第1話 初対面でいきなり告白される
初めまして。己己己己と申します。
今回、初投稿となります。これからポチポチ投稿しますので、宜しくお願い致します。
えーと、はじめまして皆さん。私は久多良木いろは、と申します。年齢は今年で二十八歳。いわゆるアラサーですね。西日本のとある地方に在住の、カラオケ店従業員です。
本日のシフトは午後八時から最終まで。今日は平日なので客数も少なく、注文もほとんどない。あっても生ビールの中ジョッキくらい。はっきり言って暇である。こんな日は普段できていない各部屋や厨房などの掃除をしよう、と正社員の轟くんと一緒にしている最中だったりする。
バケツから汚れた水を捨て、新しい水を入れようと蛇口を捻った。
その時だ。
入店を報せるベルが響いた。
私は、急いで蛇口から流れる水を止めて表へと出る。
「いらっしゃいませ」
そしてカウンターに立ち、いつもの挨拶でお客さんを出迎えた。
来店したのは黒ずくめの女性。
上半身はテーラードジャケットを羽織り、その下にウエストコートと胸元を大きく開けたワイシャツ。下半身は細いベルト二本を巻き、大胆なスリット入りのタイトスカート。スカートから伸びる脚にはガーターベルトを、足元はピンヒールときた。そして、頭部は中折れ帽、といった姿である。
コツコツ、とヒールを鳴らしこちらへ近づく女性。その度に、ベルトに付けているシルバーアクセサリーが揺れる。
変わった風貌だ。いや、お洒落は人それぞれの個性である。なかにはスエットやジャージ、またはホステスみたいな格好の人もいるのだから。しかし、彼女は違ったベクトルで浮いているように見えた。
「一名さまですか?」
カウンター越しに立つ女性に、利用者人数を訊ねる。
が。
彼女の熱い眼差しだけが返ってきた。
切れ長な金色の双眸が、じっと私を捕らえて離そうとしない。気分は蛇に睨まれた蛙。つまり気まずいのだ。私自身あまり外見に自信がない。綺麗でも可愛くもない顔立ち。身長は平均よりやや小さく、そして横に太い方だ。まあ、まだ救いなのは、父親譲りの色白なのと胸がお腹より目立っていることくらいかな。だから見ないでいただきたい。切実に、希望。
だが、女性は見つめ続ける。
ああ。これでは埒が明かない。
なのでもう一度、女性に声をかけるべく「あの」と口を開いた。
すると。
「……貴女がクタラギイロハさんかしら?」
薄桃色の唇が動いた。
お、おおう。なぜ私の名前を知ってるのかな、このお姉さん。どこかで私の個人情報流出してるんじゃないの。たいした内容ではないと思うけど、やはり私にもプライバシーがあるんですね。だから、漏らした奴、絶ッ対に許さんぞ。
にこにこ、と素敵な笑顔で返事待ちのお姉さん。
向こうは私の情報を把握しているだろうが、こちらは彼女のことは一切知らない。それに色々と怪しいし。だから、素直に答えることないよね。
「いいえ、人ち」「クタラギイロハさんで合ってるわね、良かった」
人違いだ、と言おうとしたらこのお姉さん、セリフ被せてきやがりましたよ。頬ひきつりそうになったわ。冗談抜きに。
軽く深呼吸をして冷静になろう。頭の中を整理しろ。そして、考えろ。この場の切り抜け方を。
……なんて思ったものの、なにひとつ考え付かない。
一方、女性は。
「ふふ。そう、貴女が私の……」
なぜか上機嫌なご様子。
腕を組んだ状態でカウンターへ肘を着いているため、私よりデカイ乳が強調されている。無意識に胸へと目が行くのは不可抗力だ。
それより。
さっき、ちょっと気になることを口走りましたね。貴女が私の……って。
それ、どういう意味ですか?
凄く聞きたい。
私が、なんですか?
続きが凄く気になります、お姉さん。
私の表情で悟ったのか、女性の口角がさらに上がる。
そして。
「今日から宜しくネ。私の可愛いお嫁さん」
衝撃的な発言をした。
あ、これ。語尾にハートが何個も付いてる。確実に。
って、そうじゃなくて。
は?
今、彼女はなんとほざきましたか?
誰と宜しく?
誰が『お嫁さん』ですと?
その前の可愛いも引っ掛かる。
けれど。
「誰が嫁じゃ」
「貴女が」
「寝言は寝てから言うものですよ、お客さん」
「大丈夫。私、一度自分の物になったらずっと大切にする性分なの。だから心配しないで」
一番の問題は、彼女の脳内だ。
きっとお花畑なんだろうな。おかげで話が全く通じない。
確かに、この商売してたら色んな人もいますよ。ワシはどこそこの者じゃ、とか名乗る方。未成年を連れて朝型まで歌おうとする方。未成年なのに喫煙、飲酒する方。持ち込み禁止なのにも関わらずされる方、などなど。
まあ、現在までの彼女の言動は店的には影響はない分類だ。だが、個人の精神的なものを明らかに削られている。それはもうゴリゴリ、と。
「……喜んでいるところ申し訳ありませんが、私、女なんです。そして、お客さまも女性です。つまり」
お客さんに失礼のないよう言葉を選ぶ。
しかし、彼女は。
「あら、そんなつまらない事を気にしてるの? ふふ、ハニーったら心配症なのね」
小首を傾げるが、それも一瞬だけ。その後は、慈しむ――まるで恋人にする笑みを向けられた。
あ……これ、本気なやつだ。完璧に瞳の色が違うもん。店に来た時と全然。それに、彼女の纏う空気も変化している。色で例えるなら、無色透明からピンクってところかな。あと、頬がほんのり紅潮にしているような……いや、している。
「ハニーが女性であることなんて百も承知よ。むしろ、ハニーが女性だから……」
と、途中で喋るのをやめた。
そして、彼女は姿勢を正す。顔つきも、さっきまでの恋する乙女から営業スマイルへとなる。それには、なにひとつ感情のこもっていないように感じられた。
突然の変貌に戸惑うも、すぐに理由が判明する。
彼女の視線の先――私の隣に、一八〇センチの巨躯が立っていた。
轟くんだ。
思わず私の肩がビクッ、と上がった。ついでに「おおうっ!」と野太い声付きで。
「そんなに驚かなくてもいいじゃないですか」
「いやいや。驚くな、って言う方が無理でしょ」
なんせつい先程まで私と彼女の二人っきりだったのだ。それが、いつの間にか左側にいるんだからビックリするのは仕方がないでしょ。私、悪くない。
ほんの一瞬だけ、轟くんに意識がいってると。
「ハニー」
彼女が私のことを呼んだ。
ので、そちらへ顔を向ける。
と。
彼女の顔には営業スマイルではない、女性らしい柔らかな微笑みが作られていた。
「今日はこれで帰るわ」
おや、どうやらご帰宅のようだ。
女性は踵を返し、出入り口へと脚を運ぶ。最後に彼女は「またね」と、小さく手を振って去っていった。
……またね、か。
「なんだったんですか、あのお客さん」
なにも知らない轟くんに問われる。
が、精神的に疲れた私はすぐと答えれなかった。
ぼんやり、と受付にあるPOSレジ画面に表示された時間を眺める。
本日の営業終了まであと――