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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第三話:アモン 修羅場LOVE
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亜門菜都美の修羅場LOVE:天国と地獄

 後日、私は祐太を私の両親に引き合わせた。


 緊張でガチガチになる祐太を見てやろうという、小さな復讐心が無かった訳では無い。

 しかし、正式にご両親に紹介してくれた祐太の本気を信じて、私も自分の今後について決心がついた。


 私は、これからも祐太と一緒にずっと歩いて行こうと本気で決意したから、私の両親に会って貰う事にしたのだ。


「ねえ、胃が痛いでしょ」

「なんで?」

 新幹線の車中で嬉しそうに訊ねる私に、祐太は余裕の表情だ。

 この余裕はどこから来るのか、私は少し悔しくなった。


「だって、反対されるかもしれないでしょ、うちのお父さん怖いんだから」

 ちょっと話を盛って、脅かしてみる。


「だって、反対されたくらいじゃお前と別れる気とか無いしな、平気平気」

 祐太は至って余裕の表情だ。

 私はその返事を聞く事で、祐太の本気を今更のように感じられて嬉くなった。


「バカ……」

 祐太は私の事を本気で信じてくれているし、これから何か障害に遭ったからと行って気持ちが何ら変わるものでは無いと言う余裕なのだろう。

 私は車窓の景色を眺める振りをして、そっと涙を拭った。



「あ、大好物です。 と言うか、自分は嫌いな食べ物って無いんですよね」

 祐太は緊張感の欠片も見せずに私の実家でご飯をご馳走になって、父や母や妹ともすぐに打ち解けていた。


 同じアニメオタクだと言うのに、このコミュニケーション能力の高さは反則では無いだろうか?



 無事に祐太を紹介し終わって帰路に就く。

 うちの両親の反応も、上々だと私は感じていた。


 今日は泊まっていけと頻りに勧める両親だったが、私の方が緊張して気疲れしてしまったので振り切って帰るところだ。

 スマホがメールの着信を知らせる音がしたので、ロックを解除して中を確認すると妹からだった。


『やったねお姉ちゃん、喪女と腐女子卒業おめでとう!』

 そんな文面だった。

 悪いけど、喪女は卒業するけど腐女子はまだまだ卒業するつもりは無いのだ、妹よ。


 私はクスッと笑って妹に返信をする。

『残念ながら祐太も重度のアニメオタクで、私の腐趣味にも理解があるのよ』

『何ですってぇぇぇぇ!!! 祐太さん、そうは見えないわー』

『ふふふ、あなたも趣味に理解のある良い人を見つけなさいね』

『なによ!その勝ち誇った上から目線、マジムカつく』


「誰?」

 メールを何度か遣り取りしながら微笑んでいる私に、祐太が不思議そうに訊ねてくる。

「妹よ」

 祐太に誤解されないように、メールを打つ手を止めて私は素直に答える。


「なんて言って来たの?」

 そう祐太が訊ねたときに、丁度妹からのメールが着信した。


『惚気は聞くに堪えないから妹は耳を塞ぎます、お幸せにね!』

 その文面を直接見せると、祐太の顔も綻んだ。



 祐太の親戚を間に立てて形式的な婚約が為されたのは、それから3ヶ月後の事だった。

 私は幸せの絶頂に居た。


 祐太とホテルのブライダルショーを見に行った帰りに、軽く飲んで帰ろうと誘われた。

「ちょっと先輩の葭多よしださんに教えて貰ったバーが近くにあるんだけど、行ってみない?」


 葭多よしだという先輩の名前を聞いて嫌な思い出が蘇る。

 私自身は余りお酒を好きでは無いけれど、祐太と一緒なら何処でも構わなかったから、それを頭から振り払って祐太の提案に同意した。


 それに、バーの甘いカクテルなら私でも飲めると思ったのだ。

 夜の街とバーとカクテル、まだお酒も飲んでいないというのに雰囲気に私は酔っていたのかもしれない。


 裏通りの雑居ビルの3階に、そのバーはあった。

 裏通りには路上駐車の黒いワゴン車がエンジンを掛けっぱなしで停められている。


 排気ガスの臭いが苦手な私は、良い雰囲気をぶち壊しにされたようで少し腹が立った。

 そのままビルの外階段を上り、3階に着くとバー『MANBA』はあった。



 二人の今後の生活に乾杯して語り合う時間は、幸せの一語に尽きる。

 しかし、お酒に弱い私が慣れないカクテルに酔ってしまったので、早々に帰る事にした。


 少しふらつく私の肩を祐太が支えてくれるけれど、真っ直ぐに歩けない程に、私は酔っていた。

 お酒に弱いのにも程があると思う。


 それに、パッシブスキルの超回復が今日に限って効かない理由も判らない。

 お酒の酔いくらいなら、直ぐに醒める筈なのに……


 私たちより先に会計をしている男の人が終わるのを待って、私たちも会計を済ませてバーのドアへと向かう。

 ヒソヒソと囁くような話し声が後ろで聞こえたけれど、酔っている私にとって気になるものでは無かった。


 世界のすべてが二人を祝福しているかのように、私には聞こえていたのだ。

 バーの重厚なドアを開けて非常階段の入り口へと向かう廊下で、先程店を出て行った男の人とすれ違った。

 何か、忘れ物でもしたのかなと私は思っただけで記憶にあまり残っていない。


 非常口のドアを開けて非常階段へと出ようとするけれど、足が言う事を聞かない。

 重い鉄製のドアを祐太が背中で支えて、足取りの覚束無い私の手を引こうとしたところで、湿った鈍い音が聞こえた。


 突き飛ばされるように非常ドアの内側に倒れ込む私と、無情にも自動で閉まってゆく重い鉄製の非常ドアが、私と祐太を外と内とに切り離す。


 ガチャリと非常ドアが閉まる音だけでなく、ドアの外から湿った重い物を叩くような鈍い音と非常階段を金属で打ちつけるような尖った鋭い音が時折混じって響く。

 酔っている私にだって、それがただ事では無いことが容易に判る理不尽な暴力の音だった。


 必死でドアノブに縋り付き、重いドアを開けようとする私。

 焦りと酔いで上手く操作ができないドアノブとその扉の重さが、女の私には二人を引き離す高い壁のように立ちはだかっていた。


 カンカンカンカン…! 非常階段を駆け下りる複数の足音がドア越しに聞こえた。

 カランカランッと、何かが階段にぶつかって転げ落ちるような音も聞こえた。


「祐太あぁぁぁぁぁ!!」

 私は身体能力向上をフルパワーで自分に掛けると、立ちはだかる非常ドアをヒンジのボルトごと壁から引き千切る。


 ドアの外にある非常階段の踊り場には、血まみれで表情すら判別のつかない祐太が倒れていた。

 手足は不自然に折れ曲がり、狭い踊り場は一面が真っ赤な血の海だった。


 私は血まみれの祐太に縋り付き、叫び声を上げる。

「祐太あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 変わり果てた祐太を目にして、一瞬で私の酔いは醒めていた。


 私が必死で最大レベルの治癒魔法ヒールを使っても祐太に反応は見られない。

 絶望という名の黄昏が、私の腕の中から無情にも祐太を連れ去ろうとしていた。


 藁をも掴む想いで上級蘇生魔法リザレクションを唱えてみるけれど、無情にもスキルは発動すらしない。

 スキルの行使に必要な青色触媒石ジェムストーンが存在しない現実世界リアルでは、どんなに切望したとしても上級蘇生魔法リザレクションを使う事は出来ないという現実リアルが、私を打ちのめした。


  鉄製のドアが引き千切られる大きな音に、バー『MANBA』を始めとして、3階に入居しているお店から従業員や客が飛び出してくる。

 凄惨な現場と血まみれの祐太と私を見て、全員が息を止めて不幸な事故に遭った私たちを見つめているのが、何故だか背中越しに判った。


 車が急発進するタイヤのスキッド音と唸るエンジン音が、私を現実に引き戻す。

 弾かれるように祐太から離れて、私は道路側の踊り場へと非常階段を駆け下りる。


 道路側の手すりから身を乗り出してエンジン音の聞こえた方向を見ると、ちょうど角を曲がって消えて行く黒いワゴン車の後部と赤いテールランプだけが見えた。


 あと少しだけ早く動けていたら、私は見境無くあのワゴン車に証拠も無くファイアーボルトを落としていたに違いない。


 再び、ゆっくりと振り向いて階段を上がり、倒れたままの祐太の横へと座り込む私。

 祐太の赤い血が、私の白いワンピースを染めて行く。


 そこから先のことは覚えていない。

 気が付いたら、私は病院のベッドの上に居た。


「祐太、どこなの?」

 上半身を起こして誰も居ない部屋に問いかけるが、何も返事は無い。

 私は再び意識を失ったようで、それからの事もあまり覚えていない。


 気が付けば祐太の初七日が終わっていて、祐太は既にこの世には居なかった。


 私の精神状態が落ち着いたと言う事で警察の事情聴取も受けたが、なにしろ現場を直接見ていないし物音しか聞いていないから、答えようが無い。

 事情聴取も、その場面の事になるとフラッシュバックが襲ってきて倒れたり吐いたりするので、自然と取りやめになった。


 どうやら、ボーッとして実家でテレビのニュースや新聞の報道などを見ていると、祐太は人違いでリンチにあって鉄パイプで殴り殺されたらしかった。

 非常階段の下には、祐太の血と髪の毛がこびり付いた鉄パイプが落ちていたそうだ。


「ふーん、人違いで祐太は殺されちゃったんだ」

 私は、まるで遠い世界の出来事を見ているかのような現実感の無さを味わっていた。

 あれ以来、感情が死んでしまったようで、心が何を見ても動かない。


「人違いって……! 」

 その時私の脳裏に、あの時私たちと入れ違いで戻ってきた男の顔が浮かんだ。


「あいつだ!」


 あの男の代わりに間違って祐太は殺されたんだと思うと、沈んでいた私の心に現実感が急速に戻ってきた。


「あいつだ、あいつに聞けば祐太を殺した奴らが判るかもしれない」

 私は、実家を出て東京に戻る事を決めていた。


「それに、店を出るときに何か携帯電話で話していた声…… 」

 その時は、酔っていて聞き取れないと思っていた声が脳裏にハッキリと再生された。


『いま店を出た、一人だけだ……やれ!』



 心配して引き止めようとする両親と妹を振り切って、私はその日のうちに東京に戻ってきた。


 滞納していた3ヶ月分の家賃を一括で払い、私の全財産を注ぎ込む覚悟で浮気調査などが専門の探偵事務所に調査を依頼したけれど、バーの名前を出したところで断られた。


 探偵事務所と名乗ってはいるけれど、興信所というのは映画や小説とは違って法的な根拠が無い事を勝手に調べる事は出来ないらしかった。

 申し訳無さそうに実情を教えてくれたベテランの所長さんは、小さい個人の事務所ならもしかして… という言葉と共に、一般論として一つの情報を教えてくれた。


 バー『MANBA』とは、ヤクザに近いけれどヤクザでは無い暴走族上がりの暴力組織「マンバ」の運営している店だと言うのだ。

 最近は不良帰国子女を中心とした「キメラ」というグループと抗争中らしい。


「悪いことはいわないから、普通のお嬢さんは近寄らない方が良いよ」

 そう言って忠告してくれる所長さんにお礼を言って、私は部屋に戻ってきた。


 新たな疑問が生まれたのだ。

 何故、葭多と言う先輩はそんな危険な店を祐太に教えたのだろう。


 そんな疑問を抱きながら、私はマンバとキメラというキーワードでWEB検索を掛けた。


 マンバで検索して出てくるのは、大量のヤマンバと呼ばれていた女性たちの画像とブラックマンバと呼ばれる毒蛇の事が多かった。

 しかし、その先に目指す検索結果はあった。


 マンバ、毒蛇牙と書いて無理矢理「マンバ」と読ませる。

 コブラ科マンバ目に属する毒蛇の総称を元ネタに作られた北関東最大の暴走族を元とする暴力組織の総称。

 闇社会において一定の勢力を誇っており、明確な組織としての構図が無いために、暴力団を規制する法律の網の目から逃れて勢力を拡大中……などと書かれていた。


 そして、その解説文の中に奇冥羅キメラと呼ばれる対立組織へのリンクもあった。

 私は当然のようにそのリンクを辿る。


 帰国子女を中心として結成された暴走族の名称を引き継ぐ首都圏の暴力組織で、歴史は比較的新しい。

 マンバ同様に暴力団に関する対策法令の網で取り締まることが出来ない暴力組織。

 数々の対策法令で表だった行動の取れない指定暴力団ヤクザの隠れ蓑として使われているという噂もある……


 その後も色々なキーワードで検索を掛けていて、私の働いていた会社のスレッドを偶然見つけた。

 どんな内容の書き込みがあるのかと興味本位で寄り道をしていたら、祐太の事が書かれている最近の書き込みがヒットする。


 恐る恐る開いてみると、ここ最近の書き込みは祐太の事件の噂が殆どだったけれど、そこは会社への不満や役員社員を問わず恨み嫉みで溢れていた。


 その中でも、特定の人物だけが祐太を貶めるような書き込みを多数行っていたように見えた。

 多くの人が祐太を擁護する中で、そいつだけが亡くなった祐太を貶めている。

『おまえ、葭多だろ?』

 そんな書き込みがあった以降、ピタリと祐太を非難する書き込みは停まっていた。


 祐太にバーで軽く飲むことを誘われたときに出てきた葭多という先輩について、彼には言っていなかったある出来事が思い出される。


「奈津美ちゃーん、ずるいな何で素敵な素顔を今まで隠していたのかなぁ」

 そう言って、給湯室でお茶を入れている私に近寄ってきた葭多という男の事だ。


 こいつは男性社員やクライアントからの受けだけは良いから、会社からの評価もそれなりに高いようだった。

 しかし派遣社員や目下の人間だけでなく、立場の弱い仕入れ先までもあからさまに見下して、ひどく馬鹿にした態度を取る事でも有名なゲス野郎なのだ。


 だから派遣社員仲間だけでなく、多くの女子社員からも嫌われている奴だった。


 こいつに近づかれるだけで私は子供の頃の暗い記憶が蘇って、自然と体が硬くなって身構えてしまう。

 誰にも見られる事のない給湯室だと言う事を利用して、祐太への悪口を散々行った後に私を食事に誘うという、精神構造が良く判らない奴でもある。


 軽く私のお尻にタッチをしてきたときには本気で全身に怖気が走った。

(消し炭に変えるぞ、クソ野郎)

 私は給湯室を出て行く葭多の後ろ姿に、心の中で中指を立てた。

 社内でトラブルを起こしたくないから、祐太にも黙っていたけれど……


 まずは、こいつから調べる事に私は決めた。


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