亜門菜都美の修羅場LOVE:le Manba
上の計画?
上って、何の事だろう……
こいつらの上って、毒蛇牙の幹部は別の計画で動いていたって事なのだろうか。
「まさか!あれは偶然だったとでも?」
少しだけ冷静さを失い、思わず問いかけてしまう私。
只の人違いだけではなく、偶然で巻き込まれただけだって言うのだろうか?
「この女が薬中になって脳みそが溶けちまう前に、教えてやれよ葭多ちゃんよぉ」
私の後ろから、葭多に話を促す声がした。
「俺は早く犯りたいんだよ、この女を」
悍ましい事を恥ずかしげもなく言えるというのは、きっと常習者なのだろう。
「私を拉致するのが目的だとして、どうして祐太があんな酷い目に遭う必要があったの?」
感情を押し殺すように低い声で問いかける私の手は、怒りの余り小さく震えていた。
頭が怒りで発火しそうな程に、私は感情の抑制が出来なくなりつつあった。
しかし、余裕の表情を浮かべている目の前のウッドゴーレムは、自慢げに事の真相を話してくれた。
「つまり、俺たち下っ端は仕事の合間に良い女を拉致して上納するノルマがあるって訳、判るかな?」
これから私の身に起きる事を想像して興奮が抑えられないのか、舌舐めずりをしているかのようだ。
「つまり、あなたはWEBの検索記事に書かれていたように、裏の顔は毒蛇牙の構成員だったって事なのね」
ようやく、毒蛇牙と葭多が結びついた。
一般社会に広く根を張り巡らしていると書いてあったけど、まさかこんな近くにいたなんて……
「こうやって、一人で店に来る馬鹿な女を捕らえる蜘蛛の巣って訳なんだな、この店も『MANBA』もな」
「そうそう、上納した女はAVに出たり高級売春婦としてお偉いさんの相手をしたり、色々とメリットがある訳ですよ、お嬢さん」
「あの時祐太の奴が菜都美ちゃんと日曜日にブライダルショーへ行くけど、何処か雰囲気の良いバーとか近くに無いかなって聞いてきたわけだよ、選りに選ってこの俺にさ」
「馬鹿な奴」
後ろの男が祐太のことを嘲り笑う。
こいつを、一番目に消し炭に変えてやろうと決めた。
「葭多に大事な女の運命を委ねようとか、アホだな」
前にいるバーテンダーは、二番目に決めた。
「それがどういう風に、あの事件に結びつくって言うの?」
私は挑発を無視して、先を促す。
「たまたま、あの日に奇冥羅を嵌める計画を上が実行する事にしていたって事さ、菜・都・美・ちゃん!」
「下っ端は上のやることを知りません、感知してませんから」
「教えて貰えないの間違いだろ、おれら下っ端だし」
「事前に『MANBA』のバーテンダーに菜都美ちゃんの写真を渡してあってさ、この女が次のターゲットだって頼んでおいたんだよ、お・れ・が!」
「そうしたらあのバーテンダーのバカが、薬を入れるグラスを間違えてやんの」
「つまり、眠らせるのは祐太の方で、別室で休ませるって口実で連れ込んで祐太の前で菜都美ちゃんを頂こうって算段だったのさ」
「ホントお前悪いわぁ、黒いわぁ」
「笑えるわ、ホント」
その悪びれることのない軽薄な笑い声に、私の我慢は臨界点を越えた。
「火炎蜂!」
私はスズメバチサイズの炎を、無数に召喚した。
室内を縦横無尽に飛び回る無数の小さな炎に触れたものは、たちまち発火して燃え尽きる。
「うわっわっ、なんだこれ!!」
「あちっ、小さい火が飛び回ってるぞ」
「うぎゃあぁぁぁぁ!」
私の後ろから絶叫に近い悲鳴が聞こえた。
「ありがとう、もう少し詳しい話を聞きたかったけど、もう良いわ」
私の目の前に居たバーテンダーも全身から発火して、ドサリと音を立てて床に崩れ落ちる。
「ぐわぁあぁぁぁ……」
後ろから聞こえる絶叫も力無く弱まり、次第に途切れていった。
「お前、一体何なんだ!」
葭多が驚愕に目を見開いて叫ぶけれど、私はそれに答えない。
ニヤリと満面の笑顔だけを彼に向けてあげた。
格下のウッドゴーレムごときが、火炎の魔女に質問など100年早い。
「断罪の矢!」
室内の高くない天井から突然降ってきた槍程もある大きな炎の矢が、葭多の大柄な体を串刺しにして床に縫い止める。
「木属性のゴーレムさんには、火属性が定番よね」
全身を炎に包まれた、かつて葭多だった物は、やがて真っ黒に炭化して崩れて落ちた。
その夜、都内各所にある奇冥羅の拠点がすべて謎の火災により燃え尽きたらしい。
奇冥羅の幹部も、謎の発火現象により町中で、乗っている車ごと、あるいは傘下の店の中で焼き殺されたってニュースでやってたけど、怖い世の中だわ。
「俺たちは嵌められたんだ、それはお前だって判ってるんだろ」
私が刑務所から拉致して隠しておいた鬼柳という男は、後ろ手に縛られたまま小便を漏らして後ずさる。
「あら、あなたたちの下らない喧嘩に一般人を巻き込んでおいて、よく言えるわね」
私はこの男にも、私の出来る最高の笑顔を見せてあげた。
私は、小便臭い鬼柳の襟首を掴んで山の中にテレポートすると、お別れの魔法を唱えた。
「あなたが提供してくれた拠点と幹部の情報には感謝するわ……断罪の矢!」
「戦闘装備召喚!」
1週間掛けて奇冥羅を壊滅させた翌日、私はキツネの仮面を装着して開店前の『MANBA』を訪れた。
今回は、隠遁結界を使わずにドアを開ける。
ギイ… 重いドアを開けて中に入る。
「すみません、まだ開店前なんで…… 」
あの時のバーテンダーが、キツネの仮面をみてギョッとした顔をしてカウンターを拭く手を止めた。
私の格好を見てバーテンダーが息を呑んだのが判る。
「人違いで男の人が殺された時に、このドアを一旦出てから戻ってきた男の事を教えてもらえるかしら?」
「な、何の事だ」
白を切るバーテンダーの右手が突然発火して、真っ黒な炭になった。
「うぎゃあぁぁぁぁぁ!」
私は身体能力向上スキルによってゴリラ並みの筋力になった右腕で、バーテンダーだった男の顎を掴んで、軽々と持ち上げた。
「残念ね、片腕じゃもうバーテンダーは出来ないかもしれないわね」
「むぐうぅぐぅぅ」
下顎を捕まれて声を発することが出来ない元バーテンダーの男。
下顎を締め上げられる苦痛からなのか、涙目になっていた。
「何やって……! 」
私から沈黙と速度低下を喰らったもう一人の店員が叫びかけて、それ以上の声が出せずに驚愕の表情を見せて、口をゆっくりとパクパク開け閉めしている。
「あの男には、何処へ行けば会えるのかしら? 答える気になったら自分の胸を2回叩きなさい」
すかさず、元バーテンダーは自分の焼け落ちていない方の手で胸を2回叩いた。
「10日後に…埠頭の倉庫前で…大きな…取引が…あるんだ…… 」
私の馬鹿力から解放された男が、息を荒げて途切れ途切れに話す。
「他の店でも同じ質問をするわ、もし違っていたら判ってるわね」
「ああ… 嘘は…言っていない」
「もう一つ質問よ、あの日被害にあった男性の連れていた女性の飲み物に、何か仕込んだでしょ」
元バーテンダーは、私の仮面から目を逸らした。
「そう、ありがとう。 じゃあ死になさい。」
「断罪の矢!」
炎の矢に貫かれて燃え尽き、真っ黒な炭になって崩れ落ちる元バーテンダーだった物。
私は、沈黙を掛けた店員に顔を向けると、冷たく言い放った。
「あなたにも、同じ質問をするわ」
私は、炎上する『MANBA』を後にして次の店に向かうためにテレポートした。
10日後に埠頭で私を待っていたのは、総勢100名にも及ぶ毒蛇牙の構成員たちだった。
男達が車の陰や、積み上げられたパレットや機械の陰に隠れているのは、気配探知で事前に判っていた。
ゲーム内拉致の特例で手に入れた物理防御結界を纏って、私は無人の野を行くが如く歩く。
月を隠す程の黒く分厚い雲が光を遮って闇夜のように暗い埠頭に、私のヒールの音だけが響き渡っていた
通り過ぎる際に設置しておいた火炎地雷を発火させて、停めてあった車両を吹っ飛ばした。
派手な狼煙が上がったのを切っ掛けにして、私の戦いが始まる。
「パーティはこれからよ…… 」
ファイアーボルトが次々と周囲に停めてある車両に突き刺さり、爆発炎上させてゆく。
ファイアーボールが、フレイムストライクが、隠れて私の後ろに回り込もうとしていた男達を吹っ飛ばし、ナパームシュートが焼き払う。
自暴自棄になって飛び出してくる鉄パイプの男達にファイアーボルトをお見舞いした。
カツン!
物理防御結界に当たって、ボウガンの矢が地面に落ちる。
私は、矢が飛んできた方向へ顔を向けた。
「ば、化け物め!」
後ずさるボウガンの男。
その首が切断されてゴトリと地面に落ちて断面から炎が吹き出す。
私がスタッフを振るうと次々と銃を持った男達の手が燃え上がり、握られた銃が高熱で暴発をし始めた。
あちらこちらから激しい破裂音が聞こえる。
炎上し大破した高級車と100名程の男達を取り囲むように、高い炎の壁が周囲を丸く円を描くように切れ間なく覆っている。
これで奴らの逃げ場は無い。
「火炎蜂!」
私は灼熱の炎で出来たスズメバチを無数に召喚した。
ブンブンと音を立てて、炎で出来た無数のスズメバチが私を中心にして広く飛び回る。
炎に照らし出された男達の顔が、未知の恐怖に染まっているのがハッキリと識別出来ていた。
その中に、見覚えのある二人の顔があった。
「どういう事かしら?」
私は火炎蜂の群れで二人を取り囲んで訪ねた。
二人は迫り来る恐怖に、動くこともできない。
私の目の前で震えている一人は、間違い無くあの時引き返してきた憎い男。
この男と、祐太は間違われて殺されたのだ。
もう一人は、私の後ろで『今出て行った』と襲撃を指示する電話をしていたはずの男だった。
この男は奇冥羅の関係者では無かったと言うのか?
何故、奇冥羅の関係者がここに居るのだ?
その時、私の中で違和感を感じていた事が繋がった。
あの時電話の声は、店の中で私たちの後ろから聞こえたのだ。
それがどうにも、引っかかっていた。
私たちが会計をしていた時には、もうターゲットだったはずの男が出て行った後だったから、襲撃の指示をするタイミングとしては遅すぎるのだ。
指示をするなら、出て行って直ぐにやらなければならないはず。
では、あの電話は誰に掛けていたのか?
店から出て行った男に掛けていたのでは無いだろうか?
恐らくは身代わりが店を出て行くから戻って来い、という意味だったのではないだろうか。
私にの耳に話し声が入ることを想定た上で、奇冥羅に警察の矛先が行くことを想定していたとしたら……
残念ながら、上のやることを知らない下っ端の余計な薬物投与で私が証言を出来ないとは思ってもいなかったのだろう。
「あなたに質問するわ、イエスかノーで答えなさい」
火炎蜂の大群が威嚇するように迫ると、私たちと擦れ違った男が必死に首を縦に振った。
「あれは、奇冥羅の襲撃計画を知った上で立てられた茶番劇だったの?」
男は、僅かな躊躇の後で頷いた。
「じゃあ、あなたにも質問するわ。 あの時の電話は誰に掛けていたのかしら?」
電話を掛けていた男は、黙って答えない。
火炎蜂の一匹が男の左足に突っ込み、たちまち燃え上がる左足の膝から下。
「ぐわあぁぁぁぁぁ…!!」
電話を掛けていた男の膝から下が燃え尽きて消し炭になった。
「俺の足いぃぃぃぃぃぃぃ!!!」
「こっちは、いつでもあなたを殺せる事を忘れないようにね」
電話を掛けていた男が、苦痛に顔を歪ませて唸る。
「じゃあ、素直なあなたに聞くわ、この男からの電話を受けて戻ってきたのよね?」
額から脂汗を垂れ流していた男は、素直に頷いた。
「断罪の矢!」
天から振ってきた二本の炎の矢が男達を貫き、アスファルトの地面に縫い付けて燃え上がる。
アスファルトが矢の放つ高熱で溶け出して、男達が消し炭になるまえに地面へ倒れて、男達と共に燃え尽きた。
「貴様あぁ! 俺を誰だと思ってんだあぁぁぁぁぁ!!」
一人の黒スーツで粗暴そうな男が恐怖に耐えられなくなったのか、突然狂ったように叫びだした。
どうみても下っ端には見えない、恰幅の良い男だ。
「お前ら、女一人に何をビビってやがんだぁ! 竜神会がケツをもつから殺っちまえぇぇぇぇぇぇ… !!!」
おそらく、毒蛇牙のバックにいる組織暴力団の幹部なのだろう。
(竜神会、覚えておくわ)
「あら、私を誰だと思ってるのかしら、竜神会さん」
(私はエクソーダスの破壊王こと、「殺戮の魔女アモン」…)
「私を敵に回したことを後悔させてあげるわ、竜神会さん」
「断罪の矢複数召喚!」
豪雨の如く、その場に居た男達全てに断罪の矢が降り注ぎ、次々と串刺しにして炎を上げて行く。
「気化爆弾!」
私は隠れている奴も含めて殺すために広範囲殲滅魔法を唱えると、すぐさまテレポートで退避した。




