行間から読み取るエロス
小説を読んでいると、時々性行為の描写などが出てくることがあります。
事細かに、詳細に、丁寧に、こってり濃厚に描かれたものはもちろんエロいなあと思いますが、私はそれより、行間からにじみ出るエロスのようなものに惹かれます。
視覚的な好みでも、一糸纏わぬ裸体よりも着衣が乱れた感じの方が好きなので、それと同じなのかもしれません。
一口に「行間からにじみ出るエロス」と言っても伝わりにくいと思いますので、例を挙げてみます。
以下は、川端康成の『抒情歌』からの引用です。
「それはちょうど、あなたが私を振り棄て、私に黙って結婚なされ、新婚旅行のはじめての夜のホテルの白い寝床に、花嫁の香水をお撒きになったのと、同じ時なのでありました。」
なんか好きなんです、この文。「新婚旅行のはじめての夜のホテルの白い寝床」と、「の」でずらっと繋げてるところとか。
この「花嫁の香水をお撒きになった」というのはどういうことなのかと引っかかりませんか。文字通り、花嫁がいつも付けている香水をベッドにシュッシュッと吹き掛けたのか、はたまた花嫁を押し倒すことによってベッドに移り香が付いたことを表しているのか、それとももしかしたら花嫁の香水(意味深)という可能性も……? などと、この一文だけで色々と妄想が膨らみます。新婚旅行の初夜とか、そもそもそれだけでエロいです。
もう一つ、川端康成の『眠れる美女』の一節を引用します。『眠れる美女』は全体的にエロい内容なのでどこを挙げるか迷いますが、以下は主人公江口老人が昔出会った、十四歳の娼婦についての回想シーンです。
「老人はむかしこの娘より幼い娼婦に会ったのを思い出した。江口にそんな趣味はなかったが、客として人に招かれてあてがわれたのだった。その小娘は薄くて細長い舌をつかったりした。水っぽかった。江口は味気なかった。」
はいエロいです。
このシーン、江口老人と娼婦が何をしていたのか、これ以降にも具体的なことは書かれていません。「娼婦」という単語は少し引っかかりますが、それ以外別にエロい単語も出てきませんし、文字だけ追えば特に何のエロさも無い表現だと思います。
しかし、「娼婦」が「薄くて細長い舌をつかった」というのはつまりそういうことですよね? ここでは具体的なことは書きませんが、そういうアレなわけですよね?
やっぱり、はっきり書かれているよりエロくありませんか? チラリズム的なエロさと言いますか。
上の二つとは違い小説ではありませんが、石川啄木の短歌を一つ。
「かなしきは かの白玉のごとくなる腕に残せし キスの痕かな」
この歌自体、色っぽくていい感じですよね。これもシチュエーションなど色々妄想できます。
ただ私がここで注目したいのは、この短歌の作者が他の誰でもなく、石川啄木だということです。啄木といえば『ローマ字日記』です。女性とのアレコレなんかも赤裸々に書かれていて、この日記を知ってから私の中で啄木=エロい人というイメージになりました。
そう思うと、この歌も何割増しかでエロく感じられます。
このようにはっきり描写されていないエロスを読み取るのには、ある程度の経験や知識が必要です。
上に挙げた例も、大人ならエロさが分かるけれども、パッと見それほど過激なことは書かれていないので、子供が読んでも問題ないのではないでしょうか。
この、ある知識を持っている人には意味が理解できるというのは、「月が綺麗ですね」と似ています。
夏目漱石の逸話(真偽のほどは置いておいて)を知らない人にとっては文字通りの意味しか持たないこの言葉は、知っている人にとっては愛の告白という意味になります。
結局何が言いたいかというと、行間からエロスを読み取るというのはとても文学的なのかも……なんて高尚ぶったことを言うつもりはなくて、ただこういうのが好きだと言う話でした。
拙作にも、ある知識を持っているとエロさが分かる話があります。
「文学好き女子はこんな風に口説かれたい」と「ハロウィン」です。
よろしければそちらもどうぞ。