ゴンドラ
「ふわぁ、船がたくさんですね」
港へと降り立ったアルレシャが発した言葉だ。港にはクリムワース号の他に同型の客船が数隻、クロノ達が乗って来た客船とは違い大量の物資を運ぶことのできる中型の運搬船が十数隻、そして奥の街へと続く水路の方には張り巡らされた水路の渡しとなるゴンドラのような小舟がこちらは無数に停められている。
港の隣には工廠がありそこに居並ぶ船舶を考えれば百隻では足りない程の数である。初めて見るものには圧巻の光景であろう。クリムワース号と同型の船が何隻もある時点で既に驚きだが。
「本当に水の中に街があるみたいね」
「確かにこれはすごいのだよ」
ルトナとマッキーは水際で『水中迷宮』を見ているようだ。水晶のように透明度の高い水はかなり深くまで水中を見通すことが出来る。
水の中に沈み込んだ四つの尖塔の先にあるのは巨大な塔だ。それを囲うように中身をくり抜いたような円筒状の塔が存在する。上から見ると弓道の的のような形だ。
内側にある塔が『主塔』と呼ばれる魔法具としての役割を果たす部分だったらしい。周りの円筒状の塔は『外郭塔』と呼ばれ、主塔を建造するための補助的な役割として作られたものだという。主塔と外郭塔は繋がっており、十字に連絡橋のような通路が伸びている。その中ほどにスノードームのような透明な物質で囲まれた都市が存在あり、これは塔を建造するときに使用されたものが都市化したという説が一般的だ。スノードームのような構造も高所で人が生活可能なように環境調整の役割があったという。
クロノとアルレシャもルトナ達と一緒になって水の中を覗き込んだ。
湖の方から流れてきてこちらに住み着いたのか魚達が群れを成して水中を泳ぎ回っている。
水上から覗くだけならまるで世に聞く竜宮城である。まあ中は迷宮化しているためそんないいものではないのだが。
「世界は広いのね。こんなところがあるなんて」
「ですね。驚いてばかりです」
感慨に浸っているルトナにアルレシャが同意する。確かに観光としてくるならここは最適の場所である。
「とりあえずどうするか……」
一方、クロノは今後の予定を考える。宿は早めに決めておいた方がいいだろう。冒険者ギルドにも用があるし、闇オークションの情報も集めるないといけない。観光以外にもやることはたくさんある。
街へ続く水路の方を見るとゴンドラのような小舟の乗り場の隣に観光案内の看板があった。中々大きな建物だ。貴族の使いが利用していることから信頼度は高いように思われる。とりあえずあそこで街の情報を仕入れるのがいいだろう。
「よっし!まずは情報収集からかな」
クロノはそういうと二人と一匹を連れて歩き始めた――。
アルカヴィルシオ中央にある巨大な塔、通称『議会塔』中心としていくつかのブロックに分けられる。まず『議会塔』を囲んだ円形のビル群が『行政ブロック』。行政ブロックではアルカスの運営に携わる人たちの仕事場や他国の大使館、新エルクニア連合の連合本部、商業ギルド総本部、アルカヴィルシオの冒険者ギルド本部などが置かれており、まさにアルカスの中枢といえるブロックである。行政ブロックは壁で囲まれており、許可を持たないものの進入は出来ないことになっている。
そこから東にアルカヴィルシオの入り口である港が存在し、港の北側、つまり行政ブロックから北東が工廠や商業品の生産・加工を行う『工業ブロック』がある。この工業ブロックにはクロノ達が都市に入るときに利用した東の港の他に特別港というのが存在し、政府要人の入港や新造船の極秘開発なども行っているという。この特別港周辺も立ち入り禁止区域だ。この工業ブロックは他のブロックと違い、一般の住居が存在しないというのも特徴であろうか。
そして残りのブロックが『商業ブロック』である。商業ブロックは東の港の南からぐるりと時計回りに北――時計で言うところの十二時の方角といえばわかりやすいだろう――の工業ブロックの端まで都市の大部分を占めるブロックである。商業ブロックでは観光の名所である南東の噴水広場を中心とした商店エリアや美術館、劇場などの南西に広がる娯楽エリア、さらには北西の歓楽街などがある。どの地区も観光客向けに様々な催しが行われていたりして本当に見ているだけでも飽きない。一日では絶対に回りきることは出来ないだろう。
ちなみに歓楽街より北は裏町と呼ばれギャングの根城やスラムなどが存在する。商業ブロックの他のエリアと違い、治安も悪いのでここには出来るだけ近づきたくはないものである。
案内所で話を聞いていると多くの人が行き交っているのが分かる。クロノがいつもこうなのかと尋ねてみたところ『オークション』の為だと言われた。三週間後にオークションが開催されるため遠方の参加者は既にアルカヴィルシオに先入りしているのだという。またそれに合わせて祭りも催されるためそれを目当ての者も多いとのことだった。確かに他国からアルカヴィルシオを訪れるには大陸を大回りに運航する海洋航路を使うのが一般的で湾岸都市カストールからも船で二週間は掛かる。そう考えるとかなり前からアルカヴィルシオに入っている者もいるのだろう。これ以上後になると良い宿屋は埋まってしまうためこの時期に来たのは運が良かったと案内所の職員にも言われた。
案内所は幾つかの宿屋と提携しているらしくここで宿を選べば先んじて使いを遣って予約を行ってくれるらしい。クロノ達が選んだ宿は職員から薦められた商店エリアと娯楽エリアの境にある『疾風の鱗』といところで、貴族が利用するほど豪華絢爛な宿ではないが一般からするとかなり言い値のする宿だ。
とりあえず早いうちに今日からの宿が決まったのはとかよかった。
クロノ達はその後ゴンドラを手配してもらい、街へと出ることとなった。歩きでは水路に阻まれ、入り組んだ形になっている道を進まなければならない。地元の者ならまだしもクロノ達が迷わず目的地に辿り着くのは困難だろう。
ゴンドラは昔ながらの手漕ぎのものから推進用の魔法具を備え付けたもの、水竜――といってもこの場合は水蛇に分類されるらしい――が舟を牽くようなものまで様々だ。水竜が牽くものは総じて中型から大型のものばかりだ。屋形船のような趣で基本的に貴族などが利用するらしい。クロノ達は魔法具の推進器を備えたゴンドラを選んだ。手漕ぎのものよりは多少高いがそれほど値段が変わるわけでもない。
そんな訳でクロノ達は波に揺られながら水路を進んでいるところだった。目的地は冒険者ギルドである。アルカヴィルシオの冒険者ギルドは東西南北それぞれの位置にある尖塔を管理するために四つとアルカス全体の統括となる本部が行政ブロックに置かれている。クロノ達が現在クロノ達が向かっているのは南支部だ。拠点となる『疾風の鱗』からも近いためそこで活動を行うことにしたのである。
「わっ!主様!今の見ましたか?鬼がいました!メイドの!」
「鬼人族ならミスタンにもいただろ?ここはいろいろな人種が集まるんだからそう珍しい事でもないぞ」
「そ、そうなんですか!?」
あんな怖そうな顔の人が、とアルレシャは失礼なことを言っている。『ワールドクロニクル』のキャラメイクでも鬼人族の女性は美人だったイメージなのだが……。まあ広い世界だ強面の女性がいてもおかしくない。クロノは一人で納得した。強面鬼メイド……うん。全くそそらないな。
そんなアルレシャは先程からはむはむと林檎飴を食べている。舟店で買ったものだ。舟店はゴンドラなどを利用した水上でものを売っている舟の事である。オークションに伴う祭りの前とあって多くの舟店が出ていた。その中で林檎飴を売っている舟店があり、ついついクロノも買ってしまったのである。そのため今はみんなで林檎飴をはむはむやっている。
「ほらみなさん!あそこに見えるのが商店エリア一の『大運河』ですよ。舟店もたくさん出ているでしょう?両側には大店もありますので色々な商品を扱っています。ここで手に入らないものはほとんどないと言っていいくらいです。ここを更に西に進めば観光名所の『噴水広場』があります」
解説をしてくれるのは漕ぎ手のフランカさんだ。まあ漕ぎ手といっても魔法具を操縦するだけなのだが。漕ぎ手は観光案内人も兼ねているらしくそこかしこで街の説明をしてくれる。
目的地に最短で向かいながらも客を飽きさせないのは流石プロといったところだ。今日は一日契約で目的地に送ってもらうだけだが予約をすれば観光案内で遊覧もしてもらえるらしいので今度頼んでみるのもいいかもしれない。
フランカさんは二十代後半くらいの女性でウェーブの掛かった栗毛を後ろで縛っている。服装は漕ぎ手の伝統衣装だそうだ。昔は男の漕ぎ手ばかりだったが最近は魔法具の導入で女の漕ぎ手も多いという。
フランカさんはスイスイと複雑な水路を苦も無く進んでいく。クロノ達はフランカさんから世間話やアルカヴィルシオの名所などを聞きながら周りを眺めて、時々気になる舟店に寄っては買い食いをした。
うちの子はよく食べるのである。
「見えましたよ!あれが冒険者ギルド南支部です」
フランカさんが指をさす方向を見ると大きな冒険者ギルドの建物が見える。『ワールドクロニクル』のとき同様水中迷宮から出た尖塔を背景にして立っている。心なしかゲーム時代より建物が大きくなって装飾が華々しいものになっている気がする。おそらく都市の発展に合わせて立て直したのだろう。
「それでは私はここで待っていますね」
フランカさんが舟を舟着き場に停めながら言う。クロノ達は水に落ちないように注意しながら舟から降りる。
「よろしくお願いします。出来るだけ早く帰ってきますから!」
クロノはそう言うと手を振るフランカさんと別れ、冒険者ギルドへ入っていくのだった。




