第三話
「ほら、あんまり乱暴に扱わないの。結構デリケートなんだから」
「す、すみません……。初めてだから、どうしすればいいのかまだ分からなくて……」
「大丈夫。慌てずに教えた通りにすればいいだけだから」
ゆうなの声が智和のすぐそばで聞こえてくる。狭く密閉された空間で二人っきり。距離が近いから彼女の息遣いだけではなく体温さえ感じてしまいそうだ。
「そろそろ慣れてきたと思うから……次の段階に進んでみようか?」
言い終わるとゆうなが智和の手を上から握る。
「じゃぁ……イれてみようか」
智和はゆうなに言われるがまま、
「目標をセンターに入れてスイッチ、目標をセンターに入れてスイッチ」
教えられたセリフを口にする。握った操縦桿のトリガーを引くと目の前にあるモニターに映るロボット型の張りぼてがはじけ飛んだ。
「これ、言う必要あるんですか? 先輩」
「射撃練習といえば個人的にこのセリフは外せないね。もっと陰鬱で淡々としているともっといいね」
「……はぁ?」
「一通り基本的な操縦方法は教えたとおもう。呑み込みも悪くないし、そろそろ次のステップに進んでも大丈夫かな」
機体の操作方法――歩き方や武器の使い方、基本的なことをゆうなが一緒にコックピットの中でレクチャーしてくれた。ゆうなが言うには今乗っている機体は外見以外はゲームを始めたときに貰える機体に搭載されてるモノと変わらないらしい。
「ハッチ開けて」
「どこに行くんです?」
「言ったでしょ、次の段階に進めるって」
開いた入口からゆうなが飛び出した。
「ちょっ‼」
立った状態の機体は全長約九メートル。コクピットが胸にあること考えても飛び降りたら無事では済まないはず。
急いでコクピットから顔を出す前に大きな影が遮った。
「あれって……」
見覚えのある灰色の走行にいかにも雑魚そうなモノアイカメラの頭部。ボロボロのマントや肩にミサイルランチャーはつけていないが間違いなく今朝ゆうなと戦っていたロボットだった。
ほんの数メートル先に立つ機体には一つだけ智和も見覚えのあるモノを持っている。装備する本体と同じくらいのあるライフル銃。ゆうなのロボット――シュバルツヴァイツァーが使っていたモノだ。
「こっちの準備も整ったからぼちぼち始めようか」
機体に取り付けられたスピーカーから聞こえた声はやはりゆうなだ。
「朝使ってたヤツとは違いますね」
「さすがにアレは初心者相手に対して大人気ないからあたしも改造してない初期機体
に乗ってるわけ」
「それでも武器は自前のヤツなんですね」
「狙撃銃を持ってないとなんだか調子が良くないんだよね。あ、安心していいよ弾は五発しか装填してないから」
「何をもって安心とするんですか……」
止まっている的に当てるのが精一杯な智和に対して、飛んでくるミサイルを撃ち落としていったゆうな。五発しかないと言っても全て目標を外すことはないはずだ。
「準備もできたし、設定した時間も長くないからそろそろ始めようか」
ゆうなの言葉で智和はもともと何をするのかをやっと思い出した。
「対戦しよう、って言ってましたけどそもそも初心者の自分と先輩とじゃ勝負になんてならないじゃないですか」
「そのための弾数制限だし。ついでに撃った後一分間のインターバルもつけるよ、やったねお得だよ」
接近戦が苦手とゆうな本人が言ってたことを考えてるとこのハンデがあれば自分にも米粒サイズの勝機を感じる。
「わかりました。やりましょう!」
「そうと決まればルールの確認だ。基本は対戦相手の機体を倒すだけ、アクションとかRPGのようなヒットポイントはなし。後は勝負の前に細かーい制限とか今回みたいにハンデを決めたりするよ、今日は気にしないでイイから」
説明しながらゆうなの機体が智和から離れていく。
「一キロ離れるたら合図を送るからそこからスタートね」
「合図ですか?」
「本当だったら審判が出てきてからカウントが始まるけど今日は練習試合みたいなものだから来てくれないんだ」
灰色のロボットがビル群の中に消えていく。ゆうなの声も聞こえなくなったのでしばしの間手持ち無沙汰になってしまった。
ゆうなに教えてもらったことを頭の中で反復しながら自機の装備を見てみる。
ライフルが一丁に弾薬が三百発。近接戦闘用のナイフが一つ。ゆうなのハンデが本当なら六十倍の弾数差がある智和が有利な気がしてきた。
装備の確認が終わりその場を歩いたりジャンプしてたりすると遠くで発砲音がした。ゆうなの用意した合図かと思い動きだそうとしたら、
コツン……、と何かがロボットの頭に落ちてきた。辺りを見回すしてみると後ろのビルに不自然な穴が開いている。
「なんだ、あれ?」
モニター画面をビルの穴に向けてズーム。見た限りもともと開いていたわけではなく銃弾で穿たれたものみたいだ。さっきの合図は空砲じゃなく実弾を撃った来たらしい。今もコンクリート片がぽろぽろと機体の装甲に当たる。
合図が送られてきてたのそろそろ移動しようとした矢先、先ほど見上げていたビルが突然爆発した。
「なっ……⁉」
なんで、と口にする前に今度もコンクリート片が襲ってきた、自動車大の。
次々と迫ってくる特大コンクリート片から急いで逃げる。
そして心に誓った。
「もしかして! これが合図かぁぁぁぁあああああああああああ‼」
絶対この勝負に勝ってゆうなに文句を言ってやる、と。
「さすがに今の爆発で終わりってことは無いよね……」
フィールド内で一番高いビルを陣取るゆうなは心配した。
わかりやすく、なおかつ派手なモノと思って通常弾ではなく炸裂弾を使用した。話ではいないがハンデの一環で現在レーダーの類をカットしているので智和の位置を知ることが出来ない。もしかして落ちてきた瓦礫の下敷きになったのではないかと考えてもみたが、
「おっ、発見!」
湧き上がる土煙とビルの影から出てきた白いロボ。立ち止まってライフル銃撃ってくる。
しかし届かない。
「無理無理。それの射程はこっちの狙撃銃ほど無いからもっと近づかないとね」
ちらりと正面ディスプレイの端に表示されているタイマーを確認する。約束した通り射撃の間隔を一分間あける。そう、射撃の間隔は。
「別に狙撃しかしないなんて言ってないからね」
自分が持つ優位性なんて知ったことか、と言わんばかりに智和の機体目掛けてその場から跳躍した。
「クソ! 全然届かない」
実際に狙ってトリガーを引いてから気付く火器の差。いくら弾を多く持っていても射程内にいないのでは意味がない。
「どうしよう……近づいていけば格好の的だし動かないと攻撃ができない」
軽い手詰まり状態。打開策が見つからないかコクピット内を見回す。残念なことにさっき使ったライフルが智和の持つ最大遠距離攻撃手段だ。あとにはナイフと今見つけ左手に持たせた小さな箱――説明欄には手榴弾と書かれている。
「ん?」
正面モニター右端――小さく表示された戦場の地図――赤い逆三角形が地図の中心にある青い丸にものすごい勢いで近づいてきた。
赤い三角のアイコンは敵のマーク。機体のカメラでゆうな機を捉えるまえに二つの衝撃に襲われた。
一つ目はゆうなの機体が着地してきた時。
二つ目は智和機がゆうなの機体に蹴飛ばされたから。
そして三つ目の衝撃がやってきた。蹴られた智和の機体が背中からビルにぶつかった。
『まさか、遠くからの銃撃戦じゃなく接近戦になるとは思わなかった?』
蹴りを放ったままの姿勢でゆうなの声が聞こえてくる。
『このまま決着をつけてもいいけど、それじゃ面白くないでしょ? 銃を撃つのに少し時間があるからそれまで待ってあげる』
当然の余裕。ゆうなのドヤ顔が目に浮かんでくる。
「くっそー」
操縦桿を握る手にも力が入りトリガーもそのまま引いてしまう。
ピピピッ!
「? ピピピッ……?」
『この音って……ヤバッ‼』
グォォン‼ と低くこもった音ともにゆうなが乗っているロボットの足元が吹き飛んだ。
何が起きたかピンとこない智和だったがさっきまで目にしていた手榴弾が見えないことで今の爆発の原因をなんとなく察した。
これはチャンスか?
目の前には武器を地面に落とし近くのビルに寄りかかっているゆうな機。
一旦距離をとって様子を伺うか?
はたまた攻撃に出ていくか?
せっかくの機会をどのように生かせばいいのかがわからない。
『ん、んんー……まさか爆弾トラップをつかってくるなんて…………』
迷っている間にもゆうなの方は体勢をもどしつつある。
もう迷ってはいられない。
「うぉぉぉぉおおおおおおおおお!」
銃を構えてゆうなに突撃した。残弾数なんて気にせずトリガーを引いたまま一直線に灰色のロボット目掛けて自機を走らせる。
「当たれ! 当たれ! 当たれ!」
ほとんどが狙いを逸れてしまい、やっと命中した弾も装甲にはじかれてダメージを与えきれない。
決定打が出ないうちにゆうなはビルの後ろに隠れながら距離を開けられてしまう。相手をとらえきれず弾薬だけが減っていく。
残弾数二百…………百五十…………百…………
「このままじゃ……負ける」
弾が切れればあとは勝ち目の薄い接近戦しかない。
残弾数が五十を切った。それでも銃弾を撃ち続けないといけない智和に対してゆうなは一定の距離を保ったままだ。
そして残弾が十を下回り、ついに無くなった。
「くそ!」
予想通り、銃口から閃光が出なくなるのを待ち望んでいたゆうなが智和に迫る.
何か使える物はないのか?
焦りながらディスプレイや操縦桿の周りを探す。さっき無自覚に使用した爆弾とナイフが一つ、弾がなくただの鈍器でしかないライフル銃が一丁。
もっと他に今の状況をに決着を付けることのできるものは…………
『弾も尽きたみたいだし、そろそろ終わられようかな!』
「先輩! って速ぇ‼」
これで終わりかと思ったが、ゆうなを見て閃いた。
すぐさま行動に移し、地面に落ちていたソレを拾い上げて構えた。
ソレ――ゆうな愛用のスナイパーライフル。
智和の行動が予想外だったようで動きが止まっている。動かない相手ならば弾を中てることはなんとかできる。それでも百発百中なんかじゃない、外した場合のことを考えると心臓の行動が早鐘を打ったかのように耳に聞こえてくる。
「当たれ!」
トリガーを引く。
炸裂音が鳴り響き銃口から弾丸が吐き出される――はずだった。
「⁉ 弾が出ない!」
いくら人差し指を動かしても銃弾が発射されることはない。原因がわからずにいると、
『相手の武器を奪う着眼点はよかったけど、相手によってはあたしみたいに武器が勝手に使われないようにパスワード付けてることがあるから』
「そんなのあ……」
そんなのありか! と叫ぶこともできずに狙撃銃を取り返され、あっという間に銃口を胸部装甲に突きつけれて、
『ゲームオーバー』
機体コクピットごと撃ち抜かれた。
「負けたー」
ゲーム世界――オーバーワールドから戻ってきた二人はゲームセンター近くの公園にあるベンチに座っていた。
「まぁ、君が知らない情報を使って勝ったからあまりうれしくはないけど」
言いながら手に持っている二つの缶ジュースのうち一つを智和に差し出しゆうな。感謝して受け取る。
「で、どうだった? 実際に対戦してみた感想は」
色々と思い返してみたら智和の中特に強く感じる感情が二つ。
「負けて悔しいですけど…………楽しかったです」
実際にロボットを動かしたとき妙に感動したし、思うままに機体が操作できるのは気持ちが良かった。
「そっか……」
それ以上は特にゆうなからの言葉はなかった。
「あ、そうそうケータイ貸してくれない?」
しばしの沈黙を最初に破ったのはゆうなの方だ。
「何してるんですか?」
「あたしの番号登録してる、と。はい、終わったから返す」
「って、投げないでください」
「もう時間遅いし今日はこれで解散ね」
「今日はって、明日はどーするんですか? また校門の前で待てばいいんですか」
公園から出ようとするゆうなの背中ごしに声を掛ける。
「なんのために電話番号を登録してあげたと思ってるの。明日授業が終わったら連絡するから」
「はぁ、わかりました」
これで本当に用件は終わったとばかりにゆうなは駆け出した。
「じゃ、また明日ね」
「お疲れさ……って速ぇ!」
彼女の背中はみるみるうちに小さくなっていき直ぐに見えなくなった。
「ま、帰るか」