第四十一話 まだ見ぬ明日へ
三日後。
俺は骨折した腕を固定し包帯で巻いていた。全治二週間の怪我なのだが、これから暑くなるので割と暑苦しくて我慢できそうにない。
今現在俺がいる場所は嵐山避難所と呼ばれる場所でいくつかの高い塀の中に存在し、生存者で幾つかグループを分けて役割をそれぞれが担っていた。
俺も戦闘員になるはずだったのだが、怪我ということもあり治るまでは安静にしておくようにと言われたのだ。
「あー・・・」
広場で俺は夜空を仰いでいた。
目の前にはパチパチと燃える炎が見える。
なんというか、こういう焚き火とかの炎って落ち着くよな・・・。
夜空から焚き火に目を戻し、俺はボーとした。世界が終わって本当にいろんなことがあった。
世界が終わり、倉橋と喧嘩して、ショッピングモールじゃ裏切られ、それでも皆を生かす選択をし、それが終われば旧友と悪の退治。そして、また倉橋たちと再会出来たら今度は筋肉野郎が出てきて・・・そして、勝った。
「あっ、真鍋君」
「おお、倉橋か」
後ろから声がかかった。振り返れば倉橋がマグカップを持って近づいてきていた。彼女がカップを一つ差し出すので俺はそれを受け取る。
「何これ?」
「えっと、ココアかな。ちょっと最近暑くなってきたから、冷たくしておいたよ」
「うい・・・ありがとう」
ゴクリと一口。ココアは甘かった。
久々に甘いものを摂取したので、頭の端っこまで甘い痺れが伝わり、程よくリラックス出来た。
「甘いね・・・」
「そうだな・・・世界は甘くないけど・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
あ、あれぇ・・・?
「えっ・・・あっ・・うん、そうだね」
「あはは・・・」
上手くいかねぇな、おい。倉橋といるとなんかたまによく分からない時がある・・・。
「真鍋君、ありがとう」
「ん?何がだ?」
「あの・・おじいちゃんのこと」
「ああ・・・」
倉橋には彼女の祖父、倉橋荘二郎との間に起こったことは全て話してある。病院の地下で起こったこと。彼の意思を。
殴られるかと思ったが、案外彼女は素直にそのことを受け入れ、直ぐに立ち直ったのだ。まるで最初から分かっていたかのように。
それでも、この三日間。時々倉橋は悲しそうな表情をしていた。分かっていても、中々現実を受け入れられないのは皆同じだ。
そして、倉橋は今まで自分が過ごしてきた生活が全てだったのだ。
猫を被って先生にいいように振る舞い、親に笑い、祖父に護身術以上のものを習っていた。
それがたった数時間で崩壊したのだ。
そりゃ認めたくもない。
だが、俺は冷徹にも彼女にその現実を突きつけ、心を乱したのだ。俺は自分でも分からないうちに、彼女に多くの酷いことをしてきたのだ。
それが今じゃ普通だとしても・・・それでも、俺は酷いことをした。
「倉橋・・」
「何?」
「・・・・こんなこと、今更いうことじゃないけど・・・改めて謝罪する。すまなかった。色々と・・・本当に」
裁かれるのは俺だ。
「いいよ、別に・・・なんていうか真鍋君優しいから」
そう彼女は微笑むのである。
「お前が・・・辛いのはよく分かる。俺みたいに失うものを持っているから・・・お前みたいに俺は強くない。だから・・・だからさ・・・お前がもし辛くて苦しかったりしたら・・・」
そうだ、こいつが苦しい時にこそ・・・俺が、俺が傍にいてやらないでどうするんだよ。
「俺の背中ぐらいいくらでも貸してやる。だから、遠慮なく頼れ」
すると、その言葉と同時に俺の背中に体重がかかってきた。
感触的に倉橋が頭を押し付けている。
「・・あ・・・私・・・・ね。心のどっかでわかってた・・・おじいちゃんがもうこの世にはいないんだって。けど、それは両親が死んだ時に割り切ったの・・こういう世界だって。それでも改めて現実見たら・・涙がね・・・止まらないの・・・あ・・あああ・・!」
そう言って倉橋は泣き始めた。俺の背中に顔を埋め、決して泣き顔は俺には見せない。けど、その弱々しい声を聞いているだけで、肩にある手に俺は自然と手を重ねた。
「あ・・あああ・あ・・・っく・・ああ・っ・・・あ・あ・あ・・・あああああ!」
今の俺にはこのぐらいしか出来なかったから。
数分もすれば倉橋は頬を赤らめながら涙を拭い、体を起こして俺の隣に座る。
「少しは楽になったか?」
「うん・・・ごめんね。変なところ見せちゃって」
「いいよ、別に。俺たちは・・・これからも先、一緒なんだから」
「・・・それって・・・」
うん、我ながら恥ずかしい発言だ。
「お、俺たちはチームなんだ。佐治や進哉とか・・な」
「あっ、うん。そうだね」
アホか俺は・・・。
「「・・・・・・」」
静かだ。
時刻は午前一時過ぎ。消灯時間は過ぎ、皆各自で休んでいる頃だろう。俺は見張りということで広場の階段でこうして倉橋と肩を並べて空を見上げている。
二人の呼吸以外の音は殆ど聞こえなくて、世界が終わっただなんて微塵も思わせてくれない。
「こうしていると、何だか私たち以外何もいないって感じだね」
「そうだな・・・まるで別世界にでもいるようだ・・・」
輝く星に手を伸ばしてみるが、俺の手は虚しく空を掴んだ。分かっていたとしてもそれでも人間は虚しく手を伸ばすのだ。
「なぁ、倉橋・・・」
「何?」
「もしもさ、感染者とか全然いなくなって、安心できる世界がきたら・・お前はどうする?」
数秒黙って考えてから倉橋は言った。
「私は争いのない・・・私たちが前までしていた、つまらない日常がいいな。つまらないがいいって、なんかおかしいかもしれないけど・・・こんな状況だから、そのつまらない日常のありがたみが分かって気がしたの」
そう嬉しそうに倉橋は言った。
「真鍋君は?平和になったらどうしたいの?」
「俺か・・・」
人に質問しておいて考えていなかったな・・。
「確かに・・倉橋の言うつまらない日常に俺は戻りたいと思っている。けど・・・なんか・・そのな・・・」
「?真鍋君にしては歯切れが悪いね」
「・・・・・・」
むぅ、どうしたものか。言ってしまおうか、どうしようか。
「いや、なんでもない」
そうだ、これでいい。今後の自分たちの振る舞いを考えるなら、何もない、今までの状態が一番好ましいのだ。
グッと自分の気持ちを隠し、俺は今一度夜空を見上げた。
「ねぇ、真鍋君」
「おう」
「私ね、真鍋君のこと好きかも」
「・・・・ぶっ・・」
口に含んだココアが少し漏れる。
「って・・お前は何を言っているんだ。かもってなんだよかもって・・・」
「えへへ・・・私もよく分かんない。好きってどういうことなのか・・・けど、時々思うんだ。真鍋君といると心があったかくなって、落ち着くんだ」
「お、おお・・」
俺もそうだよ。なんて、恥ずかしくて言えるわけがない。
ていうか、なんで抑えたはずのことをこいつは蒸し返してくるんだ。
「一緒にいたい、一緒の時間を共有したい・・・多分、これって好きってことなんじゃないかな?」
「・・・かもな」
「だったら、真鍋君はどう思ってるの?」
「ど、どうって・・・・そうだな。俺も倉橋といると何だか落ち着くよ。お前は俺に持ってないものを持ってるから」
「私も・・真鍋君は私にないものを持ってるの。だからさ・・・これからも二人で足りない部分は補っていこうよ」
こういうのはズルいと思う。
そんなもどかしさから、俺は彼女に好きだと言えなかった。それこそ、俺に出来ないことで、彼女には出来るのだ。
だけど、ほんの少し勇気をもらったなら、俺も彼女と同じように出来る筈なのだ。
「俺も・・・お前のことが好きだよ」
これから先のことなんて何にも考えていない。敢えて言うのなら俺はこの一生を彼女の為だけに使うということぐらいだろうか。
この傷が治れば直ぐに俺は死地へ赴くことになるのだろう。だが、それは俺が望むことであり、世界の選択に過ぎない。
死んでいった奴らだって、戦友たちもそうだ。
今まで助けてもらって、借りを返すにはそれしかないのだ。
だから、俺は前に進む。
死んだ者たちの魂を胸に刻み、新たな仲間たちともにこの身を赤く染めていくのだ。明日も、明後日も、俺たちに平穏な日々などない。
「さっ、そろそろ寝ないと明日に響くぞ」
「そうだね。今日の答え、忘れないでよ」
「忘れるものか、俺はお前が・・・有紗のことが好きなんだぜ。今は・・・それでいい」
「っ・・分かった・・・そういうことにしておきます」
こうして俺たちは眠りにつく。そして、目を覚ませば死者たちが俺たちを待っている。だが、俺の震える手はいつかしか止まっていた。それは、彼女が優しく包んでいてくれているから。
希望なんてありはしない。だが、それでも俺たちは前に進むしかないのだ。それしか方法を知らないのだ。
その日、俺と彼女、二人で見た夜空は何よりも輝いて見えた。
と、いうことで完結しました。今まで閲覧、ブックマーク、感想、評価、応援してくださった読者の皆様、ありがとうございました。
なんというか、若干中途半端に終わった感じになりましたが、兎に角終わりました。
次回はファンタジー・・・みたいなキーワードで書こうかと思います。今回よりも魅力的な主人公、魅力的なヒロイン、魅力的なストーリー、魅力な文書を目指したいと思います。
ではでは、みなさん。また何処かでお会いしましょう。