第二十三話 予兆
「やめてっ!」
倉橋は中島の手を払い退けた。武術の達人である倉橋にとって中島など恐れる訳ではないが、やはり仲良くしていた同級生とだけにあって、それなりに力は出ないでいた。
「いいじゃねーか?」
「言い訳ない!今がどんな状況だって分かってるの?」
「こういう状況だからこそだよ」
四日間も閉鎖された空間。外には歩く死体。更に隣には美少女。
元から倉橋を狙っていた中島にとってはとてもじゃないが、我慢できる状況ではなかった。
そして、中島は強引に倉橋を壁に押し付ける。
その手が胸に掴んだ瞬間、中島は宙に浮いた。次の瞬間には中島は転がっていた。
「っ!」
「今のは手加減しただけだから」
「倉橋てめぇ・・・」
倉橋は拳を構える。
「中島君・・・私は戦うって決めたから」
そう言って、倉橋はその場から歩き出す。
彼女自身、中島がこんなことをするなんて思っていなかったが、踏ん切りをつけた今、彼女は誰とでも戦うと決めたのであった。
例え仲間だとしても。
中島は倒れたまま、その背中を見て呟いた。
「あのクソアマ・・・・そんなに戦いたいなら、いいぜ。俺が作ってやろうじゃねーか」
「そんなことが・・・」
「うん、村本君。どうしよ」
その後、倉橋は村本に報告した。
村本は真剣にその話を聞いていた。
「何だか、怖い・・・ここなら安全だと思っていたんだけど、正直・・・」
「息苦しい?」
「うん、何か・・こう。村本君と同じ、息苦しさを感じるの・・」
「まぁ、仕方ない・・・これが生き残る方法なんだから・・・けど、いるから」
村本は倉橋の手を握った。
「あ、うん。ありがと・・・」
が、倉橋はその手を払い抜けた。
「ごめん・・・」
「いや、いいんだ・・・真鍋のことだよな?」
「えっ、いや・・・そう言う訳じゃないんだけど・・・」
「悪い、変なことして・・・」
そう言って村本は歩き出した。
「クソ・・・あいつが・・・あいつが・・・」
村本は倉橋が見えなくなったところで、そうブツブツと呟くのであった。
そして、事件が起きたのが昼過ぎであった。
警備にいた田中が初めにそれを確認した。
「なっ、なんで一階に感染者がっ!」
田中は走って太田に現状を知らせた。それを知った太田は男性陣を集めて、二階のエスカレーターで防衛線を張った。
エスカレーターの幅は狭くて、更にこちらは銃火器を手に入れたおかげでいい的であった。一方的な攻撃をしている訳だが、どうにも数が多い。
「奴ら程度の力でもシャッターは突破出来ないのに・・・」
進哉がバリケード用の机を運びながらそう言った。
「原因は分からんが・・・」
佐治はさっと後ろを見る。
後ろでは中島がニヤニヤしている。隠そうとはしているが、佐治から見ればお見通しであった。
「だが、気をつけろ」
「はい?」
「敵は感染者だけじゃない」
「・・・・はい」
その言葉の意味を知ったのか、進哉は静かに返事をした。
エスカレーターにバリケードが設置されてたおかげで、感染者の攻撃もひと段落は終了していた。
「くそっ、どうなってんだよ!」
「どっかに抜け道でもあったのか?」
「はぁ・・・安全圏だったのに・・」
「ちくしょう・・・」
「一階に奴らがいるなら食料確保も難しいな」
と、各自思うことを次々に吐き出していく。
それも当然だ。
つい先程までここは絶対安全だと思っていたのに、ものの数秒で死と隣合わせになってしまった。
最悪である。
「兎に角、ここは交替で見張りましょう。先に学生グループが休んでください。取り合えずは、一時間後にでも」
太田さんがそう提案して来た。
まずは休息。体力を回復させないと、次の行動もなったもんじゃない。
その案に乗っかり、佐治と進哉。天音は五階に戻り始めた。村本、中島、倉橋、遥は三階である。
「はぁ・・・まずは一段落」
「蓮太郎先輩がいれば・・・」
「まぁ、二人とも。これで分かったんじゃない?」
天音が二人に声をかけた。
「まぁ、あいつなら、もっといいこと考えたんだろうな」
「死んでません。先輩は、絶対に・・・」
「うん、速く来てくれないかな・・・」
と、しているのも束の間。
「大変だぁ!」
下の階から田中が叫びながら走って来た。
「どうしたんですか?」
「感染者が・・・・奴らが三階にも現れたんだ!」
一難去ってまた一難。
佐治達は三階へ駆けだした。
次回もよろしくお願いします。