出す。

 数歩だけ進んだ時。

 ふと、物陰から黒い物体が視界に入った。

 そちらへ目をやると。


「ハニー」


 一週間前に来店した黒ずくめの女が、そこに立っていた。

 小さく手を振って。


「うおっ!?」


 ビックリして大きな声が出る。そこに人ーーしかもあの女がいるとは、想像していなかったからつい。

 私の声を聞いた轟くんが「どうしたんですか?」と、駆けつけて来てくれた。ごめんね。せっかく、車の近くまで行ったのに。

 轟くんも彼女の存在に気づき「あ」と、声を漏らした。


「ハニーったらヒドーイ。でも、驚いた顔のハニーもか・わ・い・い」


 と、ハートを散らす。

 あっちこっち、に。


「……はは。さようなら」


「はーい。私の存在を無視しなーい」


 車を停めている方向とは逆だが、逃げようとするも。

 にこにこ、と私の肩を彼女は掴んだ。

 ……嫌だな。

 振り向くのが、非常に嫌だ。

 だって。


「なあに? 私の顔になにか付いてるかしら? あ、それとも私の美貌に釘付けとか? いやん、ハニーったら! もう!」


 これだ。この恋する乙女脳。

 彼女と同じ女だけど、ついていけそうにない。そう感じるのは、私が女らしくないからだろうか? それとも、異性を好きになったことがないからだろか?

 一方、轟くんは。

 こちらを心配そうに眺めていた。彼のことだ、なにかあってはいけない、と待機しているのだろう。しかし、だからといって彼をこのままにしておくのは可哀想だ。彼だって仕事で疲れているだろうし。それに、もう眠たいだろう。

 だから。


「あー……轟くん。帰って大丈夫だよ」


 と、促す。


「いんっすか?」


「大丈夫じゃないけど、どうにかするよ。ありがとう」


 そう言うと、彼は愛車へと歩いていった。

 エンジンがかかり、音が響く。

 駐車場から車道へと出ていく車内から、彼は会釈をしてくれた。

 私もそれに応え、彼を見送る。

 ――さて、と。

 渋々、女性へ身体を向ける。

 私より高い背丈。余裕で一七〇センチはあるな、クソ羨ましい。


「……で、ご用件は?」


 なるべく優しく問う。


「約束通り、ハニーに会いにきたのよ。本当は、もう少し早く会いに行くつもりだったけど、仕事が忙しくて……遅くなってごめんネ。あ、ハニーに会えないからって、浮気なんてしてないからね。私はハニー至上主義なんだから。でもでも、嫉妬してくれても良いかなあ、なんて……きゃー! ハニーったら!」


 勝手に話して勝手に照れだした。

 ……これ、放置してもいいかな?

 よし、帰ろ。

 自分の世界にトリップしてる間に、横を通り過ぎて車へ。

 ドアを開けて、キーを挿す。

 エンジンを回転させ、ハンドルを動かした。

 車道に出る直前で、女の意識は戻ったようだ。慌てて「ハニー!」と、接近して来るが残念。

 アクセルを踏んで、おさらば。

 サイドミラーに映る女が、段々と小さくなる。

 そして。

 姿が見えなくなったくらいで、スピードを緩めた。

 ほっ、と息を吐く。

 これでやっと気分良くハンドルを握れる。

 好きな曲を流し、私は家路を辿った。

 なにも知らずに。

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