第三十九話 強さ
ありがとうございます。
口から血を流して俺は空を見ていた。少しでも体を動かせば激痛が全身を駆け回り、否応なく力を抜くしかなかったのだ。
「おいおい、もう動けなくなっちまったのかよ。脆くて困るなぁ」
「っせえよ・・」
俺は転がっているバットを握り、激痛に耐えながら立ち上がった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
「もう死にそうじゃねーか。はぁ、こんな状態で殺っても全然気持ち良くないんだが、まぁ仕方ないよな?」
ギロッと男はこちらに向かって歩きだした。
一方ずつその距離が短くなっていく。
死が刻々と近づいてきていた。
クソッ、動け・・・動けよ俺の体!まだだ、まだ俺はこんな所で、こんな奴に負ける訳には・・・!
「私がいるのを忘れてない?」
強烈なハイキックが男の顔面をヒットした。
「がっ!」
男はそのまま十メートルほど後方に下がる。ハイキックを繰り出した人物は今ので倒れてしまった俺を見て言った。
「やっ、久しぶり」
「・・・はは、来るのがおせーぞ」
そこには元気そうな倉橋がピースしながら笑っていた。
「えへへ、ごめんごめん。けど、もう大丈夫だから。真鍋君はもう少し寝てていいよ」
「悪いな、普通は男が体張って戦うんだが」
「いいのいいの。足りない部分は補い合う。それが、本来人が協力するってことだと私は思うの。だから、もう少しだけ待ってて」
倉橋、意識を取り戻したのか。
そのことに俺は少し安堵し、この戦いの行く末を見守ることにした。倉橋は俺を見て一度微笑むと、振り返って男の方を見た。
「これ以上、仲間に手を出すことは私が許さない」
有紗は怒っていた。それは男ではなく、自分に対してであった。どうしてもっと自分のやるべきことが見つからなかったのか。
覚悟もなく、準備もしないで無謀にも自分の独断でこんなことになってしまったことが。そして、それが仲間に被害を与えてしまったことが。
「ふぅ・・・・」
今までの彼女ならきっとただ感情に任せて男に襲いかかっていたのかもしれない。だが、今の有紗は違った。
自分と向き合い、世界と向き合い、後悔の中で彼女は自分をコントロールする力を得たのであった。
人によれば簡単にしてしまう人もいるが、そこまで彼女の精神は成熟していなかったと言えよう。だが、それも真鍋連太郎という男によって大きく変わろうとしていた。
(何だこいつ・・・前と戦った時より確実にレベルが違う)
男はその有紗の変貌に若干の恐怖を抱いていた。そう、自分が負けてしまうのではないか、という恐怖を。
「ふざけるな・・・ふざけるな!」
男は怒りながら走ってきた。
「がぁぁぁぁぁぁぁっ!」
一撃目の拳を避け、二激目の蹴りを手で受け止める。が、男の頭突きが襲ってきた、ガードすることが出来ず、その攻撃を受けて有紗はよろめく。しかし、直ぐに立て直して正拳突きを男のドテッ腹にお見舞いする。
男は直ぐに反撃してきたが、それを全て回避して一旦距離を置いた。
「っ・・・」
(流石にあの攻撃全てを避けることは出来ない・・・)
ズキズキと痛むお腹を少し摩りながら有紗は考えた。
(やっぱり身体的な不利は仕方がない。けど、スピードならこっちの方が)
「っ・・・いくぞ!」
次は男からの連続攻撃。足、拳、体の全てを使って有紗に襲いかかってきた。有紗はその一つ一つの攻撃を受け流したり、避けたりするがどうにもこの全ての攻撃を凌ぐことが出来ずに、肩と腹に一撃ずつ受けてしまう。
「このっ!」
有紗は抵抗とばかりに男に向かって拳を繰り出すが、その拳を男に握られてしまう。
「随分と威力が落ちているようだが?」
「キャッ!」
鈍い音ともに有紗は後方十数メートルまでブッ殺された。建物の壁に叩きつけられ、一瞬息が詰まった。
「倉橋!」
連太郎が彼女の名前を叫ぶが、有紗は力なくズルズルと地面に倒れる。
(っ・・・・まだ、まだ力が強くなるなんて・・・)
「はぁっ!」
「っ!」
気づけば男がトドメとばかりに踵落としをくり出してきた。有紗は体を回転させてそれを避ける。そのまま追撃を避けて態勢を立て直す。
「ふっ・・・」
男は勝ち誇ったような顔をするが、有紗は奴を倒す決定力に欠けているために、双方体力の問題になれば明らかに有紗が倒されるのは目に見えていた。
と、その時だった。男に近づく影があった。
「「「おらぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」」」
連太郎、佐治、進哉の男三人トリプルアタックであった。ドロップキック、拳、ハイキックが男の背中に全て決まった。
有紗に集中していたせいか三人の近づくのに男は気づいていなかったのだ。だが、三人とも戦いでかなり体力を消耗しているため、攻撃力が期待できなかった。
男は振り返って三人を殴り飛ばす。が、その後ろにいる天音が乱射する。
「有紗ちゃん!逃げて!」
「けど・・・」
「速く!」
男が弾丸を避ける為に後方に下がり、有紗はそれを見て四人の下へ走り出す。
「三人とも!」
悲鳴を地味に上げている三人を起こし、モールの中に連れて行く。
「速くしないと・・・っ!」
天音が視線を戻すと、男は遮蔽物を利用しながら近づいてきていた。更に俊敏な動きなので、目で追うには限界を天音は感じた。
「おらぁぁぁぁっ!」
「キャァァァッ!」
男は弾を再装填しようとした隙に一気に距離を詰めて天音を蹴り飛ばす。運良く有紗が近くにいたため、天音をキャッチする。
「うう・・」
「天音さん!」
(どうしたら・・・強すぎる)
「おぉぉぉ!!」
男が有紗の方に向かって襲いかかってきた。しかし、そこで彼女は戦いにおいてやってはいけないことをしてしまった。
そう目を瞑ってしまった。その瞬間から彼女は自ら負けを認めてしまったのだ。
だが、
「・・・・あれ?」
男の拳が有紗に届くことはなかった。
何が起こった確認する為にゆっくりと瞼を開けた。
「ま・・・なべくん?」
「っ・・はぁ・・・・・おいおい、何驚いた顔してんだよ・・・足りない部分は補い合うのじゃなかったのか?」
そう言って連太郎はゴプッと口から血を流す。
「真鍋君!」
「おおおおおおおおおおっ!」
連太郎は渾身の力で握ったバットで男を叩くが、男は何もなかったかのように殴りつけてきた。
「がはっ!」
「真鍋君っ!」
(一体私は何の為に・・ここまで・・・)
連太郎は追撃を受けて有紗の目の前に転がった。その怪我は酷いもので、立ち上がるのも精一杯だった。
「はぁ・・・はぁ・・・負けねぇよ」
「・・・漢じゃねぇか。なら、次の一撃でてめぇの人生の終止符を打ってやろう」
男が構えを取った。
「倉橋・・・・いいか・・・お前は強い。お前が何に怯えているのか分からない。だけど、お前が何を間違っても、何度でも俺が助けてやる!」
「っ!」
連太郎はそう言った。
「何をゴチャゴチャとっ!」
男が拳を振り上げた。
連太郎もそれに対して自らの拳を握り締め、前に踏み出した。その圧倒的な力の差は埋めることは出来ない。
しかし、
「ぜぁぁっ!」
強力なアッパーが男の顎を直撃した。男はそのまま後ろに倒れる。
忘れかけていた。たった、一度負けそうになったぐらいで。
「はぁ・・・私って、ホント弱いね。だけど、真鍋君。ありがとう」
男は顎を抑えながら立ち上がる。
倉橋は振り返って男に言った。
「私の名は倉橋有紗。倉橋流格闘術の継承者。私は宣言する。この力を持って、あなたを倒す!」
次回もよろしくお願いします。多分、もうちょいでこの話も終わります。




