覚醒
「なッ!?」
突然出現した亀の甲羅の様な六角形を組み合わせた光の壁にクロノは驚いて急停止したがオーガキングは止まれなかったのかそのまま突破しようとしたのかは分からないが正面から壁へとぶち当たった。
しかし展開された光の壁は砕けるどころか揺らぎもせず、突っ込んだオーガキングだけがべしゃりと嫌な音を立てて弾かれた。
ダリアか!?と思って後ろを振り向くがダリアは何もしていない。その横でこの魔法を発動したであろう魔法陣を前にしてアルレシャが眩く体全体で発光しながら宙に浮いていた。
「アルレシャ!?」
クロノは戸惑いながらアルレシャに声を掛ける。
アルレシャはそれに答えるようにしっぽを波打たせた。その体にはもう傷一つなく、溢れ出るような生命力に満ちている。
オーガキングは叩き割ろうと拳を打ち付けているが光の壁は微動だにする気配もない。
まさか本当にこれはアルレシャがやったのか!?
クロノは慌てて『転生の書』取り出し、そのログを確認する。
――【アルレシャ】の要請により【星使接続】を発動しました。
【クロノ】から【アルレシャ】にMPが移譲されます。
【アルレシャ】が【高位光壁】を発動しました。
【高位光壁】が【書庫】に登録されました。
【アルレシャ】が【鑑定】・【魔力検知】を複合し、【構造把握】を習得しました。
【アルレシャ】が【構造把握】を使用しました。
【構造把握】が【書庫】に登録されました。
【アルレシャ】が【魔法強化】・【防御強化】・【高位障壁】を複合し、【障壁強化】を習得しました。
【アルレシャ】が【障壁強化】を使用しました。
【障壁強化】が【書庫】に登録されました。
【アルレシャ】が【構造把握】・【障壁強化】・【魔法強化】を複合し、【構造強化】を習得しました。
【アルレシャ】が【構造強化】を発動しました。
【構造強化】が【書庫】に登録されました。
【アルレシャ】が――――――
――なんだこれ!?
ものすごい勢いでログが流れていく。いくらアルレシャのMPと『吸血鬼』化してステータス上昇したクロノのMPを足したと言ってもこの量の魔法の連続発動に耐えられるわけがない。
しかし現実に魔法は発動しているし、アルレシャもクロノもMP切れで倒れたりなどしていない。
本当に何が何だか分からない。
そうこうしているうちに何時の間にかアルレシャがクロノの横に並び、クロノのほうを見る。
その瞳は任せてと言わんばかりに自信に満ち溢れきらきらと輝いている。
「あーもうどうとでもなれ!アルレシャあいつを倒すぞ!」
もうこうなったら成り行きに任せてしまうしかない。クロノが光の壁の向こうのオーガキングをキッと睨みながら言うとアルレシャは答えるようにその美しいひれをはためかせた。
「……フ、フフフフフ。面白い。面白いぞ!我が半身!こんなに高ぶったのは五百年前以来だ。どれ少し手助けをしてやろう。存分にその力を示すがいい。我が半身とそれに付き従う小さき者よ。」
それまで何も言わずに立っていたダリアがいきなり愉快そうな様子でそんなことをいった。
ダリアが笑った!?あの氷の女王とまで言われたダリアが!?しかも手助けまでしてくれる?
知らない!こんなイベントは『ワールドクロニクル』存在しない!!
クロノがダリアの行動に気を取られている間にも俺の頭上数メートルまで飛び上がったアルレシャはその背に巨大な魔法陣を形成している。
先程同様驚異的なスピードでログが流れ、俺からアルレシャに魔力が流れていくのが分かった。
「【闇】よ、万物を等しく包み込む【昏き闇】よ。【漆黒の鎖】と為りて我が敵を【拘束せよ】。――『創造術式』【逃れ得ぬ奈落の茨】。」
発動されたダリアの魔法により光壁の向こうにいたオーガキングとその取り巻きたちが地面から現れた黒い茨に巻きつかれ動きを止める。オーガキング達はそれを引き千切ろうともがくがその棘がさらに深く食い込むだけである。
かと思えば今度は頭上で爆発的な発光が起こる。慌てて空を見上げると先程の何倍も大きい六つの魔法陣を内包した複雑怪奇な魔法陣が出現しており、その中心でアルレシャが光の粒子となって溶けていく。
「なッ!」
アルレシャが粒子となって溶け切り、魔法陣が消失した後、そこに残ったのは空間自体を穿ったような大穴である。
そこから夜空の星々の様な無数の光と共に現れたのは神聖な雰囲気を醸し出す龍の首だった。
最早言葉にもならない。
目を落とした『転生の書』のログに記されていたのは、
――【アルレシャ】が【星神回帰】を発動しました。
【星神アルレシャ】が顕現しました。
あれがアルレシャの本来の姿だっていうのか!?
【双魚宮】なんていいながら思いっきり龍じゃないか!
しかもなんだあのえげつない威圧感はオーガキングが可愛く見えるくらいだ。
顕現した龍の咢がゆっくりと開かれてゆく。そこから濃密な魔力が漏れ出ているのが分かる。【星使接続】を伝ってごっそりと体内の魔力が失われていく。
クロノはぼうっとなりそうな意識を押しとどめ、足に力を込め踏ん張った。
アルレシャの大きく開かれた咢から光が迸るのと同時に前方に大小無数の魔法陣が一直線に形成される。
そして魔法陣の形成が止まった瞬間、虹色の光の奔流が放たれた。
光の奔流は魔法陣を通過するごとに加速し、威力を増大させながら進む。
空間を歪めるほどの一撃は拘束されていたオークキングたちを一瞬で蒸発させる。
しかし加速した攻撃はそれだけに止まらず、森を巻き込みながら一線に駆け、遠い地平の彼方まで届くと重力などものともせず星々へと届かんばかりに天へと昇り――、そこでやっと力を失い、打ち消えた。
クロノはただただ愕然とし立ち竦む。
目の前には大地を大きく抉り、海まで到達した災禍の跡が広がるばかりである。
「フ、ハハハ!予想外、いやそれ以上だ!我が半身よ!」
悪戯な笑みを浮かべながらダリアが近づいてくる。
「いったい――!?」
これはどういうことだ!と叫ぼうとしたが体から力が一気に抜け、踏ん張りが効かなくなる。
ダリアは倒れるクロノの体を支えるとその胸にクロノの頭を抱いた。
クロノは顔に当たる感触によって再び言葉を紡ぐことが出来なくなり、そのうち頭に靄がかかったように何も考えられなくなった。
「ふむ。急激な魔力の減少による反動か。」
ダリアはそう言うとクロノを地面に横たえる。
今にも消えてしまいそうな意識の中クロノはダリアを見上げる。
「ならば今は眠るといい。」
薄れゆく意識の狭間で見たダリアの顔は冷酷といわれたものとは程遠く、優しく慈愛に満ちた微笑みを浮かべていた。
その顔は反則だろ、とクロノは思ったが最早落ちていく意識を止めることは出来ない。
そしてクロノの頬を撫でるようにして添えられたダリアの左手の指にある銀の光に目を奪われたところでクロノは完全にその意識を手放した。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
これでプロローグ終了です。
次回から第一章を開始します。
これからもどうぞよろしくお願い致します。