第三十四話 真鍋連太郎
今回は主人公の話です。
愛する気持ちは遠い昔に置いてきてしまった。思い出すことなんてできないけど、確かに俺は愛なんて感じることはない。
「あの、本当にいいですか?」
「いいのいいの、私達はもう長くないし、ここまで生きてちゃねぇ?」
「そうだ。少年、儂らに構うことはない・・」
「そうですか・・・」
二人の頑なの意志を俺は曲げることは出来ず、頭を縦に振るしかなかった。
「やはり、あの二人は・・・」
「ええ、すみません。俺に説得はムリでした」
青野さんはションボリとした。肩に手を置こうとしたが、俺には出来なかった。あの老夫婦は必ず死ぬ。
だが、正直に言ってしまえばあの老夫婦を抱えてまではとてもじゃないが、感染者を掻い潜って逃げることは出来ない。
「ですが、おかげで俺達は生き残る可能性があるんです」
「蓮太郎さん・・・」
「すみません・・・やっぱり、こんな世界じゃこんなことしか思い浮かぶことしか出来ないんです。冷たい人間だって言われても仕方がないかもしれません。やっぱり、俺は自分の命が惜しいから・・・」
俺は最低な人間だ。
仕方がない、これしか方法がない、納得するしかない、などと理由で俺は自分を落ち着かせていた。
この世界じゃ甘さは必要ない。優しさも必要ない。いるのは危機感知能力と自分のことだけだ。
あの母娘を誘ったのだって、何処かで利用できると思ったからだ。倉橋もそうだ。あいつを助けたのだって・・・利用できる・・・と思ったから。
俺は最低でいい。
そう、最低でいいんだ。
「蓮太郎さん」
ギュッ
「え・・・?」
青野さんが正面から俺を抱きしめていた。
「誰だってそうです。誰だって自分の命は惜しいんです」
「そんなこと・・・」
「蓮太郎さんはこの前はここに来るまでの話を聞きました。どうして、自分だけが残ったんですか?」
「それは・・・・」
分からない。
どうしてか・・・何故俺は残ったのか。別にヒーローを気取りたかった訳じゃない、ましてや英雄とか、命の恩人なんて言われたくもない。
「それはきっと、蓮太郎さんがその人達を自分より大切に出来たからです」
「自分より大切?」
「そうです。だから人は強くなれるんです。だから人は前に進めるんです。誰かを愛すということはとても切なくて、儚いものなのかもしれません。自分にもよく分からない。けど、蓮太郎さんが行った行動は決して間違っていない・・・」
母のような、遠い昔に消えてしまった筈なのに。もう、俺には何もないと思っていたのに・・・。
これじゃぁ、俺は・・・・。
『先輩・・・』
『あばよ』
『じゃぁね。さよなら・・・なんて私は言わないよ。だから、こういう時は・・・』
『ありがとう』
『あ・・・・よ・・しん・・・・ゆ・う・・』
「あ・・・うあ・・・・・・あああ・あ・・・・あ・あああああああああっ!」
俺は青野さんの服を握り締め、胸にうずくまって涙を流した。
そうだった。あの時俺は思った筈だったんだ。
あいつらにただ生きて欲しいと。
自分の為に、自分だけの為に。そう生きようと誓ったんだ。
けど、そんな誓いが遠くなって、彼女と出会って、皆と出会って、何処かそんな気持ちは忘れてしまった。
忘れてしまう程、俺は彼女たちを強く愛してしまっていた。
会いたい。
彼女らに会いたい・・・。
心の中に抑え込んでいた感情が次々と俺の頭や体に衝撃を与えていく。青野さんを掴む力が少しだけ強くなっていった。
「すみません・・・こんなに泣いちゃって・・・新しい服取ってきます」
「いいんですよ。私が語ることじゃないって分かってるんですけど、蓮太郎さんは頑張って来たんです。それが、せめてもの慰めるにはなると思います」
「・・・そうですよね。俺は頑張って来たんです・・・ありがとうございます。なんか、元気が出てきました」
愛なんて感情は必要ない。
そんなことを思う奴は無機質な感情しか持っていないのだろう。
『BELIEVE THAT LIFE IS WORTH LIVING AND YOUR BELIEF WILL HELP CREATE THE FACT.』
哲学者、ウィリアム・ジェィムズ曰く、
『人生は生きる価値があると信じよう。あなたの信念がそれを実現させる』
俺は自分の人生に価値を見いだせないでいた。だけど、もう違う。
例えどんな苦難が待ち受けていようとも、この世界で必ず生きると、俺は強く決意を抱いたのであった。
次回もよろしくお願いします。




