第三十八話 倉橋有紗
私、倉橋有紗という女は決して強い女ではない。
私の名は倉橋有紗。家はそこそこ裕福な家であり、特に不自由なく暮らしていた。祖父が格闘家であり名のある倉橋流格闘術を受け継いでいた。私は過去に痴漢があったことから、父の勧めもあり祖父に弟子入りした。
祖父は私が女であっても構わず厳しい特訓を連日続けた。その成果もあり、半年を過ぎる頃には大人でも武術の心得がない者には負けなくなった。
「あれ・・・ここ、何処だろ?」
私は浜辺で目を覚ました。太陽がオレンジになり、水平線の彼方に入りかけていた。
「・・・・・」
黙って私は歩いていた。記憶に間違いがなければ超強い男に遭遇して殴られて頭を打って気絶した筈である。
なのにどうしてこんな所に。
そう疑問を感じながら歩いていた。
「・・・・お爺ちゃん?」
目の前には行方不明になっていた祖父がいた。ウイルス感染した時、家に帰ったが祖父はいなかった。
そして、その祖父が今、浜辺に一人座って夕日を見ていた。
私の声に祖父はゆっくりとこちらを見て笑った。
「有紗じゃないか。こんなところで何をしているんだ?」
「何をって、それはこっちのセリフなんだけどな」
私はそっと祖父の隣に座った。祖父は優しい目で夕日を見ていた。
「有紗、儂が教えたのは知識と力のみ」
「うん、そうだね」
「だから、ここから先は自分で決めなさい」
祖父は私の頭を撫でた。
「??」
何を言っているのかよく分からなかった。
「儂は人の愚かさに絶望した。何度も。だが、だからこそ人の美しいところを知っている」
しんみりと言った。
「この世界でお前は多くのものを手に入れた。それはこれからの糧となる。有紗、お前は決して強くない。だから、その弱さを支えられる者が現れたら命を賭してその者についていきなさい・・・・儂から言えることはもうそれぐらいだ」
夕日が消え始めた。水平線の向こうではオレンジの光が吸い込まれ、辺りから光を奪い取っていく。
「そっか・・・」
『皆が生きていけるセカイ。それが俺の世界だ』
「皆が生きていけるセカイ・・・・」
真鍋君が別れ際に言った言葉を思い出した。私は技術的に、身体的には真鍋君を凌駕しているけど、両親の時は世話になった。
お互いに弱点を補い合う。
そういうことか・・・お爺ちゃん。
「お爺ちゃん、分かったよ」
「そうか・・・お前なら、儂の成し得ることの出来なかった世界。理想の世界を作れるかもしれんな」
「そうだね・・・・死んでいった皆の意思は私が受け継ぐ」
頭の何処かで感じていた。祖父はもうこの世にはいないのだと。敢えてそのことは口にしない。
「そろそろ行かないと・・・待ってる人がいるの」
話したいことがいっぱいあるから。
「そうか・・・有紗」
「うん」
「頑張りなさい」
「・・・うん!」
夕日を背に私は浜辺と反対側に立った。
後ろではきっと祖父が変わらず夕日を見ているのであろう。
何億という生命が生きるこの世界で、人間は多くの過ちを犯してきた。死者が生者を食らう世界。それはきっと人間の罪なのかもしれない。
私も含め、全ての人間は罪人なのかもしれない。
けど、それでも私は・・・・私たちは、
「いってきます」
この美しく残酷な世界で生きていくのだ。
ありがとうございます。次回はなんか、色々とカオスになります。