襲撃
本当にどうしようこれ……。
殴り魔導士とか完全に縛りプレイだ。
奇しくもこれで魔法を覚える必要性はなくなったが。
パワーレベリングを頼んでステータスダウン覚悟で強引に転職するか?いやギルドは転生前に辞めてきたし、新しいギルドになるのか。
初期レベルの脳筋魔導士……うん、考えただけでも使い道ないな。加入する前に叩き出されて終わりだ。
クロノが膝をついて考えているとアルレシャが心配そうに寄り添ってくる。なんとも涙ぐましい。
そうだよな。こいつもいるのに何ですぐ転職する方に考えが行ってしまったのだろう。
『ランダム転生』を行った時点でこうなることは想像できたはずだ。
最初から諦めるなんてどうかしてた。それに転職すればこいつともお別れになってしまう。NPCなのはわかっているけど袖振り合うも他生の縁というではないか。やれるとこまでやってみよう。
「ありがとう。アルレシャ。」
小首を傾げるアルレシャ。何とも庇護欲をそそられる。
クロノは不思議そうにしているアルレシャを優しく撫でた。
まったく可愛い奴め。
しかしここで周りの様子が変わっているのに気が付く。
空気が変わったような感じがするのだ。妙にピリピリとしている。これはゲーム内ではモンスターとエンカウントしそうになった時に発生するものである。
クロノは緩んでいた気を一瞬で引き締める。
「ステータス。」
クロノの声は何ら変化をもたらすことなく虚空に消えた。やはりまだ回復していない。
一応の確認だ。
せめてこれで装備の変更などが出来たならよかったのだが……。
そうこうしているうちに樹の影から狼のような獣が続々と現れた。十、二十……いやもっといる。
マップを確認出来ないので分からないがここを囲むように数えきれないほどの獣が潜んでいるようだ。
「この数のフォレストウルフは初期レベルには鬼畜じゃないですかねぇ。」
そういいながらも持っていた杖を剣のように構える。魔法が使えない以上こうするしかない。
アルレシャも横で警戒している。
数匹倒せばレベルが上がって楽になるだろう。それまではこの身一つで頑張らなければいけない。
回避優先だな、クロノは心の中で方針を決める。
「アルレシャは補助に徹してくれ。【空間潜行】で回避しながら回復に専念だ。」
そう声を掛けると一気に手前に出掛けていた一匹に横薙ぎの一撃を食らわせる。
この攻撃力なら一撃当てれば相手を倒せるのでヒットアンドアウェイでいこう。
――こうして戦闘が始まった。
始めの一匹は杖が当たると同時に爆散した。
それをものともせず周りのフォレストウルフが一斉に飛び掛かってくる。
――だが遅い。
いくら初期レベルであっても、もともと戦士職であったクロノからすれば低レベルのフォレストウルフの攻撃など簡単に回避可能だ。行動パターンも大体理解している。おそらく十レベル位ではないだろうか。出てきたのが弱いモンスターでよかった。
アルレシャも【空間潜行】で巧みに攻撃を躱している。
これはむしろレベルアップに丁度良かったのではないだろうか。
周囲から時間差で攻撃してきたフォレストウルフを剣で打ち払い、避け、演舞のように流れる動きで捌いていく。
レベルアップによってどんどん動きやすくなる感覚にクロノはほくそ笑んだ。
そんな考えが否定されることになったのはそれから間もなくのことだった。
時間的には一時間も過ぎたころだろうか。
フォレストウルフの攻撃は未だに単調でクロノの見切れないものではない。しかし本当に数が多い。
レベルアップしているため動きは格段によくなっているがこれだけ多いとそのうち捌き切れなくなってしまうだろう。今はノーダメージだからいいがダメージを受けた場合、回復も考えながら立ち回らないといけないので厄介だ。
しかも心なしかさっきからフォレストウルフが強くなっている気がする。と思っていた傍から後ろから飛び出してきた一匹の爪がクロノの左腕をかすった。
普段ならなんてことのない攻撃。運が悪かったと割り切ってすぐ次の攻撃に移るような体勢を整えるまでもないそんな一撃。
しかし現実はそんなクロノの思いを容易く裏切る。
「――――ッうぅぅぅ!!」
驚愕と共に鋭い痛みが傷口を襲う。
――痛い痛い痛い!!なんでだ!!
通常フルダイブ型のゲームでは健康上の理由を考慮して痛みを与えるコマンドを法律で禁止している。だからモンスターに攻撃されても痛いはずなどないのだ。しかし現在自分を襲っているのは熱を持ったような鋭い痛みである。
――ありえない!
混乱した思考では叫びを抑えるので精一杯だった。
そうしているうちにも次々とフォレストウルフからの攻撃は続く。いくつかは躱したり、杖で受けたりできたが受け切れなかった攻撃が当たり、再び痛みが走る。
――やばいやばいやばい!なんか分からないけどこれは相当やばい!!
ステータスがなくともこれだけ連続で攻撃を食らえば、HPが危険域なのは十分理解できる。
クロノは杖を回転斬りのように大きく振るってバックステップでフォレストウルフから距離を取った。
周りを囲っていたフォレストウルフが鮮血を撒き散らしながら吹っ飛ぶ。
――とにかく落ち着け!落ち着け、俺!!
必死に心を静めようとするが痛みと困惑でまともな思考ができない。
その焦りがなお混乱を助長する。
すると突然じんわりとした温かみと共に傷が癒されていくのが分かった。
アルレシャの【回復】のおかげだ!
――ありがたい。
目線でアルレシャに感謝を伝える。
――ここは一旦距離をとろう。
アルレシャの【回復】によって少し冷静さを取り戻したクロノは後方に敵が少ないのを確認すると一気に踵を返してフォレストウルフの群れから離脱した――。
「――ッ!はぁはぁッ!」
荒い息を繰り返しながらクロノは大樹の根に背を預けていた。あれからフォレストウルフに囲まれないように逃げては攻撃し、攻撃しては逃げるを繰り返していたのである。
いくら逃げても敵は追いかけて来るし、倒した分減った様子もない。
心臓が早鐘のようになって止まらない。
アルレシャは心配そうな目でこちらを伺っている。
状況を整理しよう。
転生を行った俺は気付いたら森の中にいてステータス画面も開かず、GMコールも出来ず、そしてフォレストウルフに襲撃されて攻撃を受け、あり得るはずのない痛みを味わっていると。
更に戦闘が始まってから分かったことだが光の粒子となって消えるはずのモンスターの死骸が一向に消える気配を見せず、返り血も同様に死臭を放ったまま服にこびりついている。
よし。わけわからん。わけわからんことだけはわかった。
いやいやここで思考停止してはだめだ。あり得る可能性を上げてみよう。
1.すべてバグ。
2.すべて夢。
3.実はゲームを装った現実。
自分で言ってみたが1は先ほど試してみたがログアウトすら出来ない。死んだら教会に戻ったりログアウト出来たりするのかもしれないがフォレストウルフから受けた痛みを思うと正直恐い。2ならば万々歳だが頬をつねるまでもなく痛覚は充分機能している。最後に3。物語でよくあるパターンだがこれだと絶対に死ねない。しかもこの説が現在赤丸急上昇中なのだから質が悪い。
結論 いのちだいじに。
これだ。とにかく生きてこの森から抜け出すことが最も重要となってくる。
無限湧きのモンスターを相手にしながらこの低ステータスで現在地も分からない森から脱出とかなんてムリゲー……。
しかし今はやるしかない。
そんな思いを弄ぶかのようにひらりと木々の合間からフォレストウルフが躍り出る。
ウオオォォォォォォォン
フォレストウルフはクロノの姿を確認するとすぐに遠吠えを行う。
――やばい!見つかった!
くそ!っと悪態を吐きながらクロノは杖を手に取ると仲間を呼んだフォレストウルフを一閃し、再び森の中を駆け出したのだった。