第十二話 小さな拳
倉橋の両親を庭に埋め、墓を作った。
午前中、倉橋はずっとその墓の前に座っていた。
「倉橋・・・俺は悪かった・・・なんていう気はない。恨めばいい。それが俺達のやり方だ。気に食わないなら出て行ってもらっても構わない。元々、強制はしてないが」
正午、そろそろ俺は倉橋に声をかけた。
すると、倉橋は振り返りもせずに言った。
「私さ・・・小学校の頃、不審者に襲われたんだ。それで、お爺ちゃんが格闘術の訓練を行ってくれたの。お母さんとお父さんはそれを良しとしてくれなくてね。けど、凄く大好きだった。怒った時も、優しい時も、悲しかった時も・・・大好きだった・・・」
俺は言った。
「良い奴は皆死ぬ。常識に囚われた奴からな」
すると、倉橋は振り返って言った。
「じゃぁ・・・常識って何?私達が過ごして来た日常って、一体何だったの?毎日毎日将来の為だ。とか言われて勉強して、努力して、いっぱい検定も取った!何の為にここまで頑張って来たの!」
声を荒げ、大声を出しながらそう言う。
その目尻には涙が見える。
「あのなぁ・・・」
「分かんないくせに!」
「・・・・」
「何にも・・・分かんないくせに・・」
悲痛にも似た叫びが耳に響く。
「真鍋君ってさ、学校じゃ悪目立ちして、いっつも調子いい感じでさ。上っ面だけでさ・・・中身何にもないじゃん!そのくせ、私を分かった風に言わないでっ!」
耳に痛い。
だけど、
「ああ、だから死んだ。お前の両親は。常識に囚われてばかりで前が見えてなかったんだ」
「っ!」
突然、左頬に衝撃が走った。
倉橋が涙をこらえながら俺の頬を平手打ちした。
「私の両親を侮辱しないで!」
「はぁ?」
「っ!」
もう一撃、次はグーである。格闘技を習っている倉橋の拳はなんとも痛いだろう。うん、かなり痛い。
ガシッ
俺はその腕を掴む。
「いい加減にしろ!てめぇ、さっきから調子乗ったこと言ってんじゃねぇ!世界が終わったと思えば今度は女のご機嫌取りか?」
その手を放す。
「自分だけ分かったような!」
「ああ?だから何だ?だったらお前は何だよ?ただのお嬢さんよ。成績優秀、スポーツ万能、容姿端麗、それだけ揃っててもこの状況で何にも変われねぇのか?ただの操り人形がよ!」
「私だって頑張った!それなりの意見も持った・・けど、両親や先生のことが正しいんだって、少なからずの反抗ぐらいした!」
ああ、お前はそうだ。ただの流されるだけじゃなく、筋はあった。やり遂げようとしていたことなんて少なくない。
「あんたに、真鍋君に何が分かるって言うのよ・・・私がどんな生活してて、どんなふうに生きていたかなんて・・・分かる訳がない!知ったような口きかないで!」
「・・・・・」
拳を握り締める。
「ああ、そうだよ。分かる訳がない。俺はお前じゃないんだ・・・じゃぁ、聞くけどよ。お前に俺の、何が分かるんだよ?」
「っ!」
「毎日毎日、つまんねぇ授業受け手よぉ。将来の目標もない、友人は少ない、特に器用なこともない。リア充どもにバカにされて、いい点取ってもカンニングしたとかデマ言われて、俺がどれだけ辛かったか。お前は、俺に、手を貸したのか?違うだろ。別に虐められるわけでもない。だがな、俺は苦しかった・・・」
「そ、それは・・」
「他人の苦しみも理解できないで、何が分かる訳ない・・だ。調子が良すぎるんだよ!」
倉橋の胸倉を掴む。
「俺はな・・・お前があの時助けたを求めた時、最後のチャンスだと思った。これが、俺が俺でいられる、人間らしく生きられる最後のチャンスだと。ある意味感謝したさ。だがな、それが死のリスクまで背負った女がこれかよ。状況も飲み込めず、目先のことしか分かってない。お前だけが辛いんじゃない!」
「・・・」
「俺はもう決めたんだよ。だったらとか、あの時とか、んな言葉に迷わされないって!」
それだけ言って、胸倉にかかった手を放す。
「視界が眩んでてもいい、目標がなくてもいい、ただ、俺といる人間が、これ以上殺されたくないだけだ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
無言、それを破ったのは倉橋だった。
「ぷっ・・・何かっこつけてんの?ぷぷ・・」
「おいおい、俺は・・・」
「分かってる・・・ごめん」
倉橋は元気に拳を1、2と空を殴った後、俺に笑顔で言った。
「何か、ありがと。私はもう大丈夫」
ルンルンとその場で二回回転する。
「大丈夫なのか?」
「うん・・・もう、大丈夫」
そして、その場で空を見上げて小さく呟いた。
「行ってきます。お母さん、お父さん」
拳は例え小さくとも・・・その時、君は・・・。
ありがとうございましたぁ。個人的にはこういう展開もかっこよくていいですよね\(゜ロ\)(/ロ゜)/次回もよろしくお願いしますww