第二話
結果から言えば智和はあの後入学式に参加することはできなかった。体育館に入ろうしたところで智和を探していた担任教師に見つかり、団体行動の大切さ行事の意味などの話を聞かされていたら入学式は終わってしまったのだ。
教室に戻っても、入学式をサボってしまったせいで目立ってしまう。女子からは微妙に避けられ、男子の方は何人か会話したりしたがほとんどの生徒に距離を置かれている気がした。
「サイアクだ……」
しかし、そんな今日も残すところあと数分で終わりだ。
「今日は以上で終わります。明日から授業が始まりますので皆さん遅刻したり、サボったりしないように」
言葉が突き刺さるの気のせいではないと思う智和。
そんなこんなでチャイムが鳴なってくれた。救われた思いですぐに荷物をまとめて教師を出ると一目散に校門を目指した。
下校途中の生徒がちらほら見る中で肝心の先輩はまだいない。しかたなしに校門の近くで待つことに。
――十分後。
まだ来ない。
――――三十分後。
来る気配がない。
――――――一時間後。
正直来ないんじゃないだろうか、智和はそう考えながら校舎と校門を交互に見る。
今日はもう帰って明日昼休みにでも二年の教室を探して先輩に話を聞くということもできる。
しかしだ、今回体験したことの詳細を聞かなければ悶々とした気持ちのままでいなければならい。そんなジレンマに次の行動がとれない智和に待ち望んだ声が耳に届いた。
「ごめんごめん、待たせちゃった」
声の主、ゆうなは言葉とは裏腹に悪びれた様子もなくゆっくり歩いてきた。
「一時間くらいは」
「じゃっ行こうか」
「スルー……ってどこに?」
「ちょっとお腹すいたし、立ち話もなんだからどっかのお店に寄らない?」
「……わかった」
そうして二人は高校近くにあるファストフード店に。注文を終え商品を受け取り二人はテーブル席に向かい合って座った。
「さてと、なにから話したらいいかな」
フライドポテトをつまみながらゆうなが話を切り出した。
「なにからって、初めからでお願いします」
智和はハンバーガーにかぶりつく。
「簡単に言えば、互いのロボットに乗って対戦するゲーム」
「それは何となくわかるけど」
彼女の言葉とさきの戦闘――ゲーム内容からおおよその予想はしていたがそれでも全然わからないことばかりだ。例えば、
「なんで戦い終わった後建物とかグランドが壊れていたのが元通りになっているんです? 他にもゲーム中? には人が誰もいないようでしたけど……」
「じゃあ、ちょっと話は長いからわからないとこがあったらその都度訊いてね」
こほん、とわざとらしい咳ばらいてからしゆうなは話し始めた。
「今朝私たちがしていたゲームは『オーバーワールド』っていう自分たちで造ったりしたロボットを使って競い合うものなの」
「競い合うね……」
「実際に見てもらった通り、アニメとかに出てきそうな人型二足歩行がメインのね。」
「ですけど、あんなロボットが造られて、ましてや一般人が購入できるなんてニュースなんて聞いたことがないですよ?」
「そうだね。だけどほんの十数年前に別世界がが発見されたのは知ってるよね?」
「もちろん、多次元世界の存在ですよね」
多次元世界――簡単に言えばパラレルワールド、もはや小説やアニメなどのSFではお馴染みの、というより使いふるされた古典の代物――はゆうながいったように二十一世紀初頭いまより十年以上も前に日本人の科学者によって初めて観測に成功した。
「でも、発見されただけでそれ以降発展がなかったんじゃないでしたっけ?」
実際に観測はされ世紀の大発見と称され話題にもなったがそれ以降大きな進展を智和は耳にしたことはない。
「そうでもない」
「?」
「らしい、というのはどうもこのゲームはそこら辺の技術を使ってるみたいなんだよね」
「じゃあ、あのゲームって別世界に行っているってことですか?」
「んん~~、厳密に違うらしいけど大まかにはそういうことなのかな?」
「なんか釈然としない言い方ですね」
「正直そこら辺のこと、説明するって言ったけど興味のないことだから詳しくない」
「えぇ……なんだかいい加減だ」
「まぁバトルが楽しいのが一番の理由だしね、それよりも!」
話の途中でゆうながいきなり紙コップを持って立ち上がった。
「食べ終わったしそろそろ出ようか」
「えっ! ちょっと待て、すぐに食べるから」
慌てて自分が注文した商品を腹の中に収めていく。そんな智和を尻目に店から出ていくゆうな。 急いで外に出るとゆうなは入口の近くで携帯端末を片手に待っていてくれた。
「一体どこに行くつもりなんですか?」
「ん、長々と話を続けるよりも実際に体験するのが一番な気がするから、これからオーバーワールドの世界に行かない?」
「そんな簡単に行き来できるものなんです?」
「そーしないとゲームにならないでしょ。ほら、対戦するには最初に登録が必要になるから、さっさと移動!」
「移動って……」
それよりも気になる言葉が、
「先輩、対戦って言ってましたけど誰と誰が戦うんです?」
疑問を口にすると至極まじめな顔をして智和を指さし、
「君と」
その後そのまま指を自身に向けた。
「もちろん、あたしに決まってんじゃない」
「ここって、ゲームセンターですか?」
「そうだけど、何か問題でもあった?」
大音量の音楽に入口には豊富なクレーンゲームや格闘ゲームの筐体等が豊富に置かれたフロア。ここは智和が口にしたように御倉高校の近くにあるそこそこ規模の大きいゲームセンターだ。
「もっと専門ショップとかがあるのかと思ってました」
「そうなんだ。ちなみに、あたしたちが向かうの二階のほうね」
建物の中央に位置するエスカレーターで二階のフロアへ。そこには受付と書かれたカウンターに女性が二人並んでおり隣には大きな扉が閉まっている。
「ごめん、先に済ませたい用事があるからちょっとここら辺でまっててくれない?」
「いいですよ」
「すぐに済ませてくるから」
そう言い残してゆうなはカウンターに向かった。初めて来た場所なので何かするでもなくきょろきょろ辺りを見回す。下はからの陽気な音が二階にいる智和の耳にも届いてくる。それに比べてここは特にゲーム機を設置していないみたいなので騒がしくない。おまけに人も数えることが出来る程度。
時間帯のせいなのかやはり学生がほとんどで制服姿が多い。しかしそんな中で一際目立つ女性がいる。
「白衣? ってなんかのコスプレとか?」
真っ白で裾の長い漫画とかドラマで医者が来てそうな白衣を着ている。場所とのミスマッチさも相まって余計に智和の目を引いた。
そんな彼女は足元が覚束ないのかフラフラと通りを歩いていたが、しばらくしてその場で倒れこんでしまった。
あまりのことで智和はその場で棒立ちになってしまったがすぐさま倒れた女性に近づいて様子を見た。
「あの~、大丈夫ですか?」
恐る恐る声を掛けてみる。返事はない。もしかしたら病気なのか? すぐに救急車を呼ぶべきなのか? それよりもスタッフに連絡を? と頭の中で考えていると、
「やばい! こけてそのまま寝ちゃうとことだった!」
目の前でうつぶせになっていた人物は勢いよく立ち上がった。
「……急に倒れたみたいですけど大丈夫ですか?」
「ああ、ただ単につまずいて転んだだけで特に怪我はないよ」
「でも声を掛けたのに反応するのまでだいぶ時間がかかりましたけど頭とか打ってません?」
「いや~最近徹夜が続いてしまってね……寝てないせいかうつぶせになった拍子に少し寝てしまったようだね」
そう説明すると豪快に笑いだした。
「おおっと」
元気にみえたが徹夜続きらしいのでまた倒れそうなる。
「立って話すのもなんですからそこのベンチに座りませんか」
「ああ、そうだね」
自動販売機の隣にあるベンチに女性を座らせた。
「さてと、改めて礼をいうよ、ありがとう」
「いえ、べつに自分はなにもしてないですし怪我とかしていないようなので安心しました」
「……そうか君がそういうのであればこれ以上感謝の言葉を口にしても君がこまるだけだな。じゃあ、自己紹介をしよう」
そう言いつつ胸ポケットから名刺を取り出した。
「私の名前は久石弘。ゲーム『オーバーワールド』のロボットをデザインする仕事をやってる。君の名前は?」
「自分は御倉高校の中村智和です」
「中村、智和君ね。君は『オーバーワールド』のプレイヤー?」
「いや遊んだことはないです。そもそもこのゲームのことだって今朝知ったばかりです」
「そっか、未経験者なのか、じゃぁ今から登録するところだった?」
「え? 登録って何をするんです?」
「ゲーム内でのプレイヤーネームとか初期機体の選択とかかな。そのときに詳しいルールとかの説明もあるから」
「へぇー」
「あそこの受付で初めてプレイすること伝えたら料金を払ってそのまま登録の流れになるから」
「待ってください、お金がかかるんですか?」
「そりゃもちろん、ゲームだからね」
料金がかかるなんて露ほどにも考えていなかった智和はすぐさまに財布の中身を確認した。
「いくらですか?」
「登録に五百円、一カ月のプレイパスが千五百円かな。君は初めてだから初回のサービス対象だから千円だね」
「ぎりぎりかぁ……」
次のお小遣いのことを考えると無理してまで遊ぶべきか思い悩んでいると、
「ふむ、料金が足りないのかい?」
「ええ、先輩に連れてきてもらったんですけど財布事情をおもうと微妙なラインで……」
「ならば初回の料金を私が出そう」
久石が思いもしないことを提案してきた。
「ええ‼ 悪いですよ、今日知り合ったばかりの人にお金を出してもらうなんて」
「そうだが……そうだ! それなら私の頼みごとを引き受ける条件にプレイ料金を支払う、というのはどうかね?」
「それなら――」
ちょっとしたアルバイトみたいなもんか、と捉えて内容を訊いてみた。
「君が初回選択するパートナー機体を私が設計したモノを選んで使うだけだ。このゲームは戦ってポイントを稼いでいくんだけど、ポイントを貯めて別のロボットを買ったり造ったりすることができる。もしも私の機体が気に入らないならポイントを使って別の機体に乗り換えても構わない。そんな条件だけどどうだい?」
「それだけですか?」
「それと稼働データを採らせて貰うくらいかな、もちろん私の仕事場にわざわざ足を運んでもらうことはないし、データを自動転送するだけだから安心していい」
少しだけ考えてみたが結局自分には損がないみたいなので彼女の申し出をありがたくうけることしにた。
「ありがとう、では早速登録をすませよう」
言うが早いが受付の女性に話しかけると久石は智和を連れて小さな部屋に入っていった。
六畳ほどの狭い部屋には窓も腰かけるための椅子もなにもない。
「もう少しすると移動するから,その前にこれを渡しておく」
「これは……携帯端末用のフラッシュメモリーですか?」
「そうそう本当は登録の最後に渡されるのもなんだけど先にこれを充電口に挿してて。サイズは変換器がついてるから問題ないはず」
指示された通りにすると、今度は端末の画面からアプリインストールの許可を求める表示が出てきた。
「アプリを入れればいいんですか?」
「まだインストールの許可は出さないでね。もうちょいだから」
久石がそう口にした後、今朝ゆうなの手を初めて握ったときに感じた妙な上昇する感覚が智和に降りかかってきた。
「さっ、アプリの許可を出していいよ。そのままこっちについて来て」
歩き出した久石の先は部屋の奥。
「ついて来てなんて言ってますけど、どこも行けないじゃ……」
ないですか、と続ける前に智和は部屋の壁に奥へ行くための扉が現れたのを見た。
「そんなに歩かないからはやくこっちに来なよ」
「……わかりました」
これ以上驚くと身体がもちそうにないので黙って小部屋を後にした。
「で、でけぇ……!」
廊下を歩いてついた先にはコンサートホールのよう奥行きのある場所だった。智和にはよくわからないもので辺りは溢れている。だが一か所だけステージのように段になっている所にはなにも無かった。
「インストールは終わったかい? 準備が終わったらそこにおいてあるパソコンの前に立っててくれない」
彼女の指示に従って行動する。
「初期設定はこっちで終わらせたから、君をこっちで用意した機体にユーザー登録を済ませるだけでいい。そろそろなんだけど……」
「そろそろ?」
「ああ、君に渡す機体が転送されるはずなんだけど……お、来た来た!」
青白い光が辺りを埋め尽くした。収まるとそこには一体のロボットが現れた。
「見た限りではどこにも不備はないみたいだね。じゃあさっさとコックピットに行って操縦者の登録をしてくれない」
「場所はどのあたりですか?」
「胸のところ。いまハッチを開くから」
彼女の言葉に通り機体の胸部分が開きコックピットに行けるように紐が垂れてきた。先端に足を乗せることが出来るようになっており、智和が足を掛け紐につかまると自動で巻き上がり操縦室まで運んでくれた。
見たところコックピットは今朝乗せてもらったゆうなの機体シュバルツヴァイツァーと同じらしい。中に入り着席すると扉が閉まり真っ暗になった。少し経って目の前が明るくなり正面ディスプレイに外の様子が映し出された。
『大丈夫? きちんと起動してる?』
声の主は久石だ。手には自前のものらしいゴツイ携帯を持ち それでこちらに通信している。
「えっと……中の電源が入っていま久石さんの姿が見えます」
「その画面の下に小さなパネルがあるはずなんだけどわかる?」
言われるままに視線を落とすと確かに言われたモノがあった。
「そこに手を置いたら認証登録されるから終わったら戻ってきて」
そこで彼女からの通信は切れた。片手分の幅しかないパネルに右手を添える。するとすぐに画面が光り、ピピィーと電子音がした。どうやら終わったようだ。コックピットの入口も開いたので久石のもとへ。
「これであとはチュートリアルを聞いて対戦をするわけなんだけど……。ちょっと用事できちゃってこの後のことは一人で進めててくれない?」
「それはわかりましたけど、お金はどうすればいいですか?」
「その点は大丈夫、さっき受付の人に払っているから。今月は料金の支払いはいらないよ」
「そうなんですね、ありがとうございます」
「なぁにデータを採らせてもらうからこのくらいは当然。私はゲームセンターに戻るけど君はどうする?」
そう訊かれた智和はゲームセンターの言葉を聞いてあることを思い出した。
「ああ! 先輩のこと完全に忘れてた‼」
急いで時間を確認する。ゆうなと別れてから二十分ほど。
「そういえば先輩が連れてきたってと言ってたんね。では一緒に戻ろうか」
「はい」
智和たちはすぐさまその場を後にした。
「へぇー、君ってば人が用事をこなしてる間にナンパとかする人なんだ」
再開したゆうなの開口一番がこれである。
「違いますよ! 急に久石さんが倒れたから少し介抱してただけですよ!」
智和たちがゲームの登録をしている間ゆうなは辺りを探していたらしい。智和を見つけたときは安心したような表情をしていたのに一緒にいる久石を目にしてから態度が微妙に冷めた感じになった。
「それじゃ私は知り合いを待たせているのこれで失礼」
「久石さん逃げずに事情を先輩に説明してくださいよ」
「めんどくさいからなぁ……」
少し考え込んで、
「そうだな、彼はナンパなどしていない」
「久石さん!」
「じゃあ二人で何をしてたんです?」
「私が中村君をナンパして、彼はホイホイとついてきただけだ!」
「なにデタラメ吹聴してるんですか⁉」
「やっぱ、そんなところよね……」
一層視線が鋭くなった気がする。
「まあ、冗談はこのくらいにして、と。私は久石弘。『オーバーワールド』でマシンデザイナーをしている者なんだが、縁あって彼に私が造った機体のテスターになって貰ったんだ。さっきまで初回の登録をしてたんだ」
「えっ? デザイナー? 登録してたの?」
「じゃっ、説明義務は果たした私はクールに去ります」
ゆうなが話を理解するまえに久石は早口でまくし立てると早々にその場から逃げ出した。
「あっ……」
「行っちゃた……まぁ、、話してくれたことが本当なら手間を省いてくれたみたいだし良しとしますか」
それでもゆうなは納得してくれた様だ。
「念のため携帯見せてくれない?」
智和から受け取った携帯画面を確認し、
「ちょっと寄り道が過ぎたけどこれで最初の予定に進むことができるね」
「予定ってなんでしたっけ?」