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暁に星を見るもの  作者: 春夏冬秋茄子
第二章 機械人形は水上都市で微笑む
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天道虫と虹


 「ヘイヘイ!ダムダムダムダムダムダム!!」

 クロノ達がベールとの戦闘を開始したその頃。クロノ達の遥か後方の戦場。そこでは『黎明の水禍』メルビレイとハマリエル、そしてタイラントによって投擲された二人の戦闘が行われていた。



 すぐ目に付くのは透き通った水色の髪の幼女がとてつもない巨躯のメルビレイと対等に渡り合っているところだろう。

 メルビレイが魚の様な尾びれを打ち、都市を呑み込まんほどの大津波を巻き起こせば、幼女がそれを越える高さの氷の堤を形成し、受け止め、黒雲を呼び出し、荒れ狂う嵐を出現させれば、幼女の横に浮いた水瓶が黒雲を吸い込み、太陽を露わにする。

 まさに人外の戦い。人など介入すれば即座に巻き込まれて湖の魚の餌になるであろう。



 メルビレイが一際大きく息を吸い込み、膨大な水流をその咢から吐き出す。しかしそれはウォーターカッターに鋭く、水面を斬り裂くように進んだ。



 「スウちゃんにはそんなの効かないんだからっ!【凍結(フリーズ)】!」

 瞬く間にメルビレイが吐き出した水流が白く凍りつき、湖面に氷山が形作られる。メルビレイは慌てて水流の放出を止め、忌々しそうに幼女――水瓶の乙女、サダルスウト――を睨んだ。




 「オオオオオオオオオオ!!」

 メルビレイが憎悪を滾らせ、咆哮を上げる。メルビレイはこんな小さい生物が自分の力に抵抗していることが不満でならなかった。メルビレイはかつて二匹の竜王と互角に渡り合い、世界を蹂躙した魔物の一匹である。いかに封印によってその力を弱められていようともその力に自負があったのだ。それがこんな卑小な生物に邪魔をされ、しかもその相手を倒すことも儘ならない。メルビレイの中では酷く黒い感情が自信の起こす嵐のように渦巻いていた。




 「オオオオオオオオオオ!!」

 再びの咆哮。そして今度は相手を威圧するだけでなく、メルビレイは展開した嵐の術式から黒い稲妻を迸らせる。それと同時に巨躯をうねらせ、暴風の如くサダルスウトに迫る。




 「おぉっと!雷はちょっと苦手だよー!」

 原初の魔物に憎悪を向けられる当の本人、サダルスウトはそんな風に言いながらもあっけらかんとした様子で障壁を多重展開させ、稲妻を空へと逸らす。迫って来た巨躯に対しては瞬時に空中を翔け、踊るようにしてその突進を躱した。




 「それっ!」

 今度はメルビレイの上空を取ったサダルスウトが好機とばかりに数え切れないほどの氷柱を降らせる。しかしそこはメルビレイも原初の魔物。背に生える無数の水晶のような棘を打ち出して全てを迎撃した。




 「むむむ!中々やりおる!」

 見事に攻撃を無効化されたサダルスウトは眉を寄せて唸った。

 極大魔法級の攻撃が飛び交い、お互いがそれを誤ることなく対処していく。原初の魔物と水瓶の乙女の戦いは拮抗したまま、ひたすら苛烈になっていった。





 一方、その場所より少し離れた場所でもう一つの戦いが起こっていた。

 しかしこちらはメルビレイとサダルスウトの戦いとは様相を異にする。

 圧倒的過ぎたのだ。



 「ハアッ!」

 華麗な装飾がなされた銀色の曲刀が振るわれる。しかしその剣閃は余りにも遅い。



 「――ガッ!」

 曲刀を振るった襤褸のようなローブを身に纏った男はその攻撃を素手でいなされ、鳩尾に蹴りを食らって吹っ飛んだ。男は魔法具であるブーツを使って何とか体勢を整え、空中に留まる。



 「ウハッ!ダッセーぜ!ライヤー!もろに食らってやんの!」

 「かはッ!――ッ!うっさいわ!こっちだって避けれるもんなら避けとるわ!」

 男――ライヤー――の手に持った曲刀がまるで他人事のように笑う。ライヤーは自ら持ち主の事を全く心配しない不義理な曲刀に悪態を吐きつつ、構え直した。

 ライヤーのローブは戦闘が始まった時よりも尚みすぼらしくなっており、引き裂かれた布地からは血が滲む。最初は目深に被っていたフードも戦闘の内に捲れ、今では金髪碧眼の整った容姿を曝け出していた。




 「ハァン?期待外れだわぁ。メルビレイをぶっ飛ばしたのには驚いたけど、所詮はお嬢ちゃんだけが規格外ってオチぃ?」

 心底退屈そうな声を上げるのはハマリエルだ。こちらの方はライヤーとは打って変わってその白磁の肌に傷一つなく、気だるげにあくびをしている。ハマリエルはこの戦闘が始まってからここまで全くと言って良いほど力を使っていなかった。武器も使わず、ライヤーを素手で相手取っているのがいい証拠である。



 「ウハハ!そこのネェちゃんは退屈みたいだぜ?ライヤー?」

 「阿呆!こちとら魔法職やぞ!どこぞの馬鹿と違って剣術なんぞたかが知れとるわ!」

 「あらぁ!貴方魔法使いなのぉ?それならいいわよぉ!ほらほらぁ!得意の魔法を使いなさぁい」

 ライヤーに対して興味を失いかけていたハマリエルがその言葉を聞いて嬉しそうに笑う。その歪んだ思考さえなければ見惚れてしましそうな美しいものだ。

 ハマリエルはほらほらと急かすような期待の眼差しでライヤーを見た。




 「……悪いな。訳あって魔法は今使えんのや。これで堪忍してぇな」

 「なんだぁ。ポンコツじゃない」

 ライヤーはそう言いながら曲刀を示す。ライヤーの返しにハマリエルは完全に興味を失った。体術も剣術も未熟、その上魔法職のくせに魔法が使えないとなればそうなるのも当然の成り行きといえた。




 「凡骨(ポンコツ)上等。そういうのには慣れとるからな!ポンコツでもボンクラでもどんとこいや!」

 「ウハハ!イィねぇライヤー!イブシ銀だぜえ!」

 「……私、貴方達とはちょっとお友達になれそうにないわぁ」

 そう言うが早いかハマリエルは魔法陣を構成し、ライヤーへと放つ。風の鞭が撓る様に走り、ライヤーのの体を両断せんとうねりを上げて迫る。ライヤーは間一髪のところで曲刀を魔法と体の間に滑り込ませ、それを防いだ。しかしそのせいで服は胸元から大きく切り裂かれ、ライヤー自身も再び吹き飛ばされる。



 「あっぶなっ!!話を聞かんかい!!」

 「あらぁ……貴方、それ……」

 怒声を上げるライヤーに追撃をしようとしたハマリエルはライヤーの胸元から零れたペンダントを目にしてその動きを止めた。それは黒鉄に刻まれた点と線の印章。これを見たのがクロノであったならばすぐにそれが何を示しているか理解しただろう。

 右上には孤高に輝く一つ星。そこから左下には線で結ばれた柄杓のような七つの星が輝く。北極星と北斗七星である。作成者のこだわりであるのか柄杓の先端から二つ目の星、ミザールと呼ばれるその星に添う伴星さえも丁寧に刻みこまれている。この世界では存在するはずのない星座だ。

 しかしハマリエルはこれを他の印章として知っていた。




 「聖女の印章……まさか!……ふ、ふふふふ。まさか逃げ出していたというのかしらぁ?ふ、ふ、ふふふ!!私、急に貴方に興味が沸いたわぁ?魔法の使えない魔法使いさん。聖女の使い(レディバード)は辞めたのぉ?」

 「はん!聖女の使いは休業中や!誰かさんのせえでなァ!これはレプリカや。大切なもんは全部あっちにおいてきたからな!今は『天を仰ぐ者(アンカンシエル)』いうのをやっとる!覚えときぃ」

 「アハハハハハ!やっぱり本物なのねぇ?」

ハマリエルは心底愉快そうに笑う。そんなハマリエルにライヤーは苛立った様子で舌打ちと共に言葉を返した。



 「アハハハハハ!本当に忌々しい虫ケラ!!あそこから出て来るなんて生命力だけは一丁前なのねぇ?まあ天道虫(レディバード)(アンカンシエル)も虫ケラに変わりないけどぉ」

 「はっ!そうやって馬鹿にしとればええ!確かにワイらは何一つ救えんかった虫ケラやけどなァ。それでもワイらにも矜持がある!ワイらは虫ケラは虫ケラでもお前らみたいな世界の欠陥(バグ)を喰らう虫ケラ(バグ)や!!」

 ライヤーが堂々とそう宣言する。しかしそんなライヤーに向けてハマリエルは薄く微笑んだ。それは嗜虐の笑み。ライヤーのその決然たる宣言は悲劇たる喜劇を好むこの白翼の天使にとって絶望を濃くするスパイスにしか感じられなかったからだ。




 「ふふふ。ではそんな私達に何も出来ないまま惨めに蹂躙されたら貴方は一体どんな顔をしてくれるのかしらぁ?……ねぇ?」

 ハマリエルが恍惚としてそんな言葉を呟いた刹那。無数の地割れを起こし、魔物を生み出し続けていた精霊島が地響きと共に砕け、島の直径程もあろう極太の光線が地の下から放たれた。




 「スウ!!」

 ライナーが慌てて声を上げるが既にそれは手遅れだった。強大な光線が破壊を伴いながら、サダルスウトをメルビレイごと呑み込んだのだ。光線は数十秒の間放出され続け、空を穿って黒雲を辺りへ撒き散らす。

その光線を放ったものの正体をライヤーは既に湖に沈んだ精霊島が元々存在していた場所に見つける。




 ――鯨。

 それも今までサダルスウトが相手にしていたものとは比較にならない程の巨大さである。

 巨体を躍らせて地の底から這い出てきたそれは岩礁のような水晶の園を背に散らし、羽ばたくヒレは大鳥の如く、老獪な策士を思わせる知性を示すその目は湖を泳ぐ小さき者達を睥睨し、きらきらと銀に揺らめく長い髭に威厳を纏いながら宙を悠々と泳ぐ。

 光線を放ったであろうその口は街一つを容易に飲み干せるほどであろう。

 しかし特筆すべきは彼の鯨の頭その頭からは細い魔力の糸が無数に生えており、その先端には先程サダルスウトが戦っていたはずの龍蛇のようなメルビレイが幾つも舞っているのだ。その姿はアンコウを彷彿とさせる。




 「……疑似餌」

 「アハハハハハ!あなたの言う通り!これであのお嬢ちゃんは終わり。これが本当のメルビレイよぉ!アハハハハハ!」

 ぎりりと奥歯を噛みしめるライヤーにハマリエルは明朗に答えを返す。

 そう。サダルスウトが戦っていたそれはメルビレイの体のほんの一部でしかなかったのだ。敵を疲弊させ、或いは今回のように不意を打つための餌。それが本体から伸びる龍蛇のようなメルビレイの役目であった。



 「アハハハハハ!悔しい?悲しい?それとも憎いのかしらぁ?あぁイイ。感情は最高の舞台演出よぉ!でもこれだけじゃまだ終わらせてあげないのぉ」

 そう言ってハマリエルは遠く彼方のアルカヴィルシオの方角を指した。ライヤーはつられてそちらに目を向ける。



 そこにあったのはアルカヴィルシオの上空に現れた巨大な魔法陣とそこから飛び出してくる無数の空飛ぶ魔物達の姿であった。




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『輝き仰ぐ者』→『天を仰ぐ者』

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