「一年間よろしくっ!」
「ふぁ~。」
大きなあくびをしながらジャージにサンダルというラフな格好で気怠そうに歩く少年、エイジ・プロイビート。彼に気付きおはよう、と笑顔で挨拶をした少女にエイジは小走りで駆け寄った。
「おはよう、リノア。今日は何食ってんの?」
「メロンパン。あーん」
「…メロンパンって上の皮の部分以外はおいしくないよな、いらなくない?」
「そうかな?上がおいしいって感じるのは下のふわふわがあってこそだと思うから、なきゃ困っちゃうよ」
「そんなもんかねー」
メロンパンを幸せそうにほおばる少女、リノア・バンケットハートは目を爛々とさせながらメロンパンについて熱く語りだし、エイジはやれやれといった様子でその話にテキトーな相槌を打ちながら聞き流していた。
「そういえば今日から新しいやつら来るんじゃなかったっけ?」
「あぁ、今日からだっけ。どうせすぐいなくなっちゃうからそんなに気にしなくてもいいんじゃないかな」
「それもそうだな」
エイジ達の通うイディナローク学園では5年に一度特別な力をもった14~16歳の男女を対象に入学試験を行い、生徒を募っている。合格した生徒は試験の中で基本的に4人一組の班を形成しその後の学園生活を班単位で行動することになり、入学から5年で卒業試験を受ける流れとなっている。
学園生活では、主に学園へ寄せられる依頼を班で受け社会貢献など奉仕活動をし、その成績順でクラス分けをされる。このクラスは1~5組まで存在し、一年に一度その年の働きを審査され再度クラス分けされる。依頼内容は学園側が判断した難易度S~Dに分類され、所属クラスにより受けられる依頼の難易度が設定されている。
エイジとリノアは同じ班に所属しているが試験で最低ランクの点数をたたき出し、Dランク依頼しか受けられないおちこぼれクラスの5組へと入学。その後まったく活動はしておらず評価は変わらず最底辺での生活を送り続けている。
「別に待遇が悪いのなんか気にするほどでもないのに何で根こそぎ辞めていくのか理解できねえよ」
「最初いいとこからスタートして最底辺に落された後に、のし上がるチャンスすら与えられない場所で過ごすのは苦痛なんだろ」
校舎に入り、教室へ向かう二人の背後から金髪の少年が話に入ってきた。
「おはよう、ブレイク君」
「おはよう」
「まぁ、確かに探偵みたいにかっこいい~お仕事してる人たちは飼い犬探しや人の家の掃除なんかできねーか」
声をかけた少年、ブレイク・アリスティドもエイジ達と同じ班に所属している。が、彼も今の現状に何の文句もなく悠々自適な生活を送っている。
「今期は4班もくるらしいよ」
「え、そんなに?教室狭くなるな」
「しかも今までみたいに成績が悪くてっていう班は一つもないらしく、全班問題を起こしたって噂」
「いつもどこでそんな情報手に入れるの?」
「…内緒」
口元で人差し指をたて、ニッと微笑むブレイク。彼は美形なのでその辺にいる女子なら胸がときめくような瞬間ではあるがリノアは割と見慣れているためか全くそのような反応はなく、男であるエイジに至っては白目を向け、そういうことを恥ずかしげもなくできるブレイクを一周まわって尊敬するわと吐き捨てるようにつぶやいた。
3人はたわいもない話をしながら玄関口から遠く離れた自分たちの教室へとようやくたどり着き、ドアを開けるともうすでにクラスメイトであろう生徒が何人か教室内で待機していた。
「うげ、なんか人口密度高まって酸素薄い気がする」
「たしかに、4人だったとこに20人も入るって考えると酸素薄まりそう」
「死にはしないよ」
「あ!おれの指定席になんか座ってる!!」
エイジはいつも自分が座っていた席に赤髪の少年が座っていることに気付き大声を出すとずかずかと少年へ歩み寄っていった。
「おい!!!」
「は、はぃ!!!!!」
本に没頭していて近づいてきたエイジに全く気付かなかった赤髪の少年、イオン・ハーバリーはビクゥッと体を跳ね上がらせ、エイジに負けないくらい大きな声を裏返し返事をした。
「お、おまえ…そこはおれの席だぞ…」
「え、あ、せ、席決まってたんですか…す、すみません…」
「いや、新入りはわかんねーよな…なんか、ごめん…」
自分の行動に思っていた以上に驚き、おびえるイオンを見てエイジもたじたじになり会話がしどろもどろになる。イオンは戸惑いながらも自分の荷物を整理し席を立とうとした瞬間、肩を力いっぱい押され、また座ってしまった。
「?…???」
「…何だよおまえ」
「さっきからうるさいのよ、もう少し小さい声で喋れないわけ?」
「手離してやれよ、痛がってんだろ」
「…アンタもアンタよ、何言われるがまま席譲ってんの。」
「え、俺が席間違えて座ったから退くのが当然だから…」
「座席表はなかったわ」
イオンを無理やり座らせた少女、ビビアン・コラルリーフは手に込めた力を緩めずイオンを抑えたまま、まっすぐエイジを睨み付けていた。
「新クラスで座席表もない、あとから入ってきたこの男が席を譲れだなんておかしな話じゃないかしら」
「おまえらが今日初めてこのクラスに入ったからっておれ達も新参者ってわけじゃねーよ、自分のさじ加減で話進めんな」
「…ああ、アンタが万年5組の落ちこぼれなのね。本当に存在するとは思わなかった、都市伝説じゃないのね」
「その落ちこぼれと同じクラスになった気分はどうだよ、同士」
エイジとビビアンがクラスの雰囲気を悪くし、今にも殴り合いでも始まるんじゃないかとイオンがおびえギュッと目をつむった瞬間ドアが開いた。
「エイジ、何やってるんだ」
「おはよー、ゼロ!」
さきほどまで無表情だったエイジはパッと笑顔になり、我関せずと前の方に座っていたリノアやブレイクのいる席の近くへと向かった。
「…なんなの」
「痛いよ、もう離して」
「…。」
言われた通りイオンから手を放すと、イオンは困ったように弱弱しい笑顔をビビアンへ向けると彼女はより一層眉間にしわを寄せた。
「アンタがしっかり言い返せば、」
「ご、ごめん…」
「何で謝るのよ」
「あ、ごめ、じゃなくて…あの…」
イオンが言葉を慎重に選んでいると、ビビアンは気分悪いと呟き自分が座っていた席へ戻っていき、イオンは謝罪のかわりにお礼を言うことはできなかった。
「はい、おはようございまーす」
ゼロの後に教室へ入ってきたスーツを着た男が教卓へ立っていた。
「初めまして。今日から赴任し5組担任になったリーリエ・ダズルドールよ。リリィって呼んでねっ」
きゃぴきゃぴとした男はリーリエと名乗ると、クラスはほのかにざわめいた。
「女…?」
「え、男じゃないのか…」
「わかる、わかるわぁ…。初対面の人はだいたい同じ反応するわ。でも大事なのはそんな誰かにカテゴライズされた事柄じゃないの。一番大事なのはハートよ、ハートに正直に生きること。」
身振り手振りが少々オーバー気味なリーリエは、「一年間よろしくねっ!」と口元で人差し指をたてニッと微笑んだ。その姿にエイジとリノアは既視感を感じた。
じわじわと登場人物が増え出してややこしい限りですが、基本的にエイジ、リノア、ブレイク、ゼロを中心とした物語です。