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アヴェンジャー:世界が俺を拒絶するなら:現世編  作者: 藤谷和美
サイドストーリー第三話:アモン 修羅場LOVE
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亜門菜都美の修羅場LOVE:チャトラのミーコ

「ぷふっ! 菜都美、お前顔色が悪いぞ」

「ちょっと、笑い事じゃ無いわよ」


 緊張の余り貧血を起こしそうな程に固くなっている私を見て、祐太が余裕の表情で笑う。


 きっと私の顔は、血の気を失って白くなっているのだろうと容易に想像が出来る。

 ずいぶん前から胃も締め付けられるように痛い。


「そんなに緊張するなよ、お袋も喜んでただろ?」

 祐太は自分のホームグラウンドである実家だからリラックスして居られるけれど、私にとって彼氏の実家を訪問するというのは初のアウェイ戦のようなものだ。


 自分が受け入れられるのだろうかとか、私のことをどう思ったのだろうかとか、今日の化粧は濃くなかっただろうかとか、もう色々と考えすぎて私はパニック寸前だった。


 私の初彼氏でもある恋人の田中祐太が、突然私を実家に連れて行くと言い出したのは今朝のことだ。


「そういう大事な事は、事前に予告してよ」

 当然のようにクレームをつけるが、結局なんだかんだ言った後に私は祐太の助手席に座った。


 彼の実家まで、彼の運転する車で約2時間。


 その距離が近くなればなる程に、私の緊張は増して行く。

 もう最後の方は彼の問いかけに自分が何と答えたのかさえ覚えていないくらいに、私の頭の中は真っ白になっていた。


「ゴメン、胃が痛い…… 」

「別の日にしようか?」

 途中にある道の駅でトイレに駆け込む私。

 彼は私の過剰な反応を見て、申し訳なさそうに提案してくれた。


 顔立ちやスタイルは派手に見えるが、私は今まで男性経験が無いに等しい。

 当然だけれど、祐太が私の初めての男だ。


 小さい頃から可愛い可愛いと褒められて育った私がコミュ障になったのは、小学校に上がる前の年に近所の変態オヤジに乱暴されそうになってからの事だ。


 幸いなことに回覧板を届けに来た近所のオバサンに発見されて未遂で終わった。

 しかし、根深く刻まれた男性への恐怖心は、私を『みんなに愛される可愛いお姫様』から『根暗な引きこもり』へとクラスチェンジさせるのには充分過ぎた。


 私の親もその事件を切っ掛けにして、私に可愛らしい女の子の格好をさせなくなったのもショックだった。


 親も我が子が襲われるというのはショックだったのだろう。

 その上での防衛策なのだろうけれど、スカートはすべて捨てられズボンで生活をするようになり、普段から男の子のような格好をさせられた。


 髪の毛は無造作で陰気なロングヘアのひっつめ三つ編みにさせられ、黒縁の伊達眼鏡までさせられるようになった事を、私も受け入れていた。


 これであんな目に合わずに済むのなら、私としても大歓迎だった。

 幼い私の中では、みんなに可愛いと言われる格好をする事が襲われた原因だと、=(イコール)で結びついたのだ。


 近所でも変態オヤジの奥さんが私のことを、子供のくせに大人の男を誘惑するクソビッチだと言いふらしていた。

 私は、普段から優しい近所のオジサンに何の疑いも無く着いていっただけなのに……


 こうして私は、小・中・高・大学と女性だけの世界で生き、生活の大半を二次元とBLに浸って生きる腐女子として生まれ変わった。


そんな私に彼氏が出来るなんて想像もしていなかったのだが、事実は小説よりも奇なりとは良く言った物だ。



『女は簡単に甘いところを見せちゃ駄目、男は甘やかすとつけあがるから』

 祐太と出会う前の私は、そうジュディスにメールを返して一息つく。


 私はエクソーダスの破壊王こと、「殺戮の魔女アモン」の二つ名を持つ亜門あもん菜都美なつみ、二次元とネットゲームに囚われた女。


 その時もジュディスやミリアムから恋愛がらみの相談を受けて返信をしていたのだが、当時の私は男性経験が無かった。

 所謂いわゆる喪女や腐女子というカテゴリーに属する二次元愛好家でもあった。


 男性へのトラウマを植え付けられた子供の私は、代償行為として二次元にはまりアニメやマンガの主人公を愛し、やがて宝塚の男役に恋して、気が付けば男性恐怖症が可愛いと言われる年齢ではなくなっていた。


 長い事やり込んでいたゲームに囚われる事件に巻き込まれて解放され、ようやく退院してみれば勤めていた会社は半年の休職扱いの末に自然解雇されていた。


 理不尽だと思うが、これが福利厚生に余力のない弱小企業の悲哀である。

 有名一流企業に勤める知人は私と違って、心の病による二年間の休職の後でも、元の職場に復職を果たしていた。


 当面の生活資金はエリクサー社から支払われた高額の和解金と僅かな貯金を合わせれば、2年くらいはなんとかなる額にはなった。


 約半年以上を寝たきりで過ごした結果は、20代の貴重な時間を浪費してしまった事になる。

 ゲームに囚われる前は25歳だったはずなのに、目覚めてみればもう26歳の誕生日を過ぎていた。


 30歳という地獄の門は、その顎門あぎとを大きく開いて自分を待っているように、当時の自分には思えた。


「汚い大人なんかになりたくない、わたしは30歳になる前に死ぬわ!」

 本気でそう言っていた女子高生時代の友人は、今では二児の母となり専業主婦を満喫している。

 おそらく30歳を迎える頃には、今時珍しい三児の母となっている事だろう。


「過ぎてしまえば、昨日までと何にも変わらないわよ」

 会社のお局さんは、平然とそう言っていた。


 こればかりは、自分で経験してみないと何とも言えないが、このまま30歳を迎えるのが訳も無く不安だし、何より嫌でしかたが無かった。


 男は30歳まで童貞を守ると魔法使いになれる、なんてネット上のジョークもあるようだけれど、女の場合はどうなのだろう?


 しかし私はゲームから解放された時から、リアルにゲームで使っていた魔法が使える正真正銘の魔女になっていた。

 だからと言ってドラマやアニメのように、現実世界リアルで派手に魔法を使ってしまえば厄介な事になるのは、普通に考えれば判る事だ。


 現にそれが発覚した和也メイン君は色々なところから追われていたらしく、最後にはこの世界に見切りをつけて異世界へと旅立っていった。


 メイン君と魔法の事を考えると、いつも同じ後悔が頭に浮かんでしまう。


 退院して無職で困っていた私に声を掛けてきたダイクーア教団が、メイン君を追い詰めている相手だとは知らずに悪いことをしてしまった。

 せめて、最後に彼の復讐の手助けが出来たことだけが、私の心の救いでもあったのだ。


 そんな私が、ようやく派遣社員として就職した会社に祐太は居た。

 私は彼の営業アシスタントとして、彼の仕事のサポート業務をすることになったのだ。


 彼は罵声が飛び交う殺伐とした職場の中でも、不慣れな私のミスを逆に黙ってフォローしてくれるような優しい男だった。


 祐太は冴えない見かけからして、決して女性達の間で評価が高い訳では無かった。

 私だけが祐太の本当の姿を知っているというのは、派遣社員として正社員から微妙な差別を受けていた私に小さな優越感を与えてくれた。


 アシスタント業務をしていれば、必然的に会話は増える。

 同行訪問で帰りに、打ち合わせを兼ねてお茶をする事だってある。

代行訪問のために、事前打ち合わせを念入りに行う事だってある。


 私はいつの間にか、男性恐怖症に拘っては居られない環境に置かれていた。

 それでも私は、いつもダボッとしたダサい服を着て分厚い伊達眼鏡を外したことも無かった。

 男に気を許せば、酷い目に遭わされると思っていたから。


 私の長過ぎる前髪と黒縁の伊達眼鏡に隠された腐女子な素顔を知る人間は、社内に誰一人として居ないはずだったのだ。


「ねぇ、菜都美ちゃんって腐女子でしょ」

 喫茶店でいつもの打ち合わせをしている最中に、彼が突然とんでもない事をぶっ込んできた。


「ナ、ナンノコトカナ ? 」


 それまでの会話とは何の脈絡も無い質問に動揺して、変な答え方をしてしまう私。

「あはは、やっぱりそうなんだ」

 祐太は、してやったりという得意そうな顔をして私を見た。


「菜都美ちゃんが、いつもスマホに付けているその猫のキャラって、オリジナルBLアニメDVD初回限定版だけの限定品だよね?」

「ナ、ナゼソレヲ……! 」


 話してみれば、祐太も筋金入りのアニメオタクだった。


 二人の共通の趣味であるアニメの話題で盛り上がる会話。

 いつしか私は祐太への警戒心を大幅に引き下げていた。


 生身の人間と共通の趣味を語り合う幸せは、私にとってかけがえの無いものになっていった。

 冬のコミケには二人で出かける事になり、それで話が盛り上がらない訳が無い。

 秋葉のマンガショップに二人で出かけるのは、休日の日課になってゆく。


 祐太に告白されたのは春のアニメエキスポの帰り道だった。

 私は、私にあったすべての出来事を祐太に話す事にした。


「急がないから、ゆっくりと菜都美ちゃんのペースで良いから、俺の気持ちを信じて欲しい」

 声優のような優しい声で祐太に囁かれて、私の中の何かが溶けた気がする。

「うん…… 」


 その次の日に、私は勇気を振り絞って美容院を予約し、ダサい髪型と決別した。

 本当の私を祐太に見て貰う為に。


 ずっと隠してきた素顔を晒すという事は、私にとって裸を見せることに等しい。

 今まで私が素顔を晒す事が出来たのは、オフ会で会ったエクソーダスのメンバーの前だけだったのだが、それは普段の自分を誰も知らないという理由もあった。


 それにゲームキャラの奔放で自由なアモンという魔女は、私の理想の姿でもあったから、それをパーティメンバーの前では演じ続けたかったという理由もあった。


 しかし、今度はそれとは状況が違い過ぎるだけに、素顔を晒す事との恐怖と私は戦う事にしたのだ。

 祐太のために、祐太が私と付き合うことでバカにされないように、私は前髪を整え少し色も明るめにして、女性らしい服を着て眼鏡も外して化粧もした。


 翌日出社した私を見て、社内がどよめいたのは言うまでも無い。

 決して小さくない私の胸は、ダボッとした服を着ると前後に太って見える原因だったらしい。

 尤も、一番目を見開いて驚いていたのは当の祐太だったかもしれないけれど……


 二人が正式に付き合い始めて半年経った頃、祐太が私を実家に連れて行くと言い出した。

 そして私は胃液が逆流しそうな緊張感の中、恐らく真っ青な顔で正座をして彼の母親からの質問を受けていたと思う。


 優しそうな祐太の父親と母親が、私を歓迎してくれているのは判っていたが、それでも元コミュ障な私だから、初対面の人を前にすると吐きそうな程の緊張感が解けない。


 そんな時、一匹のチャトラのスマートな猫がトコトコと茶の間に入ってきて祐太の膝の上に乗った。

「おーミーコ、元気だったか?」

「ニャー!」

 ミーコと呼ばれた猫は、祐太の膝の上で、喉をゴロゴロと言わせて毛繕いを始めた。


微笑ましい光景に、私の心も少しだけ綻んだ。


「この子は人見知りで、普段はお客さんだけじゃなくて弟が来ても逃げちゃうんだけど祐太だけは別なんですよ」

 祐太の母親がそう教えてくれる。

 どうやら猫にも人見知りと言うのがあるらしい。


「猫好きが判るんだよな、ミーコ」

 祐太の父親がミーコに声を掛けた。


 マイペースで毛繕いをしていたミーコが突然祐太の膝から降りると、緊張で死にそうな私の膝の上に乗って毛繕いを再開した。

「えっ! これって?」

 思わず、祐太に問いかけてしまう私。

 だって、猫を飼った事はおろか触れ合う経験だって無かった私は、どうして良いのか判らなくて訊ねてしまったのだ。


「まあ! ミーコが初めて来た人の膝に乗るなんて…… 」

 祐太の母親は、本気で驚いて絶句していた。


「祐太の大事な人が判るんだよな、ミーコ」

 祐太の父親も、嬉しそうにそう言ってくれた。


「マジかよ…… 」

 ご両親も祐太も本気で驚いているから、きっとこれは本当に奇跡のような出来事なのだろう。


 自分が歓迎されているという事が実感出来て、私の緊張は一瞬で解けた。

 私はミーコの背中を撫でながら、いつしか嬉しい涙が溢れてくるのを止められなかった。


 ミーコがその時に何を考えていたのか解らないけれど、絶妙なタイミングで登場して私を受け入れてくれるという事を態度で示してくれた奇跡を、一生忘れられないだろうと思った。


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